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第一章 第一話

 世界が変わるとしたら、この世界そのものが一度は壊れるだろう。

 それほど、世界とは変わることのできないものなのだ。

                             元米国副大統領ジョセフ・F・アダムス



 聴覚のほとんどを消すヘリのローター以外で、如月咲夜(きさらぎさくや)が最初に捉えたのは遠い砲弾の音だった。腰まである紅い長髪に、軽量の対弾装甲を取り付けた黒の戦闘服という出で立ちの青年は、国連軍の標準的装備であるM28A4アサルトライフルをスリングで肩から吊るしている。それには多少の手が加えられており、ダットサイト射撃照準器を付け、銃口はサイレンサー装着用ノズルのものに変えられている。

 さらに後ろ腰には予備兵装のM221ハンドガン、右腰には近接戦闘用に鞘入りの凝固液体金属刀サミダレが、それぞれ専用ホルスターに収まっていた。右胸の辺りには小型化された破片手榴弾が四つ。戦闘に備えた、いわゆる完全装備だ。

 左右にミニガンとロケット砲を備えたこの小型高機動ヘリHSH−68は、咲夜を含めて三人の兵士を運んでいた。

 一人は咲夜と同じような装備の分隊長、アイザック・レオハルト大尉。イギリス陸軍の特殊部隊出身である彼は、銀の髪と青く光る双眸を収めている。アイザックもまた、咲夜と同じようにM28を吊っているが、背中には彼が愛用する近接兵器がある。

 ガンブレードと呼ばれるそれは、巨大な片刃の剣に旧式の軍用ライフルを内蔵したように見える。というよりも、本当に内蔵しているのだ。この武器は剣でもあり、七発という現代では不足とも取れる装弾数を持つライフルでもあった。

 そしてもう一人、この分隊で唯一の女性であり最も重量がある装備の桜木未来(さくらぎみらい)。咲夜より一つ下の階級で一等軍曹の彼女は、M28よりも一回り巨大な特殊ライフルMR−18を携えていた。

 通常は全弾発射(フルオート)単発発射(セミオート)の操作をするセレクターが、この銃の場合、銃の性質そのものを変化させる。内部に独自の可変機構を有しており、5,56mm弾を単発発射する状態から、手動のボルトアクションで大型弾を放つ狙撃状態へと瞬時に変わるのだ。

 最高クラスの狙撃手である少女は、そのために自作した特殊弾を右腰の硬化プラスティックケースに入れている。支給品は信用できないといって、大半を自分で作り上げてしまうのだ。弾薬だけでない。銃身上部の半自動倍率スコープすら、彼女の作品だ。ただ単に射撃技術に優れた者とは、わけが違う。

 最も、普段からこの屈強な男達の中では小柄に見える未来がこれを持つと、その不釣合いで自分をさらに小さく見せてしまうため、彼女をよく知らなければ気付くことなど無いのだが。

 その小さな少女が、ショートカットに整えた茶髪をかき上げた時だった。突然、米海兵隊の大型ヘリMH−71が接近してきた。

『国連軍か?』

 隊長であろう男の声は、高性能通信機を内蔵したヘッドセットから聞こえた。同じくヘッドセットを介して、アイザックが答える。

『アルファ第二小隊、第二分隊だ。おまえ達は?』

『米国海兵隊第一偵察大隊、第十六小隊のムーア少尉です。特務にお目にかかれて光栄です、大尉』

 そう言って、ムーアは微笑を返す。

 アイザック達三名は、国連でも最高峰の部隊、特殊任務遂行隊に所属していた。特務の通称で呼ばれる彼等は、陸と空のそれぞれ一個大隊に分けられている。その中でも最も先陣となる斥候部隊が、アルファだった。人間離れしたアイザック達に、ムーアのような末端の海兵隊員が尊敬の念を表すのも、珍しくない。

『俺達もだ、少尉』

『それは何よりです』

 と、ムーアは自機のパイロットに呼ばれ、顔を背ける。何を話しているのかはわからないが、大方の見当はつく。再びこちらを見たとき、彼は言った。

『自分達は先に行かせてもらいます。大隊長直々に招待状を頂いたんでね』

『なら席を取っておいてくれ』

 アイザックの返事に、ムーアは破顔し答える。

『了解。会場で待ってますよ』

 軽く敬礼して、海兵隊のヘリは速度を上げた。直後――

『くそッ! つかまれ!』

 驚愕に満ちた小型ヘリのパイロットの声が、ヘッドセットに伝わる。それが言い終わるかどうかの時点で、機は大きく左に曲がった。

 僅か二秒後、数瞬遅れて空が爆発する。否、爆発したのは空ではなく、遥か遠方、それも正面角度から放たれた対空榴弾だ。避けた次の瞬間には、もう新たな爆風が巻き起こる。

『サンダー2−2よりCP! 敵の対空砲火を受けている!』

 一秒ほどで返って来たのは、兵士とは違う無機質な声音。

『こちらCP。サンダー2−2、高度を500下げろ。繰り返す、高度をあと500下げろ。進路はそのまま、前進。砲台には第一陣のACATが向かっている』

 指揮所のオペレーターが話す間にも、爆発は断続的に起こる。時に後方で、時に前方で。右左の区別もなく発生するそれは、さながらこの小さな飛行機械を取り囲んでいるように思えた。

『く…了解…!』

 言って、パイロットは通信を終える。言われた通りに下降すると、多少は爆炎を見ずに済んだ。だがそれでも、撃墜の危険があることに変わりは無い。

『海兵隊は?』

 少女の声――未来だ。操縦桿に付きっきりのパイロットの代わりに、隣の副操縦士が答える。

『無事だ。操縦士は良い腕をしている』

『おい、俺は三流だってのか?』

 語気も荒く、パイロット。こんな状況でも、軽口を叩く余裕があるのは流石といったところか。

『誰もそんなこと言って――』

 言葉は途切れる。機内には、けたたましい電子音が響く。

『レーザー照射!?』

『あれだ! ガンボート、3時方向、距離700! クソッたれが、SAM(対空ミサイル)なんか積んでやがる!』

 言うが早く、ヘリは回避機動に移った。しかし、すでに海面から10mと無い位置を飛行しているうえに、敵の長距離砲のおかげで上昇もできない。左右に限定された飛行では、大した回避運動もままならなかった。

『畜生ッ! 振り切れねえ!!』

 パイロットの苦渋の叫び。そして警告音は、ロックオンされたことを知らせる音程に変わった。

 操縦席の二人、彼等が運ぶ分隊の三名に、緊張が走った。五人の兵士に逃げ場は無いのだ。危機感に乏しい警告音の中でも、死を覚悟するには充分過ぎる。無意識に死ぬ瞬間を待った、その時――

 だが次の瞬間に聞こえたのは、敵ミサイル発射を知らせるものではなく、火器を満載した小型艦が爆発する遠雷のような響きと、友軍からの無線通信だった。

『サンダー2−2、こちらファルコ1。まだ生きてるか?』

 ジョークにしてはきつい台詞を、味方の戦闘機乗りは飛ばしてくる。

『クソがッ! なんてこった、お前らかよ!』

 機長の声。こちらは冗談ではなく、本気で言っていた。

『ファルコ2よりサンダー2−2。恩人に言うには感謝の念が欠けてるぜ』

『黙りやがれ、マック。……ちくしょう、同じ特務に助けられるとはよ』

 心底悔しそうな声は、ヘッドセットを介して咲夜達にも届く。恐らく、本気で戦闘機に助けられたことを悔やんでいるのだろう。世の全てのパイロットがどうかは知らないが、このHSH−68を操る機長は、どうしてか人類の歴史上最も優れた兵器はヘリコプターだと確信している。例え相手が、ファルコであろうとそれは変わらない。

 ファルコ――アルファと同じ特務隊で、四機の戦闘機で編成された航空部隊。そして、その中でもアグレッサー(訓練用仮想敵機)に選出されるほどのエースだ。

 それほどの相手に対して、これほどまで嫌味を言える人間もまた、ある種のエースなのかも知れない。

『言ってろよ。じゃあな、子守りはこれだけだ』

 通信が途絶える。

『さっさと消えやがれ』

 機長の呟きは、肝心のファルコ隊に届かないまま消えていった。

「なぁ、あとどれくらいだ?」

 不意に咲夜が尋ねた。普段から分隊の人間に対しても、極端に口数の少ないのがこの男だ。クールというより人見知りに近い性格の精鋭が、自分から口を開くとは。未来が、驚愕の表情で見る。

 だが、そのわけを彼女はすぐに理解できた。いい加減にしてくれとでも言うように、咲夜は苛立ちを露にしている。つまるところこの青年は、早く戦いたくて痺れを切らしたのだ。

『曹長、少しは落ち着け』

 アイザックがなだめるように言うが、咲夜は、

「了解」

 の一言を返すのみである。

と、未来と目が合った。咲夜は、わざとらしく少し肩をすくめてみせる。彼がこんな仕草をする人物も、未来を含めて数えるほどしかいない。そんな希少な行動にも関わらず、未来は呆れたようにそっぽを向いた。

『安心しろ、曹長。あと十分だ』

「…了解」

 だし抜けに、また後方で爆風が起こる。衝撃に揺れる機体の中で、咲夜はため息を吐く。まだ十分も、このちっぽけな機械に乗らなければならないのだ。



 捉えた。そう確信すると同時に、ロックオンした敵攻撃ヘリがこちらを向く。だがフランシス・マクドナルド曹長は、既に携行ミサイルを発射していた。

 クルセイダーと呼ばれるその誘導弾は、飛び出すのと同時に折りたたまれた四枚の翼を展開。白い尾を引きながら角張った形状の飛行機械へと突撃し、無骨な花火をこしらえた。

「上等兵、次弾をよこせ」

 言うより早く、観測手であり給弾係の若者は、いま放ったのと同じ誘導弾を手渡す。にこりともせずそれを受け取ると、フランシスは発射機の後部を開き、まだ僅かに熱を帯びる砲身にクルセイダーを込めた。

 そして素早く周囲を見渡し、もうこの辺りには自分の相手がいないと悟る。

「移動するぞ」

「了解です」

 今日は、獲物に困らないな。すぐ近くで聞こえる爆発音に囲まれ、この歴戦の狙撃兵は思った。彼とその部下の上等兵は、三日前に中東地方の戦場から派遣されてきた。そのときはもうロシア人を殺せないのかと落胆したものだが、なかなかどうして、運命というやつは侮れない。

 ひび割れた岩壁と荒れた砂地しかないこの離島に、母国が最も気にかけている国連軍が侵攻してきたのだから。普段、信仰心の欠片も持ち合わせていないフランシスだが、いまこの時ばかりは神に感謝していた。これでまた、生きる目的ができた。

安全装置をかけた発射機を背負い、フランシスは傍に置いておいた小型アサルトライフルVB−20を持つ。

「地図あるか?」

「えぇ、ここに」

 部下のよこしたそれはこの周辺を細かく書かれた物で、いくつかの箇所に赤インクのマーカーがある。ここの来たその日の内に、フランシス達が自ら回って探した狙撃ポイントだ。

 数秒それを見つめると、一箇所を指して言った。

「ここだ。残弾はどれくらいだ?」

「三発です」

 ふっ、と狙撃手は笑った。

「丁度いい。この場所であと一機落したら、ポイントC−2Tの機関銃陣地まで下がって弾薬補給だ。了解か?」

「イエス・サー」

 小気味良い返事を聞くと、珍しくフランシスは二度目の笑みを浮かべて、合図も無しに走り出した。当然、上等兵も長年の付き合いだけあって、ぴったりと付いて来る。

 どちらの身体能力も、並みの兵士を超えていた。一般的な歩兵装備より数倍以上に増した重量をつけて、800mほど離れた地点に着くまで三分とかからない。身を隠すに丁度良い岩陰に潜み、フランシスは発射機を持ち上げる。

 その時だった。新たなヘリが、前方700mほどを飛んでいる。長距離砲を避けるためか、機はかなりの低空飛行をしていた。

「距離確認」

 上等兵は素早く従い、双眼鏡型の距離測定器を構える。センサーでも探知できない微弱なレーザーがまっすぐとヘリを捉え、レンズの右下に数列を表示した。

「確認、630。進路に変更無し。まっすぐこちらに来ます」

「続けろ」

 フランシスが発射機の折りたたみディスプレイを開いた。そして肩膝をついて、ゆっくりと砲身を獲物に向ける。だがレーザーは照射しない。クルセイダー携行ミサイルの射程は800mだ。しかしフランシスが撃つのは、必ず半分の400mになってからだった。

 それというのも、彼がまだ正規部隊にいた頃の話だ。770mで放ったクルセイダーが外れ、撃ち損じたロシアの戦闘ヘリは彼の所属した小隊を皆殺しにした。フランシス自身も対地ロケットに半身を焼かれ、二年間のベッド生活を体験している。

いくら愛する祖国の説明書きとはいえ、彼はそれが信用できなくなった。兵器どころか、味方すらも。それが、若者を狂気に駆られた兵士に変えた原因だ。

「600…570…530……」

 攻撃までのカウントダウンを思わせる淡白な声で、上等兵は言い続けている。実際のところは、本当にそれがカウントダウンなのだが。そしてついに、距離は500mを切った。

「480…460……」

 ようやくフランシスは、レーザーの照射トリガーを引く。視認することのできない閃光は、小型ヘリを液晶の上の四角いマーカーに収めた。甲高い捕捉音が響く。同時にフランシスは、照射トリガーの上部に付いた赤い引き金を絞った。

 発射機が小さく跳ね上がり、先ほどと同じようにしてクルセイダーが放たれた。何とも言えない緊張と歓喜が、フランシスの体内を満たした。子供のような笑顔をして、彼はそのヘリの最期を見届ける。

 大した見物だった。パイロットは模範的とも言える墜落姿勢を心がけ、失敗した。テイルローターを完全に吹き飛ばされ、バランスの保ち様がない。どれほど天才的なパイロットが操っても、同じ結果に終わる。高速で回転しながら落下したそれは、斜め方向から滑り込むようにして墜落した。

 楽しむフランシスのその横で、若い上等兵はある一瞬を見ていた。墜落するヘリから落ちる、恐らくはそれが運んでいた一人の兵士を。



 警告目的のブザーが鳴ったと思ったときには、機体が大きく揺れた。

『畜生がッ!』

 副操縦士が叫ぶ。恐怖よりも驚愕が勝った声だ。

『ライリー、エンジンだ! 早くエンジン切れ!!』

『わかってる!』

 怒鳴り返してくるのを聞いて、機長はパージレバーに手を伸ばした。これを引けば、ヘリは装備しているミニガンとロケットを切り離してくれる。墜落は免れない。ならば危険性だけでも少しは下げなくては。何かの拍子で弾薬に引火したら、それこそ搭乗者は例外なく月の向こうまで吹き飛ぶことだろう。

 普段は簡単に届くレバーが、いまは驚くほど遠い。高速で回転する機体は、乗る者に逸脱した重力を与えた。遂にそれを引くことは叶わなかった。

 災難はそれだけではない。

『っ!?』

「未来!」

 まさに間一髪。バランスを崩した未来が外へ投げ出される瞬間、咲夜がその華奢な腕を掴んだ。だがこれで咲夜の命綱は、片腕のみだ。

『離すなよ!』

 誰かに背中を引っ張られた。咲夜はそう感じ、次いでそれがアイザックだと理解した。彼は懸命に、自分の部下を救おうと行動した。だがしかし、そういう時に限って救いは無いものだった。

 ガクンと、ヘリが一際大きく揺れる。テイルローターから五十センチほどの箇所が、襲い掛かる重力にもぎ取られたのだ。その衝撃によって、咲夜の手から少女が離れる。

「未来!!」

 叫んだときには、もう彼女の姿は消えていた。呆然とする咲夜だったが、どういうわけか何も感じなかった。ただ一人消えたという事実があるだけで、死んだかもしれない友への悲しみも、ましてやその原因となった敵への怒りも、何もなかった。

『畜生ッ! つかまれ!!』

 機長の叫び。四人の男に赤い大地が迫る。押し潰されんばかりの衝撃の中、咲夜の意識は消え失せた。


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