99 探索の旅(聖都編-4)
クラリスは商人の娘に相応しく、単純な計算は既に身につけており、その速さもなかなかのものだった。
商人としての活動や行商で巡って得た知識を聡慈に教える代わりに、聡慈から孤児院での生活を聞かせてもらうことになった彼女だったが、彼女が好んだのは孤児院の生活よりも聡慈の商社勤務時代の話だった。
聡慈はミルドラモンに話すのとは違って、元の世界のことは伏せている。
様子を見て打ち明けても良いが、デイルに胡散臭い人物として見られているようだし、重ねて不審がられる話をしない方が良いだろうと考えたからだ。
だから商社にいた頃の話もそれなりにボカシて話している。
一応はこの世界に合わせて話しているつもりだが、作り話と思われてもおかしくないと自覚していたし、実際にヴィザーレやデイルは作り話だと思っている節がある。
それでも二人が聡慈の話に自然と引き込まれ、クラリスが好むのは、その話が実体験に基づく生々しいものだったからに違いない。
「その国……地方では動物の毛や皮が衣料品に使われる専らの素材でな、そこに目を着けた私たちは植物性の繊維製品を売り込んだらきっと儲かるぞ、と商談に向かったのだ」
「ドキドキ、それでそれで? 大売れした? 儲かった?」
「いいや、ダメだったなあ」
「ええ、何でですか!?」
「そこは狩猟と少しの農耕で生計を立てている民族の土地でなあ。私たちが製品を持ち込んで売るのは酷く拒否されたよ。『みんなから仕事を奪う気か、この侵略者が』ってね」
「ひどい! そこまで言わなくでいいのに! ……でも、そうすると損、じゃなくて無駄足だったんですか?」
「その時はやはり仲間たちに失意が広がったよ。だがね、私たちの組織はそれなりに大きかった。商売相手はそこだけではない」
「そこは諦めて、次の所で儲ければいいと?」
「少し違うな。諦めはしなかった。時代は変わるものだ。今は狩猟主体でもいつかは商機が訪れる。そう考え他の商談を行いながらそこの人とも交流を絶やさなかった」
「どういうことですか?」
「そこで農地を借りてな、繊維の元になる植物の栽培から始めたんだ」
クラリスは何度か首を傾げた。
彼女なりに話の展開を予想しようとしているようだ。
彼女が「先が気になるよ」と目で訴えてから聡慈は続きを話し始めた。
「余った土地、休耕地での栽培は彼らの敵意を刺激せずに済んだ。そしてその植物が成長し加工できるようになる前に、私は共用の水飲み場に自分たちの製品である手拭きをさり気なく置いたり、彼らの奥さんたちに同じような物をささやかな贈り物としたりしていたんだ」
「むむ……」
予想通りなのか外れているのか。
クラリスは真剣な顔で唸っている。
「収穫期になった時、私はその奥さんたちを手伝いに雇った。それも彼女たちの生活様式から大きく外れず反発は無かったよ。そして加工までってもらって出来上がった製品を披露した時……」
「え〜、どうなったんですかあ」
聡慈が当時を思い出し笑顔になったのを、クラリスは彼が焦らしているのかと勘違いをした。
不満そうに口を尖らしている。
「驚いていたよ。自分たちの使っていた手拭きなんかがフワフワの花からできたと分かってね。それから草花から作られる衣料品って素敵だね、と言われ始め興味を持ってもらうことに成功した。それからは下着から徐々に普及をしていき、数年後にはその地方の生活に広く浸透したんだ」
「ふはぁ」
クラリスは感嘆の溜息を大きく吐いた。
「商売って、お互いの信用ですよね」
「その通りだと思うよ。偽りを以って利益を得てもそれは長期的に見ると損だということを、私は学んだつもりだ」
「ふんふん。じゃあ次のお話は……」
「おっと、私の昔話ばかりではなく、クラリスの話も聞かせてもらわねばならんし、他の勉強もせねばならんな」
「てへへ、ばれましたか〜」
聡慈とクラリスの勉強会と言う名の雑談は二人にとって楽しい時間だった。
ヴィザーレは時に寝転がり、時に二人の話に混じ入っていた。
一方デイルは自分以外から娘が商売の手ほどきを受けているような気になって、それが無様な嫉妬と自覚しながらも隅でいじけている。
まだ彼の立ち直りには時間がかかりそうであった。
「この硬い肉を噛むのも、酒のツマミには良いかと思ったんだがなあ。汗もろくにかかない時にはこの塩が曲者なんだよなあ」
ドルドが通ると獣に襲われないのは良いのだが、目立つので狩りにも向かない。
「食糧はいっぱい積めますよ」、と言われてはいたが塩気の多い保存食ばかりで、それだけで過ごすとなると旅の過酷さも一つ増すことを思い知る。
ヴィザーレは旅を甘く見ているところがあるので、聡慈はしばらく静観していたが、案の定不満を述べ始めたわけだ。
「じゃあちょっと狩りに行ってくる」
ドルドを休めている時に聡慈が茂みに入って行く。
クラリスは期待に満ちた目で、ヴィザーレは面白そうに、デイルは疑わし気に聡慈の後ろ姿を見つめていた。
やがて聡慈が野ウサギと何かの草を引っ提げて戻った。
クラリスは「ソージさんすごおい!」と拍手してヴィザーレはまだ生気のある野ウサギをまじまじと見ている。
デイルは聡慈の手並みに感心したのかそれとも悔しいのか、腕を組み唸っている。
「ここから血抜きと解体をするが、最初はちと刺激が強いかもしれん。見せない方がいいかね?」
「え、大丈夫ですよ。お父さんから見せてもらったことありますから。あ、お父さんが解体するからソージさんは休んでてください」
「ちょ、クラリス。何勝手に決めてん」
「そうですか、助かります。では私は枯れ枝や他に食べられる木の実なんかを探してきましょう」
話は一方的に進み聡慈は再び出かけ、クラリスは父親に野ウサギを渡した。
「むむむ」
またしてもデイルは唸る。
「デイやん本当にできるのか? 無理せずにソーさんが帰るまで待ってた方がいいんじゃないか?」
ヴィザーレはせっかくの新鮮な肉が台無しにされるのではないかと気にしている。
「舐めんといてや。わいも小さい頃から森の中を駆け回っとったんやで。狩人に必要なことぐらい身についとるっちゅうねん。クラリス、短剣貸し」
デイルは憮然としてクラリスから刃物を受け取ると、前掛けも着けずに外に出た。
「ただいま」
「お帰りなさいソージさん!」
首尾はどうか。
クラリスの出迎えを受けた聡慈は、彼女に目で尋ねる。
クラリスは笑顔でウインクを返した。
「おうソーさん、待ってたぞ。何か採れたかい?」
「まあまあだよ。煮ても焼いてもどちらでもいける材料だ。……おお、これは綺麗に分けられて。見事ですねデイルさん」
「……あんがと」
デイルは褒められて悪い気はしなかった。
そしてそれよりも、すっかり商人が板についていたと思っていた自分が、まだ服も汚さず獣を解体できたことに驚いていた。
「美味しい〜」
「美味いな! 酒が欲しいところじゃないか!」
「ダメだよヴィーさん」
その日の夕食は野ウサギの香草焼き。
評価は上々だ。
「美味いやん……」
デイルは肉をひっくり返しては溜息を吐いて噛みちぎり、味わってはまた溜息を吐いている。
溜息ばかりのデイル。
だがクラリスたちからは彼から陰鬱さが薄れているように思えていた。




