98 探索の旅(聖都編-3)
オイオイと泣く父親を横目で見てクラリスは聡慈に耳打ちする。
「お父さん泣き上戸なんです。放っておけば泣き疲れて寝るんで、泣かせといてください」
「子どもみたいだなあ」
苦労しているのだろう。
クラリスに同情の視線を送ると彼女からフッ、とニヒルな笑みが帰って来た。
その顔がまた子どもらしさが無く聡慈はいっそもう可笑しくなってくるのであった。
「おうソーさん、哀れなデイルを慰めてやってくれよ!」
笑いながらクラリスの父親の肩をバンバンと叩くヴィザーレ。
とても同情しているようには見えない。
「うわぁん! ヴィザーレさんあんたはいい人でんなぁ!」
だがクラリスの父親――デイル――はヴィザーレに抱きつき、涙と鼻水に塗れている。
(この二人の酒の相性は良過ぎるようだな。よし、旅の途中は酒禁止だ)
聡慈は笑って泣く二人の酔いどれ中年男に、クラリスと一緒になって冷たい視線を送るのであった。
「……と言うわけで、愚かなわいは騙されて麦を大量に仕入れ、大金を失ってしまったんや〜」
デイルは大陸を駆け巡り行商をする商人だ。
聖都に店を構えることを目標に資金を蓄えていたが、ある時「穀物の特需が来る」と言う噂に乗り買い集めた。
だがその噂は虚偽、麦をはじめ殆どの穀物が豊作の年で大幅に値下がりしてしまった。
何とか来年まで持てないかと思っていたが、買い集めた穀物を保持している間にも値下がりは止まらず、保管する倉庫の賃料も嵩んできた。
これ以上は耐えられない、というところで売り払ったデイルの手元に残ったのは、行商を続けることも厳しいぐらいの少ない現金のみだった。
そして打ち拉がれたデイルはテントに篭り今に至る、というわけである。
(相場師にでもやられたのか? 会長を思い出すなあ)
聡慈は元の世界で会社員だった時、世話になった直属の上司であり経営者が仕手合戦で引き際を誤り大損をした時のことを思い出した。
ワンマン経営者として威厳を発揮していたその会長も、その敗北直後は部下からの信頼も失墜し酷く落ち込んだものだ。
なんとか聡慈たち直属の部下が彼を叱り励まして、更なる会社の躍進に繋げたのだが。
(結局会長の復活はガムシャラに仕事をすることでしか為し得なかった。この人もそういうタイプかもしれない)
命がある。
大金は失ったがまだ会社(蛇亀のドルド)も人材(娘のクラリス)も残っている。
ちょうどかつての会長と同じような境遇だ。
――扱う金銭の規模は違うとしても。
(これもこの世界での一つの縁か)
聡慈は早くもダメ親父のイメージを固めつつあるこの凋落商人に付き合う決意をした。
(だが、その前に……)
但し、出発前にこれだけは言わねばならない。
酔っ払いに話をしても無駄なので、後でだが。
そして酔いも冷めてきた頃合い。
「ヴィーさん、ドルドさん、ちょっとお話があります」
口調は穏やかだが少し恐い顔の聡慈を見て、クラリスはそそくさと距離を置いた。
「さて、泥酔したために出発が遅れたわけですが……」
「いやあ、あのまま出発しても良かったのではないかな、ははは」
「ええと、そうですとも。ドルドはしっかり進んでくれますよって」
口ごたえをするヴィザーレとデイルに聡慈は魔法を放つ。
二人は軽い魔法の風に驚いて、足をもつれさせぶつかり合い見事に転倒した。
「旅をしていると、思いもしない事象や不運な災難に見舞われることも少なくありません。そんな時に危機を免れるのは、頼れるのは自身と仲間の力、機転です。しかしその有様はどうでしょう。正直言って私はあなた方に私やクラリスの背を預けるのは不安に思います。ええ」
ヴィザーレとデイルは、二人して正座し聡慈の説教を聞かなくてはならなくなった。
流石にクラリスの純粋な眼差しが悲しそうに曇ると、聡慈に反論して場を荒らそうとは思えなかったからである。
「ようやく出発できますね!」
「おうとも、さあ行くぞクラリスよ!」
「はーい。さあドルド、行くよー!」
翌日に延びた出発も、クラリス親子との距離を縮めることには役立ったようだ。
ヴィザーレとクラリスはドルドの上で張り切って拳を突き上げる。
「わい、行くって言いましたっけ?」
「デイルさんはまだ若いんだから、働かないともったいないですよ。私も働かなくなって老け込みましたけど、七十五ぐらいからまた働き始めたんですよ。今九十ぐらいですが以前より体の調子はいいですから」
「わいを慰めてくれようとしていることはよく分かるんやけど…….あんまオモロないですよ、その冗談。ごめんやけど」
「あっはっは、冗談じゃないんですけどね」
(なんや変なお二人を連れて来たもんやなクラリスぅ。悪い人たちや無さそうやけど、おとんを休ませる気はあらへんの?)
昨日ぐでんぐでんに酔った記憶も都合良く薄れたデイルは、娘が連れて来た客二人と長旅をすることに不安を覚えていた。
もう少し、後ちょっと休んだら――そうやって無気力に過ごしていた日々も突如現れた珍客に破られ、新たに旅の日々が始まる。
それはデイルにとって幸か不幸か、まだ誰にも分からない。
ただ父親が不承不承ながらも動き出したことはクラリスにとって喜ばしいことで、彼女は朝からニコニコと笑顔でいたのだった。
「クラリス、私にこの土地や行商に関して教えてくれないかね? この歳になっても知らないことだらけで恥ずかしいが」
「いいですよ。私の知ってることなら」
聡慈の求めをクラリスは快く受け入れた。
それぐらいなら接客のうちに入ると思ったし、勤勉なことは良いことだという価値観を持っているからだ。
「ありがとう。代わりと言ってはなんだが、私の知っていることでクラリスの知らないことがあるなら教えようじゃないか」
「へ〜、教え合いっこですね。何教えてもらおっかなあ」
「君はしっかりしているから教えることが少ないかもしれないな」
「あはは、そんなことないですよ〜」
「ソージはん、あんた教える言うて……危ないこととか変な知識をクラリスに教えるんは勘弁してくださいよ」
デイルが不安そうな目で聡慈を見つめる。
「ははは、親が心配になるようなことは教えませんよ。私も人の親である身ですから」
「何だ、デイやんは過保護か。心配無用だぞ、ソーさんは王都で孤児たちの教育に携わっていたそうだからな」
「ほんまでっかヴィーはん? ほな……」
ただで教師に教えてもらえるやん、と言いかけデイルは口を噤んだ。
がめつさにつけ込まれ大損したのはまだ最近のことだ。
甘い話には気をつけよう。
そんな思いと大損のショックで活動を再開できずにいる、それが今の彼なのだが。
彼は自身が動かないのを慎重さと休養のためだと言い訳にし、クラリスはその言い訳を見抜き父親に対しもどかしい気持ちを抱いているのであった。
「孤児の教育? うーん学び舎って言うのとは違うんですか?」
「ああ、しっかりした職業として教えていたわけではないんだよ。旅の途中で孤児院に世話になってね。その縁で勉強なんかを教えることがあったのさ。君には何を教えることができるかな」
「ふ〜ん。あ、じゃあその子たちに教えてた時のことをお話してください。孤児院の生活って言うのも気になるし」
「それはいい考えだね」
そうすれば聡慈が教えていた内容も分かる。
やはりこの子は賢い。
(リオは元気にやっているだろうか)
自分を師と慕ってくれた少年の顔が思い浮かんできた。
剣術を教えるのはデイルに怒られそうだ。
聡慈は何となく可笑しくなって、くすりと笑うのだった。




