95 探索の旅(王国編-61)
約束の三日後、聡慈は組合の前でヴィザーレと会っていた。
「おはようソージ。ここに来てくれたと言うことは良い返事を期待して良いのかな?」
今日は酒を飲んでいないようだが、口調や態度は以前とそう変わらない。
どうやら馴れ馴れしくやや尊大気味なのは元々の性格のようだ。
それがさほど高慢とも思えないのは彼の人懐こさのせいだろうか。
光の強い眼差しと笑顔を向けてくるヴィザーレに、聡慈は手を差し出した。
「心は決まりました。私もあなたの旅に同道させてください」
ヴィザーレは胝の一つも無い滑らかな手で聡慈の手を握った。
「ああ、よろしく。これで私とソージは旅の仲間だ。堅苦しい言葉遣いも改めてもらえると嬉しいな」
「はは、中々不器用なものでして。まあおいおい変えていきたいと思いますよ」
「なんだつれないな」
聡慈の肩を叩いてヴィザーレは笑った。
それから二人は食事をしがてら出発の計画などを話し合った。
目的の地は、聖女の伝説で名高い聖都のある大陸“ティディエル”にある。
ソテーズの港から大型船に乗り海を渡る。
ティディエルに上陸したら馬車を借り御者と契約して伝承の地を探し大陸を巡ろう。
そうヴィザーレは言った。
「随分金のかかりそうな話ですが……」
「ん? そうかね? まあ金ならあるからいいんじゃないか」
やはり裕福な家柄なのだろう。
ヴィザーレには金に頓着しない様子が窺える。
折半するとなると金銭的に苦しくなる気がする。
聡慈はこちら側の事情をしっかり説明し、旅先では浪費をしないようにコントロールしようと思った。
二人は出発の日を二日後に決めた。
聡慈は明日にでも出発可能であるが、ヴィザーレの方はまだ準備が整っていないらしい。
ヴィザーレと握手をして別れた後、聡慈は今日明日と最後の日をライオホークや孤児院の皆と過ごすべく戻って行った。
「ソージ先生! 今日は私と買い物に行こ!」
「僕とお料理しようよ!」
孤児院に戻った聡慈を迎えたのは子どもたちの熱烈な歓迎だった。
聡慈が旅立ちを告げた日こそ、泣いたり黙りこくったりした子どもたちであるが、翌日からは聡慈と過ごせる数少ない機会を大切にしようと心に決めたらしい。
僕が私がと聡慈にまとわりついて中々離れない。
「おおみんな元気だな。私も一緒に買い物したり料理をしたいが、今は少し書き物をさせてもらえるかな」
「は〜い」
子どもたちは渋々離れた。
それでも聡慈が机で何かを紙に書きつけていると、少し手の空いた子はどうにかして構ってもらおうと寄ってくる。
「ソージ先生、何書いてるの?」
「ん? これはな、教科書だ」
「教科書?」
「ああ。リオが勉強を教えてくれるだろうが、リオだけで全員を見るのは大変だろう? 教科書があれば、ある程度勉強の進んだ子ならこれを見て自分で勉強できるし、これを使って人に教えることもできるようになる……といいなと思ったんだよ」
「ふうん、私も先生みたいになれるってこと?」
「ああ。一生懸命勉強頑張れば、きっといい先生になれるさ」
「本当!? 私がんばる!」
「うむ、いっぱい勉強したら、他の子たちを教えてあげる素晴らしい先生になるぞ、きっと」
「やったあ!」
『ソージ先生』
「お、フウカ。ベスと合わせる魔法のコツは大分掴めたか?」
「あったり前じゃない! 私とフウカは姉妹なんだから!」
『うん。お姉ちゃんといつも一緒に頑張ってるよ』
肩にフウカを乗せたベスが話しかけてきた。
ベスは魔言語を、フウカは野人種言語を聞き取れるが、まだ話すのには難がある。
魔力を通わせ合った時から、二人は互いを実の姉妹と思うことにした。
フウカが呼吸をするように風を操るのを、ベスは【技能】として使えるようになり、他の魔法を使う時はベスが魔法陣を描く。
二人に合うやり方を考え聡慈やライオホークが手伝い、そのスタイルが確立しつつあった。
『ねえ、また会えるかな?』
「ああ、エウリアと再会できたなら、きっとまたここに来よう」
「約束よ!」
ベスは体当たりするように聡慈に抱きつくと、一言だけ言って照れくさそうにすぐ離れた。
フウカはベスから聡慈の肩に乗り移り、彼の頬に口付けをして、ベスが離れると名残惜しそうに自分も離れた。
そうやって子どもたちと別れる前の最後の交流をしながら、聡慈は出発までを過ごした。
旅立ちの日の早朝、聡慈は荷物を背負い孤児院の皆とライオホークに見送られている。
「リオ、これを受け取ってくれ」
「これが教科書、なんですね」
完成させることはできなかったが、算術、魔法、魔言語の初歩としては十分な内容だと聡慈は自負している。
ライオホークはそれを託される意味を噛み締め、綴られた紙の束を大事そうに両手で受け取った。
「まだまだ完成には遠いが、上手く使ってやってほしい」
「ありがとうございます。この教科書で勉強した子が、いずれこれを使って人に教えられる。そんな風に使っていけたら。いや、これが完成でないなら俺も書き足していきたいと思います」
もうライオホークの目は潤んでもないし、情け無くもない。
聡慈に安心して旅立ってもらおうと――強がりもあるが晴れやかな顔をしていた。
「さ、リオ。ソージさんに渡したい物があるでしょ。忘れないでね」
「大丈夫だよ母さん。さあメグ、出してくれるかい?」
リースとライオホークに促され、メグは背に何かを隠したまま一歩前に出た。
「ソージ先生、私たちで一生懸命作ったの。旅の役に立てもらえたら嬉しいな」
彼女が差し出したのは、革のブーツとグローブ、それに布のシャツだった。
「これを作ったのか。店で売っているものと同じくらい上等じゃないか……大したものだ」
聡慈は偽り無く感心した。
メグが服飾関係の仕事に興味を抱いていたのは知っていたが、ここまでの腕前とは思っていなかった。
「うん、前から少しずつ準備してたんだけど。今回急いでみんなに手伝ってもらって仕上げたの」
メグは顔を赤くして聡慈を見上げた。
「素晴らしい作りだ。船の上で慣らして、向こうに着いたら早速使わせてもらうよ。ありがとう。本当に」
メグは聡慈に頭を撫でられ心地良さ気に目を細める。
そして聡慈は、自分が喜んでいるのを見て嬉しそうにする子どもたちに、一人ずつその頭を撫で或いは抱き上げて感謝を示した。
「みんな、本当にありがとう。ここで暮らせて私は幸せ者だ。これからもよく学び、手習いし、家族で助け合い成長していくことを願っている。では、さらばだ!」
最後にリースと握手を、ライオホークと抱擁を交わし聡慈は孤児院を後にした。
見送りは孤児院で終わる。
その決めごとに背くこと無く聡慈は振り返らず、子どもたちは後を追わなかった。
聡慈の胸にも孤児院の皆の胸にも、ぽっかりと穴が空いたような寂しさはある。
だが痛みはあるが不快な空虚さでは無い。
互いに影響し合うように、新しい力を吹き込み与えられてくるようだった。
「よう、ソージさん。すっきりした顔をしてるじゃないか」
都の門で合流したヴィザーレが言う。
「はい。気の良い仲間たちと良い別れをしてきたんですよ」
「それは良かった、じゃあ心残り無く旅に出られるわけだ」
「はい、よろしくお願いします」
「もうソージさんとお別れか。寂しくなるな」
門番の男が聡慈に手を差し出した。
「はい、いつもの外出と帰還の挨拶ができなくなるのは寂しく思いますが、今までありがとうございました。お元気で」
「ああ。お元気で」
聡慈はヴィザーレの用意した馬車に乗った。
遠ざかる王都を見て、聡慈はそこに住まう知人たちの健勝を祈った。




