94 探索の旅(王国編-60)
聡慈は立ち上がり、俯くライオホークの肩に手を置いた。
「お前はここに残りなさい」
ライオホークは無言で首を横に振った。
戸惑いと悲しみとで言葉が出ない。
「かなりしっかりしてきたが、あの子たちにはまだ教え導く者が必要だ。リースさんだけでは苦しいだろう。リオ、お前だからこそ私はあの子たちを任せられるのだ」
聡慈の言葉が頭の中で反響する。
確かに自分まで旅立ってしまうと、探索者組合で仕事を受けることができなくなる。
それに身を守る術もまだまだ未熟な子どもたちだ。
心配な面は多くある。
だが、リースのことを母と思う以上にライオホークは聡慈を慕っている。
聡慈と離れ々になることに抵抗はあるし、聡慈にも簡単に別れを告げてほしくはなかった。
「リオ兄ちゃん、ソージ先生、ご飯できたよー」
目に涙を溜めるライオホークはシータの呼びかけで目を拭う。
聡慈は彼の肩に手を添えゆっくりと歩き出した。
ライオホークの目にはまた涙が滲んできていた。
「どうしたの、リオ? 何かあった?」
リースは目を赤くしたライオホークの顔を心配そうに覗いた。
口を開けば声が震えそうだ。
ライオホークは何も言えずにいる。
「すまん、私が唐突にあることを打ち明けたのでリオは混乱してるんだ。で、みんなにも話したいことがある」
いつも賑やかな子どもたちが静まり返る。
ライオホークの様子も聡慈の雰囲気も、今までにない異常を彼らに伝えていた。
「私は王都を出て行くことにした。ずっと探しているエウリアと言う子に関する情報を得られたんだ」
「え……い、いつまで?」
ふらりと出かけて帰って来るような話ではない。
聡慈の雰囲気から分かるようなことだが、メグは聞かずにはおれなかった。
「すまん、それは何とも……いや、もうここに戻ることは無いのかもしれん」
聡慈は正直に答えた。
世話になった彼らに誠実でありたい。
誤魔化し気休めを言いたくはなかった。
「そんな……私たちのことが嫌いになっちゃったの?」
泣きそうな顔で素直な感情をぶつけてくるのはプリシラだ。
「そんなはずあるまい。私の年齢と、この旅の終わりを考えてのことだ。こんな素直で優しく、優秀な私の生徒を嫌いになれるものか」
聡慈が屈んで優しくプリシラの頭に手を置くと、わっ、と堰が切れたように彼女は泣き出した。
他の子どもたちも聡慈を囲んで抱きついたり泣きながら叩いたりしてくる
「許せよ」
聡慈はそれを受け止め一人ずつに向き合い抱擁した。
「あっ! もしかしてリオも……!?」
メグはライオホークの動揺を見て、彼も聡慈と共にいなくなると思った。
顔を青くしてライオホークを見るメグの様子は、聡慈を失うのとはまた違った種類のショックを受けているようだった。
(そうだな、やはりこの子は……)
聡慈はライオホークとメグの間に淡く甘い感情があるのを気づいていた。
二人とも遠慮がちであるが、それが聡慈の目には微笑ましく映っていた。
メグの潤んだ瞳がライオホークに向けられる。
ライオホークも視線に気づき、自分が情け無い顔をしていることに意識が向いた。
そうすると今度は周りが嘆いている姿がようやく目に入ってきた。
(そうだ。俺だけじゃないんだ、ソージ先生が居なくなって悲しいのは……リース母さんや……みんなも)
彼はここに来た当初のことを思い出す。
子どもたちの薄汚れた衣服、貧しい食事。
明るく騒がしいのは変わらないが、無学で将来には明らかな不安が付き纏っていた。
それから聡慈と共に読み書きを教え計算を教え、野草の採り方や狩りの仕方を教えた。
仕事に参加させ働く喜びを教えた。
今では――気をつけて節約はするものの――、一般家庭と比べて遜色ない生活を送れるまでになり、みんなそれぞれ将来の夢まで持っている。
(やっぱりソージ先生は偉大だ)
次第に成長する子どもたちを見守るのは熱く胸を打ち、とても清々しくもあった。
それを導いた聡慈に改めて尊敬の念を向けざるを得ない。
(ソージ先生が居なくなったらこの子たちは……リース母さんは……メグは)
聡慈から置いていかれる自分のことは懸命に頭から追い出し、彼は元に戻ってしまう孤児院を思い描く。
――とても耐えきれる想像では無かった。
聡慈も同じ想像をしたのだろうか。
(俺にソージ先生の代わりが務まるのか? そこまで俺を信頼してくださっているのか……)
「俺は、残るよ」
暫しの瞑目の後、ライオホークは言った。
その顔には先程までとは一転、大人になりかける若者特有の凛々しさが見て取れる。
「リオ」
聡慈は胸の痛みを感じると同時に、ライオホークの成長に目頭が熱くなった。
「リオ兄ちゃん」
メグや他の子どもたちは聡慈が居なくなることはやはりショックであったが、ライオホークが残ると宣言したことに安堵し、また彼の悲壮とも言える表情に何も言えなくなった。
「さあ、みんな席に戻って。せっかくのご飯が冷めちゃうわ。いつもみたいに楽しくお食事しましょうよ。ね」
リースは笑顔を見せて明るく言った。
これが聡慈と囲む残り僅かな食卓の一回であるなら、聡慈にも子どもたちにも楽しいものであってほしい。
聡慈に対するリースの、感謝であり真心でもあった。
明るくしようとして、しきれない。
そんな雰囲気で食事を終え、聡慈はライオホークと二人で、リースは気を遣い子どもたちと寝床に就いた。
「リオ、起きてるか?」
「はい、起きてます」
二人は寝たままで会話を始める。
「すまんな。お前の意思を尊重せず強引に決めてしまって」
「いえ。先生がずっとエウリアさんを探しているのは分かってましたし、ここに残るのも最終的には俺自身で決めたことですから」
「リオ……」
聡慈は寝返りを打ち天井を向いた。
「覚えているか、初めて私と会った時のことを」
“木陰の人”の住処で居座っていたライオホークとの邂逅、魔物との戦闘。
そして始まった二人での旅。
「もちろんです。今思い出しても恥ずかしい……でもマントを貰って旅に連れて行ってもらって。初めて狩りをしたことも、魔物に襲われたことも、俺の故郷の町に行って謝って許してもらったことも。全てはっきり覚えています。忘れるわけなんて、ありません」
「そうだな。私もだよ」
それから二人は一年半を超える旅を振り返るように語り合った。
アスクレスとの出会い、船の難破。“水辺の人”との出会いと別れ。
大河を渡りセステウスと出会った。
ルスカやゼフェルたちと出会い地下に潜伏した。
デミトールを救い領主館でもてなされた。
五人で旅をしマーシ=セインを討ち、デミトールたちと別れた。
ゼフェルたちに王都まで連れて来てもらい、孤児院のみんなと出会った。
(出会いと別れ……先生にとっては俺との旅もその中の一つでしか……)
「なあリオ」
ライオホークが落ち込みかけた時、聡慈がまた寝返り彼の方を向いた。
「私は旅で出会った仲間に感謝している。その中でもリオ、お前には特にな」
「え?」
聡慈の足を引っ張ってばかりだった。
そう思っていたライオホークにとって聡慈の言葉は意外であった。
「正直言うと先生と呼ばれるのはこそばゆかったが、日々成長し逞しくなるお前を側で見ながら旅をできた日々は私の宝だ。私の勝手な思いだが、私はお前のことを孫とも息子とも思っていたよ」
「先生……!」
聡慈を父、リースを母と密かに思い暮らしていた。
その父であってほしい人物から息子と見てもらっていた。
これ程嬉しいことがあろうか。
齢十四になり、背丈も聡慈に近づいてきたライオホークであったが、どこかで親の愛情を求めていたのだ。
「リオ、ありがとう」
「うっ……うっ」
ライオホークは丸くなり、聡慈の胸に顔を埋めるようにして眠るのだった。




