93 探索の旅(王国編-59)
エウリアの情報だろうか。
聡慈は逸る気持ちで久しぶりに訪れる依頼者用窓口を叩いた。
「はい、ソージさんですね。“呪法の一族”に関する情報に心当たりがあるとおっしゃる方が面会を希望されておりましたよ」
エウリアの直接の情報ではなかったが呪法関連の情報は初めてだ。
情報提供者は宿に泊まっていて訪問可能だと言う。
職員からその住所を聞いた聡慈は、共に組合に来ていたライオホークとミゲルに詫び、一人情報提供者が宿泊する場所へと向かった。
(ここに来たばかりの頃は空き部屋が無く困ったなあ)
聡慈は宿が建ち並ぶ地区に立ち入り、宿への呼び込みをしている者の姿を見て当時を懐かしんだ。
“金の大鍋亭”
(料理屋みたいな名前だな)
目的の宿を見つけた聡慈は迷い無く宿に入る。
「すいません、こちらにヴィザーレさんという男性が宿泊されていると思うのですが」
聡慈が情報提供者の呼び出しを依頼すると従業員と共に階段を下りて来たのは三十代半ば位の男だ。
愛想良く聡慈に手を振っている。
「やあこんにちは。あなたが呪法の一族の情報を求めたソージさんかい?」
「はじめまして。ソージ=イルマです。探索者組合に依頼をしていたのは私です」
「ヴィザーレだ。人類史を研究している。まあ食事でもしながら話をしようじゃないか。この宿、金の大鍋亭なんて飯屋みたいな名前だろ? だがその名前は伊達じゃないんだぜ。あ、飯代はワリカンで頼むよ」
ヴィザーレは聡慈の肩に腕を回してきた。
聡慈は初対面なのに一気に距離を詰めてきたヴィザーレに面くらった。
会社勤めであった時もさすがに出会って数秒で肩を組まれたことは無い。
(っと、酒を飲んでいるのか)
むわっと頬に吹きかかる臭気。
なるほど、よく見ればほんのり顔も赤い。
聡慈は少し不安になったが、何も確かめずに帰るのも損だと思い彼に付き合うことにした。
「いやまさか呪法に関して話の通じる御仁と出会えるとはなあ。この良き日に乾杯!」
既に何度目の乾杯か。
酒を飲むと陽気になるタイプでそして酒に強い。
それでも少しずつ話は進むので聡慈は苦笑して杯を合わせた。
ヴィザーレは学者を自称しているが、よく日焼けした肌と聡慈と比べても見劣りしない体格で、どちらかと言えば農夫や狩人など外で活動する職業人のような外見をしている。
酒のため素面の性格や態度はまだ分からないが、ざっくばらんなようでも所々気品を感じさせる所作が見られる。
(上流階級の育ちなのだろうか。……いや、この世界そうでなければ学者という道を選べるものではないかもしれないな)
人類史を研究する学者がどうやって金を稼ぐのか。
書物がそれなりに高級品であるこの世界では、やはり元から恵まれた生活環境にいなければ学者などはできないだろうと聡慈は思った。
そうしてヴィザーレの為人を観察しながら聡慈は彼との会話を重ねた。
「そう、呪法は生命力を奪う。だが何のために?」
かなり酒を過ごしているのにヴィザーレの目はまだ鋭い。
聡慈は答えることができない。
エウリアの力は幼くして封じていたし、一度その力を使わせた時はウクイエッタが生まれた時――魔力障害からウクイエッタを救うため――のただ一度きりだったのだから。
「いや、私には護身か、誰かを害する負の使い道しか思い浮かばないな」
マーシ=セインがデミトールに与えたように、敵を弱らせる力としての用途が聡慈に答えられる程度だった。
ヴィザーレは聡慈の答えに同意するように頷き、優越感を隠しきれないといった顔で言う。
「呪法だからな。害を成すものとして考えるのは当然だ。だが私はそうではないと思う。この力は祝福なのだ、とね」
まさか危険な思想の持ち主か。
聡慈が向ける怪訝な目にヴィザーレが気付いている様子はない。
だが彼は慌てて手を振って否定した。
「おっと、誤解しないでくれよ。その力を悪用しようとか、そんなケチなことを企んでるんじゃないんだぜ。実はな……」
――ある一族が定住する地はどんな荒れ野でも実り豊かな地に変わる――
ヴィザーレはいくつかの伝承を見つけた。
そして
――生命力を奪う人々――
――交わることのできない一族――
表現は異なるが、似たような能力を持つ一族の伝承も。
力を奪う一族と、実りを齎す一族とは伝承のある地域が似通っている。
ヴィザーレが一般の史実に載らない程度の各地の伝承を調べている時、ふと気が付いたことである。
実りと奪命、二つを結びつける文献は見当たらない。
彼は新たな説を発見し証明する栄誉が自分に与えられると歓喜した。
「生命力を大地の恵みに変換する力だとするならば、それは祝福と言う他ないだろう?」
そこはヴィザーレが最も言いたいことだったらしく、酒で赤い顔をますます赤くして聡慈の顔に近づけて目を輝かせた。
「それはなんと……素晴らしい力ですね」
エウリアの力がそうだったとすれば。
聡慈はヴィザーレの考える力がエウリアの力だったら、と考えると感激で涙が浮かんできた。
「お、おお……そんなに共感してくれるなんて。私は運命に感謝せねばなるまい! あなたと引き会わせてくれた運命にね!」
大仰な仕草でヴィザーレは天を仰ぎ、聡慈の手を握るのだった。
後は伝承の土地の所在を聞くぐらいだろうか。
聡慈はヴィザーレに依頼の達成料を支払う準備をしようとした。
「ソージさん、私とその地を巡ってみないか?」
不意にヴィザーレは真剣な顔でそう切り出した。
彼はその地を訪うことを考えている。
だが現地は王国ではなく別大陸だ。
案内人などの手配、宿泊先の確保等旅の要領は分からず不安がある。
そんなところに、呪法の一族を探す依頼を出し自分の考えを好意的に受ける聡慈と出会った。
聡慈が人探しをして各地を旅していることも知った。
この機会を逃しては自分の旅への決意も鈍ってしまうかもしれない。
彼は聡慈との出会いを運命の導きと捉え、聡慈を旅に誘ったのである。
「一度考えて三日後に返事をほしい」
ヴィザーレはそう言って聡慈からの情報料を受け取らず、旅立つ準備をすると部屋に戻った。
エウリアに直接繋がる情報ではないが、聡慈の返事は決まっていた。
孤児院のみんなに説明をしなければならない。
それにライオホークにも。
聡慈は金の大鍋亭を後にし、孤児院へと向かい歩く。
「ただいま」
「あ、お帰りなさ〜い! ねえねえソージ先生、今日はねえ、ミルクの乳から作ったチーズを料理に使うんだよ! 待っててね!」
「お、それは楽しみだなぁ。……ところでリオは帰ってるかい?」
「リオ兄ちゃん? さっき帰って水浴びに行ったよ」
「そうか。ありがとう」
食事当番のシータが嬉しそうに報告する。
ミルクと言うのはようやく買えた念願の雌山羊だ。
ミートと言う雄山羊もいる。
孤児院の生活は聡慈が来た当初と比べてかなり改善されている。
すっかり馴染んだ生活に別れを告げるのは寂しいし、まだ教えねばならないことはあろうが、子どもたちは賢くたくましい。
きっとこの先も上手く生きて行けるだろう。
聡慈は微笑んでシータの頭を撫でライオホークを探しに行った。
「リオ」
「あ、ソージ先生。どうでしたか?」
ライオホークは川辺で体を拭っていた。
聡慈は駆けて来ようとするライオホークを手で制し、彼の側に腰掛ける。
「ああ、エウリアの直接の情報ではないが、いい話だった」
「そうですか……ここともお別れなんですね」
ライオホークは笑顔を作ったが、寂しさは隠せていない。
「そうだな。今までありがとう、リオ。孤児院のみんなをよろしくな」
「……え?」
聡慈の目は冗談を言っていない。
ライオホークは手に持っていた布が地面に落ちても身動きできなかった。




