88 探索の旅(王国編-54)
妖精の名前のことは一旦保留して、聡慈はやりかけの依頼を片付けようと思った。
「すいませんリースさん。明日はちょっと大掃除で小さな子たちの手も借りたいのですが」
「大掃除ですか?」
掃除は毎日しているはずだが。
リースは床や棚をキョロキョロと見た。
「いえいえ、大掃除をするのはこの家ではありませんよ」
聡慈は今受けている依頼のことを話した。
「へえ。後はそのお家を片付けておばあさんに確認してもらえばいいんですね」
リースは納得して、孤児院の全員で行くことを了承した。
子どもたちはみんなで出かけられることに喜び、特にまだ働けない子たちは「やったぁ」と飛び上がった。
「大きいお家だね!」
子どもたちは箒や雑巾を持って依頼先の家を見上げた。
「では私とリオ、それに大きいお兄さんお姉さんが物を片付けるから、ちびっ子たちは床の掃除を頼むぞ」
「はーい!」
孤児院のメンバー大動員の大掃除が開始された。
「ねえねえ、ピカピカになった!?」
「ああ、これで依頼主も喜ぶだろう。みんなよくやったな。今日のご飯は奮発するぞ」
「わーい!」
依頼主の家の掃除を終えた。
散乱していた荷物は種類ごとに固めて並べ、床や壁は拭き磨き、見違えたように綺麗になっている。
子どもたちはみんなよく頑張ってくれた。
お小遣いのようになってしまうが後で報酬を渡さねば、と聡慈が思っていると――
「おやおやまあまあ、小さな子たちがこんなにたくさん。これはまあどうしたんでしょうねえ?」
聡慈にのんびりした声をかけてきたのは依頼主の老婆だ。
孫と暮らす予定の家の様子が気になって、散歩がてら見に来たらしい。
「こんにちは。実は知り合いの子たちに掃除を手伝ってもらったんねすよ。もちろんご依頼の問題も解決しました」
「まあ! 本当ですか」
「もちろん。一緒に確認しましょう」
聡慈は老婆を伴って家に入る。
子どもたちもゾロゾロと後をついてきた。
「あらピカピカ! すごいわねえ」
相変わらずギシギシと床の軋む音などはするが老婆に気にした様子はない。
通常の家鳴りなどは恐怖の対象では無かったように思える。
「えへへ」
感嘆する老婆を見て子どもたちは誇らしげだ。
「ねえねえこっちも見て」
ロイスはもっと見てもらいたくて我慢できずに老婆の袖を引いた。
「まあまあ可愛い坊や、あなたがお掃除してくれたのね。分かったわ、二階も見せてちょうだいね」
老婆は賑やかな子どもたちに囲まれ幽霊騒動の恐怖も忘れているのか、ニコニコしながら二階への階段を上がった。
「あらここもとても綺麗だわ」
老婆がシワだらけの笑顔で優しくロイスの頭を撫でる。
トトトト、とロイスは嬉しさからその場で足踏みをした。
老婆は彼の仕草と、部屋の隅に置かれた自分の子どもが幼かった頃の小さな服を見て、もっと目を細めた。
「それで、今回の幽霊なのですが……」
聡慈がクローゼットを開いて、幻魔のことを打ち明けようとした時、
「そう……ここだわ」
老婆は自らクローゼットの取手に手を掛け、少し硬くなった扉を開いた。
「え?」
聡慈が間の抜けた声を出したことにも構わず老婆はしゃがみ込み、隅っこの床をぐっぐと押した。
床は不自然に凹み、キキキー、と高い音を立てて膨らみ元に戻った。
更にそれが呼び水となったように隣の壁や床もキーキーギシギシと音を立て、しばらく続いた。
「これは?」
聡慈が怪訝な顔で尋ねると老婆は愛おし気に床を撫でて、聡慈の方を向いて微笑んだ。
「うちの子たちがまだ小さな頃にねぇ、兄弟ゲンカでここの床を壊してしまったんですよ。亡くなった主人がそれは怒って、子どもたちに自分で直すように言ったんですけどやっぱり下手じゃないですか」
老婆は口元に手を当て上品にクスクスと笑った。
「結局主人も手伝って形だけは何とか整えたんですけど、それから変な音が鳴るようになっちゃったんです」
もう一度補修した床を押して老婆は頭を下げる。聡慈たちは首を傾げた。
「この音ですよ、私が怯えていたのは。きっとあれこれ荷物を置き過ぎてたから、ふとした拍子に床が押されてたんでしょうねぇ。――まあ恥ずかしい。思い出の一片を忘れて幽霊だなんて騒いで。……でもこれで安心して孫を迎えられます。ありがとうございました」
聡慈は黙って老婆の納得するままにさせた。
もしかしたら本当に補修した床が出す音が犯人だったかもしれないし、妖精は物を壊したり無くしてはいないはずだ。
依頼主が解決したと安心したのなら、余計なことを伝えるメリットは無さそうだと思ったからだ。
「さ、では帰ろうか」
一通り家内を見回り外に出ると聡慈は子どもたちに言った。
「ああ、少し待ってくださいな」
老婆は懐に手をやり、長女のメグの前に立つ。
「はい、丁寧にお掃除してくれてありがとね」
そして子どもたち一人一人、年長者から順に手を握って何かを握らせていった。
「あの、これは……?」
子どもたちが持たされた硬貨を見て聡慈は尋ねる。
「ええ、依頼とは別の報酬ですよ。依頼の報酬はちゃんと組合にお支払いしておきますね」
「しかしそれではあなたが余計な負担を……」
「余計な負担なんてとんでもない。幽霊のことはお願いしてましたけど、こんな丁寧にお掃除してくださるなんて思っていなかったですもの。当然の報酬ですよ」
老婆は満足そうに微笑み、跳び回る子どもたちを見て顔の皺を深くした。
「うちの子たちもあんな風に元気いっぱいでね。褒められると喜びを全身で表す素直な性格だったのよ」
ああ、孫を迎えるのが楽しみだわ、と言う老婆に頭を下げ聡慈は子どもたちを抱き上げた。
「おばあちゃんありがとう!」
「じゃあね!」
「さようなら、可愛い坊やたち。お片付けありがとね」
子どもたちは老婆に手を振って聡慈に連れられその場を後にした。
帰り道、子どもたちは、特に今まで働くことを許されていなかった子どもたちは、貰ったお金を大事そうに握りしめている。
「良かったなみんな。屋台で何か買うか?」
その提案にみんな首を横に振った。
「ううん。リースお母さんにあげたいの」
年長の子どもたちが稼いだお金をリースに誇らしげに渡すのが余程羨ましかったらしい。
聡慈は彼らの頭を撫でながら、今度何かを食べに連れて行ってやろうと思った。
いや、これだけの都だから大規模な祭なんかもあるかもしれない。
そういう折に外で買い食いするのもいいだろう。
エウリアの情報を入手することも長期に渡り得る。
都の生活様式、習慣を経験する時間はありそうだ。
彼は孤児院の子どもたちがこのまま真っ直ぐ育つことを願い、子どもたちに普通の経験をさせてやりたいと思うようになっていた。
「ただいま〜!」
「お帰りなさい。みんなお疲れ様。ちゃんとお手伝いできた?」
笑顔で出迎えてくれたリースに子どもたちは顔を見合わせ頷き合った。
そして
「リースお母さん、いつもありがとう!」
子どもたちが一斉に差し出したのは今日稼いだお金だ。
「みんな? 聡慈さん、これは?」
「依頼主さんから頂いた今日の仕事の報酬です。一人一人が貰ったものです。リースさんに渡すのを楽しみにしてたんですよ」
聡慈からそう聞くとリースは涙を浮かべて一人ずつ抱きしめた。
「ありがとうみんな……」
その姿を羨ましそうに見るのは居残りしていた妖精だ。
感情を動かした彼女に聡慈はあるものを見た。
(なるほどそれがこの子の……そうだ、これならこの子の名前は)
聡慈はふとしたことから妖精の名前を思いついた。
妖精本人は、子どもたちは気に入ってくれるだろうか。
彼は気になって腕を組んで唸った。




