86 探索の旅(王国編-52)
聡慈とライオホーク、それに孤児たちの中で最初に仕事を体験することとなった男子最年長のミゲルは、一日の仕事を終え孤児院への帰路に就いている。
初めての収入を得たミゲルは喜びはしゃいで聡慈たちの周りを跳ね回っていた。
「へへへ、これがお金かぁ。なあなあソージじいちゃん、これで山羊が買えるかなあ?」
「ミゲル、ソージ先生だろ」
「リオ、強制しなくてもいいんだよ。ミゲル、これだけではまだまだ買うことはできないな」
「え〜」
「このお金は食料や衣服に使われるだろう。その上で少しだけ山羊を買うために取っておくんだ。そういうことをコツコツと、何百回も繰り返して目標の金額に近づけていく。今ミゲルは計算を習っているだろう? いくら使っていくら取っておいて、何回ぐらいで目標額に達するか計算して、計画を立ててみなさい」
「うええ、計算、苦手なんだよなぁ……でも分かったよ。俺やってみる」
煤で黒くなった鼻を擦ってミゲルはスキップしながら進む。
行き交う人にぶつかって汚さないか、聡慈とライオホークはハラハラしながら彼を注意し後を進んだ。
「ただいまー!!」
「お帰りなさい。あらあら、そんなに真っ黒になってまあ」
「あー! ミゲル兄ちゃん汚ね〜。何して来たの!?」
子どもたちの中から初めて仕事に出たミゲルをリースが出迎え、子どもたちもその話を一早く聞こうと集まってきた。
ミゲルは堂々と胸を張る。
「煙突掃除さ! ソージじいちゃ……ソージ先生じゃデカ過ぎて入れないからさ、俺みたいな子どもがちょうどいいんだって。はい、リースお母さん。これ」
ミゲルは自分が得た硬貨を全額リースに手渡した。
「まあ……!」
リースは感動で言葉を詰まらせ、恭しく手で包むように受け取った。
誇らしい顔のミゲルと瞳を潤ませたリースを見て、他の子どもたちは同じように嬉しくなり、また同時にミゲルを羨んだ。
そして次は自分が、そう思いながらミゲルに話を聞こうと纏わり付く。
「さあ、ソージ先生、リオ兄ちゃん、早く勉強しようぜ! 算術身につけて計画立てなきゃ!」
ミゲルは子どもたちから羨望の眼差しを向けられることで、むず痒いような心地良いような何とも言えない気持ちになった。
それを誤魔化すように、またもっと兄弟たちを喜ばせたいと思い自然と勉強しようという思いが出てくるのであった。
「こらこら、その前に水浴びして洗濯でしょ」
真っ黒なまま、胸を張って家に入ろうとするミゲルを感動から引き戻されたリースが慌てて引き止めた。
「いけね」
ミゲルが煤まみれの自分の有り様を思い出して自分の頭を小突くと、子どもたちが面白そうに笑ってはやし立てた。
順番に仕事をさせていく内に子どもたちの得意なこと、好む仕事の傾向も分かってきた。
メグは縫製関係、衣類・鞄等の補修を。
ミゲルは鍛冶仕事を。
プリシラは彫り物等の細工関係を。
ベルクは木工、大工関係だ。
この国なのかこの世界なのか、技能工は徒弟制が一般的である。
聡慈はまだ子どもたちには特定の仕事に固執させず広く仕事を経験させるつもりだ。
だがこの経験を活かして自分の道を考えたり、どこかの親方に顔が繋がるといいかもしれないと考えていた。
「ソージ先生、いい依頼見つけましたよ」
組合の建物の中、ライオホークが一枚の紙を指差した。
“屋敷の幽霊を退治してほしい”
「う〜ん……これのどこがいい依頼なんだ?」
この世界でも幽霊など見たことがない、が、死者が何かしらの形で現世に留まる、という考えは有るらしい。
ただし、聡慈はこちらの世界の幽霊の話はあまり深く聞いたことが無かったし、どのような性質かも分からないので、退治して良いのかも分からない。
違約金は無いようだが、解決できなければ無報酬だし時間の無駄ではないか。
しかし首を傾げる聡慈にライオホークは言う。
「俺、幽霊って見てみたいんですよ。もしかしたら話が通じて、困ってるって伝えたら移動してくれるかもしれないじゃないですか」
どうやら彼にとって幽霊は必ずしも悪性の存在ではないようだ。
聡慈は乗り気にはならないが、あまり自分の考えを押しつけるのも如何なものかと思い、またもしかしたらこちらの世界には幽霊が本当にいるのなら、確かめてみるのも良いかと考えライオホークの提案を受け入れた。
「何それ。幽霊なんているわけないのに、時間の無駄じゃない」
子どもたちの仕事の順番は、今回ベスの番だ。
彼女は仕事に好き嫌いを言わず、何にでも黙々と取り組んだ。
目標に向かい貯金するという考えにも理解を示し、稼いだ金はリースに預け不満を言うこともない。
相変わらずリースのことは『お母さん”とは呼ばないが。
そんな彼女が仕事に不満を訴えた。
どうやらクールな彼女にとって幽霊とは非現実的、そんなものを探して退治するなどできない、つまり時間の無駄ということらしい。
「まあまあ。今回の依頼は依頼主と直接顔を合わせる。よく話を聞けばその真意や、もしくは問題解決の糸口が見えるかもしれん。こういうのも、まあ一つの経験だな」
「ふう……まあいいけど」
納得と言うよりは諦め、仕方なくと言った感じで彼女は二人について行く。
時間の無駄ではないかと思っているのは同じなのに、何故自分が説得しているのか。
聡慈は釈然としない気持ちを抱えながらそれを飲み込むのだった。
依頼主は高齢の女性だった。
面会したのは借家の一室。
今は幽霊騒動が恐くなり、住んでいた家屋から一時避難しているが、彼女は息子が独立して夫に先立たれてからしばらく独居であった。
間もなく働き始める孫から、職場に近い彼女の家に世話になりたいと言われ楽しみにしているが、今回の騒動で家が片付かず困っている。
金銭はしっかり保管しているから徹底的に調べてほしい。
そう言って彼女は頭を下げた。
(加齢による認知機能の低下、では無さそうだ。孫が来ることで今まで気にならなかった一人暮らしの不安を感じたのだろうか)
仕事先の幽霊屋敷に向かう途中で聡慈は考えている。
(幽霊の正体見たり枯れ尾花、と言うように些細な物音に反応してしまうのかもしれないな)
やがて見えてきた家屋はその佇まいからそれなりの年月を経たことが分かる。
二階建てで建坪八十近くある木造家屋は、一人で住むには広過ぎるぐらいの立派な造りをしていた。
合鍵を使い扉を開けるとそれだけで、ギイイィ、と音を立てる。
やはり年季が入っているだけあり、床を歩けばギシギシと。
じっとしていても家鳴りがするぐらいだ。
それに加えお世辞にも綺麗とは言えない室内。
生ゴミこそ無いものの、衣類や小物があちこちに散乱し、埃もしっかり積もっている。
これでは確かに孫を迎え入れられないだろう。
「やっぱり幽霊なんかじゃないんじゃないの? 夜に一人でこんな音が聞こえたら、それは不気味でしょ」
ベスはやれやれと溜息を吐いた。
「え〜、そうかなあ。そんなこと昨日今日に始まったことじゃないと思うんだけど。やっぱりどこかにいるんじゃない? 幽霊」
とりあえず全部の部屋を探そうと言うライオホーク。
(まさか本当に……)
面倒くさそうにするベスと張り切るライオホークを他所に、聡慈は戸惑い警戒をしていた。
「いるぞ、何か」
「え?」
「え?」
ライオホークは顔を明るくして、ベスは訝し気な顔をして聡慈を見る。
「幽霊かどうかは分からんがな……」
聡慈の技能【第六感】はこの家屋に何かが潜んでいることを感じ取った。
(あまり危険な気配は感じないが、気をつけねばならんな)
「ベスを頼むぞリオ」
聡慈がそう言うとベスは生唾を飲んで視線を動かし警戒するのだった。




