83 探索の旅(王国編-49)
「あの、俺も手伝わせてもらえるかな」
ライオホークは炊事場で食材を並べていたメグに声をかけた。
「手伝ってくれるの? ありがとう」
(かわいいな……)
穏やかそうで愛嬌もある少女だ。
そんな子に素直な笑顔を向けられてライオホークは照れた。
まだリースはここに来ておらず、しばらく彼はメグと食事の準備をすることになった。
「うわあ上手だね。皮むき」
「ソージ先生と旅をしながらほとんど毎日料理もしてたからね」
二人は歳の近さあってか打ち解けるのも早かった。
「ソージ先生って、あの大きなおじいさん?」
「うん。俺の恩人なんだ。孤児でどうしようもなかった俺を救って一緒に旅に連れてくれて――もう一年ぐらいになるかな。剣術とか言葉とか色々教えてもらいながらあちこち歩いたり船に乗ったりしてさ。先生はすごいんだ。物知りで、困った人がいてもいつもなんとか解決してあげて、よく賢者って呼ばれてるんだよ。……先生は嫌がるけどね」
「大好きなんだね、その先生のこと」
ライオホークは温かい笑顔で見つめられて、自分が聡慈のことをつい熱心に語っていたことに気付いて頭を掻いた。
「でもあなたもお父さんとお母さんがいないんだよね。リースお母さんがあなたを連れて来たときびっくりしちゃった。だって二人ともよく似てるんだもの。てっきりリースお母さんの息子さんかと思っちゃった」
「その、あの人の、リースさんのお子さんって……」
「ん〜、私もよく知らないの。でもたまにお墓参りしてるみたいだし、自分の子どもはいたみたいだよ」
「そうなんだ……」
「あ、リースお母さんが来た」
「ごめんねー、遅くなっちゃった。――て、あら? ライオホーク君手伝ってくれてるの?」
頭に白い布を巻いてエプロンをつけたリースが戻って来た。
ライオホークは硬い笑顔を返す。
「はい、俺いつも洗濯とか食事の準備とかしてたんで、じっとしてるのは落ち着かないんです」
「あはは、働き者なのはいいことだね! 感心感心」
リースの方は硬さも無く気軽にライオホークの肩に手を置いた。
「ねえリースお母さん、ライオホーク君とっても野菜の皮むき上手なんだよ。すごいよね、男の子なのに」
「へえ、そうなんだ。あの大きなおじさんに習ったのかな。それともご両親?」
「あ、リースお母さん!」
リースの迂闊な発言を止めようとして間に合わず、メグは残念そうな顔をした。
「ああ、いいよ」
ライオホークはメグの気遣いに感謝して微笑んだ。
「あの、俺の母さんは俺が六歳ぐらいの時に亡くなってるんです。父さんのことは知りません。もしかしたら小さい頃母さんから聞いたことあるのかもしれないけど、忘れてしまったんだと思います。……あ、だけど気にしないでください。俺今不幸だなんて思ってないですし。むしろ恵まれてるなって思ってるぐらいなんで」
リースはライオホークの言葉が本心から出ていると分かる。
彼女は目から一筋涙を流した。
「ご、ごめんね! おばさん変なこと聞いちゃったね」
「お母さん、涙……」
「あれ、あれ? 本当だ、どうしちゃったのかなぁ? うん、何でもないからね」
「私、ちょっとロイスとエイミーの様子見てくるね」
メグがそっとその場を離れて行く。
その場にはライオホークとリースだけが残された。
「ねえねえリースお母さん! ソージのおじちゃんすっげえんだぜ!」
その日の食卓は賑やかだった。
人見知りというのが全く無いかの如く早くも聡慈に懐いた子どもたちがキャアキャアと二人の客を囲んで大声で話している。
「魔法が使えて、力もすっげえ強えの! 俺たち男子全員腕にぶら下がっても平気なんだぜ」
「へえ、ちなみに今日のご飯はライオホーク君が手伝ってくれたんだよ」
「それぐらいなら僕もできるけどなぁ」
「手際が違うんだから。明日はベルクが食事当番でしょ? 一緒にやってみたらいいよ」
「?」
明日も夕飯を共にするようなメグの口ぶりだ。
聡慈はどういうことかとライオホークの方を見た。
「あの、ソージ先生……」
「あ、ソージさんたちはしばらくこの都にいて人を探すんですよね? きっと宿はしばらく取れないと思うんです。だから私がライオホーク君に言ったんですよ。何日でもここに泊まりなさいって」
割って入ったリースは懇願するように聡慈を見る。
聡慈はいつになく弱々しいライオホークを見て、食卓に並んだ質素な食事と痩せた子どもたちを見て、ほんの束の間考えた。
「分かりましたリースさん。では宿泊の契約のお話をしませんか」
「け、契約、ですか?」
リースは首を傾げている。
孤児院の子どもたちもライオホークもリースに同じだ。
「ええ。難しい話ではありませんよ。私はこうして旅に出る前にラグナと言う港町に居たのですが、そこで何年も同じ宿にお世話になってたんです。一月に一度まとめて宿泊費を払ってね。宿は途中からほぼ飲食業一本になってしまいましたが、滞在は続けさせてもらって。親子三人のその宿の人たちとは家族のような付き合いをさせていただいていたんです」
家族、と言う単語にリースもライオホークも微かな反応を示した。
「宿泊させていただけるのはとてもありがたいし、リースさんたちの親切も胸に染み入るようです。ただ、無償というのは長らく商売に携わった私にとって恐ろしいものでもあるのです。我々を泊めていただけるのなら、どうか対価を受け取っていただきたいと思います」
「……」
「……」
子どもたちは静まり返った。
そして
「難しい……」
誰かが言ったその言葉で聡慈は笑い出した。
「あっはっは、いや申し訳ない。そうだな。私とリオが泊めてもらう代わりにお金を払うと言うだけの話なんだ。私たちは泊めてもらえて嬉しい、君たちもお金が入ってくると買える物が増えたりするから嬉しいだろう? 仕事は少し増えるだろうがね」
「わあ! ねえお母さん、ソージのおじちゃんの言うこと本当!?」
子どもたちは一斉にリースの方を見た。
「え、う〜ん、それは間違いないわねえ……」
子どもたちの目の輝きに押されてリースは曖昧ながら肯定した。
「じゃあおじちゃんの言う通りにしようよ!」
「そうしよう!」
「いらっしゃいませ!」
「じゃあ値段の交渉はリースさんと行うとして、大体いくらぐらいが相場なのだろうか。この辺りの宿屋は」
「そそそそそそんな相場なんて気にしないでください!」
「一人一泊六……」
「百! 一月百銀いただければ十分ですから!」
「それほど物価が安いとは思えませんが……まあとりあえず二人で月に二百銀と言う仮契約で、またこの辺りの物価事情に応じて話し合いましょう」
交渉とも言えない話し合いが聡慈とリースの間で一応まとまった。
「姉ちゃん、お母さんたち何か難しい話してるよ」
「うん、“そうば”とかって何だろうね」
「うん? まだ君たちには早かったみたいだな。だが、ええと、ミゲル。君なら分かるだろう? この辺りの食料の値段とか、同じような宿屋の値段を参考にしてリースさんと一月に払うお金の話をしていたことは」
「うぇ、お、俺? そりゃあ……もちろん……」
「――ん? ええと、一日で四銀の宿泊費は一月ではいくらになる?」
「い、いきなりそんなこと言われても……ちょっと待ってよ」
男子最年長のミゲルは仲間の顔を見回す。
年下のみならず姉貴分までもが顔を背けた。
(これは……まあ教育水準自体が低い上に貧しければ、さもありなん、か)
聡慈は哀れに思う気持ちを抑えて子どもたちに笑顔を向けた。
「分かった。ではここに世話になる代わりに皆の勉強の面倒を見ようではないか。なあリオ」
「え? 俺もですか?」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をするライオホークに笑いかけ、聡慈は食事を進める。
子どもたちは楽しそうにしていたり、よく分かっていない様子だったり、まちまちの反応を見せていた。




