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巡り求めて  作者: みおま ウス
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8 地獄編-7

 鬼も鳥人間も肉体は頑健で、闘争心は旺盛だ。

 腕や脚が潰れても戦いから離脱する者が見当たらない。



 小鬼たちは血に熱狂し、大声を出せない分の興奮を仲間同士殴りあって発散している。


 だから気がつかない。

 鬼に殴り飛ばされた一人の鳥人間がすぐそこまで転げ落ちて来たことに。



(うお、来た! これはいかん!)


 間近に迫った鳥人間に気づくことができたのは、小鬼の様子を冷たく見ていた聡慈だけだった。

 リンを連れて逃げたいが、二人だけこの場を離れても目立って危険かもしれない。

 仕方なく彼は危険を知らせようと小鬼たちに手を触れた。


 聡慈の意図は通じたようだ。

 しかし小鬼たちは聡慈に触れられ一瞬不快気な顔をしたものの、鳥人間が近くにいるのを発見してますます興奮し始めてしまった。


(何をしている! 逃げないのか!?)



 聡慈の不安を他所に小鬼たちは鳥人間の前に姿を晒し、挑発し始めた。


 戦列に復帰しようとしていた鳥人間は、小鬼を見つけ逆上して向かって来た。


 それを小鬼たちはより離れた場所へと誘き寄せる。


 ――鳥人間一人ぐらいならいけるぞ。俺たちでやっつけてやる――


 そう盛り上がっているのが聡慈にも分かった。






 手負いの鳥人間は血を垂らしながら小鬼たちに迫る。


 大人たちから見えない程度に離れた小鬼たちは、足を止め鳥人間をその輪に迎え入れた。


 ここに来て鳥人間は自分を囲んだ小鬼たちをじっくりと見回した。

 戦いに紛れ込んだ鬼の子の戯れに巻き込まれたと理解した鳥人間は、肩を落とし下を向いて静かにしている。


 やる気を無くしたかのようにも見える鳥人間の様子に、小鬼たちはつまらなそうに鼻を鳴らす。

 探るように小石を投げつけ、次には取り囲む輪を縮めていった。


(む、いかん。下がるぞリン)


 鳥人間の様子にただならぬものを感じ、聡慈は鳥人間を囲う輪から密かに離れた。

 俯き独り言を呟く、その身に纏う雰囲気は覚えがある。

 戦場で精神が不安定になった兵士に同様のことが起こることがあったのだ。


(そう、そしてきちんと気をつけてやらねばその兵士は……)



 聡慈が回想する暇も無く鳥人間は突如動き出した。

 飛び上がり小鬼の頭を鉤爪で掴むと、痛がる小鬼をそのまま岩肌に叩きつけた。

 バガン、と何かが割れる音が響く。

 砕けたのは岩か小鬼の頭蓋骨か。

 岩の破片が飛散し鳥人間の足の下に血溜まりができていく。

 さらに鳥人間は足元の小鬼の頭を踏みつけると、包囲網に向かい出鱈目に手足を振るい暴れ始めた。


(感情の抑制が利かなくなり手がつけられなくなってしまう、と。さて、小鬼が数で押し切るのかそれともキレた鳥人間一人が勝つのか……)


 聡慈は小鬼たちから目を離さずそのまま下がって行った。




 小鬼たちはまだ興奮していた。

 大人たちの真似をして石を拾い投げている。

 幾つかは鳥人間にも当たり傷を負わせた。

 だが所詮は遊び半分で来ただけの戦闘素人。

 急所は捉えられず、また輪になっているため仲間たちにも当たる始末。


 興奮はそれでも冷めない。

 自分の血を見て余計に昂っている有り様だ。

 投石をやめ殴りかかって行く。

 子どもながら体格も良く力も強いが、力はまだ現時点では鳥人間の方が上らしい。

 掴んでも投げられ、噛みついても引き剥がされ蹴り飛ばされた。


 やや優勢に揉み合いを捌く鳥人間に、小鬼のリーダーが鋭いタックルをぶつけた。

 よろめく鳥人間をそのまま仰向けに押し倒し、相手の鳩尾に腰掛けた。


 マウントポジションを取った小鬼のリーダーは、体を捻り脱出しようとする鳥人間を脚と尻で巧みに押さえる。

 そしてニヤリと顔を歪め腕を振り上げ、下敷きの鳥人間に思い切り拳を振り下ろした。


 ゴスッ


 鈍い音がし、鳥人間は顔を歪めた。

 手を挟み顔への直撃をガードしたが、威力は殺せず仰け反った頭が岩にぶつかったのだ。


 リーダーが優位に立ち小鬼たちは囃立てる。

 一人の小鬼が調子に乗って自分も鳥人間に乗ろうと飛びついた。

 小鬼のリーダーは血に酔っている。

 飛びついた小鬼を邪魔する者とみなし殴りつけ、鳥人間の殴打を続けた。

 このまま一気に勝負をつける。

 そう小鬼たちは確信していた。



 鳥人間の顔から怒気は引いていた。

 組み敷かれ殴られ周りでガヤガヤと騒がれる内に、ふと一瞬目の焦点が合った。


 ――自分を殴っているのは鬼のガキだ。自分を取り囲んでいるのも鬼のガキだ。自分は一体こんなガキども相手に何をしているのか――


 一度落ち着いてしまえば冷静さを保つことは難しくない。

 こんな所で遊んでいないで早く仲間たちを助けに行かなくては。

 しかし鬼のガキどもは根絶やしにしといた方が後々良いか。

 殴られるままつらつらと考え


 ――とりあえず……いつまでも調子に乗るなよ――


 色々巡る考えを最後だけ口に出して、振り下ろしの拳を防いだ手の隙間から鋭い視線を相手にぶつけた。




 雰囲気が変わったことに気づかずひたすらに殴り続ける小鬼のリーダー。

 まともな抵抗もない一方的な攻撃をしていたことで油断し脚が疎かになっている。


 不意に右目に鋭い痛みを感じた。

 右目に鳥人間の足の鉤爪が引っかかっている。

 立て続けに感じる下から突き上げるような感覚。

 体が一瞬浮いた。

 その隙に眼前に足を差し入れられ、鳥人間の手が自由になった。


 鳥人間の手に黒い渦が収束する。

 それは緑色に変わりながら膨らみ、一気に弾けた。


 勢いよく吹っ飛ぶリーダーを呆然と見送り、小鬼たちは頭が事態に追いつく間も無い。

 鳥人間を間合いに入らせてしまう。

 まともな抵抗もできずに続けざま二人、三人とやられた。

 小鬼はようやく恐慌をきたし散り散りばらばらに逃げ出した。



 鳥人間は戦士としての誇りも感じられない小鬼の行動に呆れ顔を顰めつつ、一人も逃すかと狩りの気分で追跡を始めた。






 聡慈はリンを連れて慎重に山を下りている。

 足元にゴロゴロと大小の石が転がり歩きにくい。

 小鬼と鳥人間の戦闘場所からはそこそこ離れたと思うので、注意の大部分は足元に注いでいた。

 ところが、と言うかとうとうと言うか、小鬼たちの悲鳴と駆け下りてくる音が聞こえてきた。


(小鬼だけで囲んでも鳥人間には勝てなかったか……奴らどうやら追われているな)


 聡慈は素早く考え、リンにまっすぐ下りろと指示をした。

 鳥人間がリンを野生の獣と見てくれるなら、リンだけでも逃げ果せるかもしれないと考えたためだ。

 リンは聡慈と行きたがったが、聡慈は許さずリンの尻を叩いて行かせた。



 小鬼が近づいて来る。

 転ぼうがお構いなしだ。

 手指が変な方向に曲がっている者もいる。

 必死さ、恐怖、疲労、どれも初めて見る表情だった。


 そして奴らは聡慈を見つけ、いつもの醜悪な笑みを浮かべた。


 小鬼は聡慈の襟首を掴み後ろに引き倒した。

 同時に脚を踏みつけ聡慈が痛みにもがくのを確認すると、また転げるように駆け下りて行った。



(おとり、か。あの鳥人間に敵意の無いことは伝わるだろうか……まあ無理だろうな)


 聡慈は諦め半分で鳥人間の襲来に身構える。






 また一人小鬼を始末した鳥人間は、翼を使い斜面に沿って滑るように山を下ると、座り込む老人の前にふわりと舞い降りた。

 目の前の老人は脚を痛めているようで鬼ではなかった。

 大方奴隷か何かで小鬼が身代わりにしたのだろう。

 相変わらず卑劣な鬼の性根は不快に思うし、鬼に捕まったとすると哀れにも感じないこともない。

 だがいずれにせよ自分たちの縄張りを侵すものを見過ごすわけにはいかない。


 鳥人間は老人を鉤爪で持ち飛び上がった。

 小鬼より少し背は高いが爪はすぐ肉に食い込むし体重も小鬼より軽い。

 鳥人間は溜息を吐き、羽先に収束させた黒い渦を緑色に膨らませ聡慈の前で破裂させた。



 木々が茂る山間の崖に老人が消えたのを確認し、鳥人間は小鬼の追跡を再開した。

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