79 探索の旅(王国編-45)
デミトールたちは洞窟から最も近い村へと向かった。
シュードラ、サンドラ姉妹が住む村である。
「あ、セス兄ちゃんだ! 戻って来てくれたの!?」
サンドラが五人の姿を見て嬉しそうに駆け寄って来た。
シュードラも農作業の手を止め軽く手を振っている。
「おう元気そうじゃねえか! もう敵の親玉はぶっ倒したからよっ、これからは何の心配もいらねえぜ」
「やったぁ! さすがソージ先生!」
「違〜う! さすがデミトール様、でしょ!」
「ワハハ! どっちでもいいじゃねえか!」
意味も分からず一度見たライオホークの真似をするサンドラは楽しそうだ。
彼女が明るいのは村が活気あるからだ。
アスクレスは彼女の言葉を正そうとし、セステウスはアスクレスを嗜めるが二人とも冗談交じりのやりとりで、やはり楽しそうにしている。
守るべきもののために戦い、その結果が目の前にある。
村の光景を眺めるアスクレスもセステウスも満足そうだった。
遠からず他の町や村もここと同じような光景が広がることだろう。
そう思うとデミトールもようやく肩の荷が下りた感じで安心するのだった。
デミトールは動物から恐れられることが無くなっていた。
そこで五人の移動は徒歩から乗馬へと変わり、段違いの速度で町へと向かっている。
(もう少し歩いて旅をしたいと思うが……仕方ないな)
百日を越えた長期の旅は困難もあったが、楽しかった。
領主の立場を捨ててしまった心苦しさも常に胸に抱えていたため、楽しむ気持ちを自戒せねばと思ってはいたが、それでもなお、友と一緒の旅路は一言では表せぬ充実した日々だったのだ。
デミトールはここに来てようやく、残念に思う気持ちは出さずに残りの旅を楽しもうと開き直ることにした。
「お、見てくれよ。こんな所に水苺が生ってるぞ」
「デミトール様!それは水苺蛇ですってば!」
川辺に生えている青い実は、デミトールがこの旅の間で何度か味わった水苺に似ていた。
爽やかな酸味のある瑞々しい実だ。
デミトールが喜んでその実を摘むと、川から一匹の蛇が口を開けて襲いかかって来た。
水苺に擬態した毒蛇だった。
一度騙されて気をつけていたはずなのに、旅の終わりの感傷に浸りつい手を伸ばしてしまった。
「おっと!」
そんな緊張に欠けていた状態でも、十分な余裕をもって水苺蛇の頭を手で握って事なきを得てしまうのは、さすが武の達人ではあるのだが。
「も〜、心配させないでくださいよデミトール様!」
「いやすまんすまん。だがこれで今日の食料も賄えるじゃないか」
「まあ確かに美味しいですけどね〜……って僕もいつの間にかこんな蛇も平気で食べられるようになっちゃいました」
「それどころか虫だって食っちまえるんだけどな」
「いや〜、それはまあ、目を瞑ればね……」
デミトールたち主従三人は自分たちの変わりようを面白くもおかしくも思っている。
「リオ、どうだ? お前だけでも私たちと共に来ては」
不意にデミトールはライオホークに声をかけた。
一度は領主館に残ることを拒否されたが、ライオホークにとって決して悪い話ではないはずだと思っている。
もちろん鍛えれば兵士としても或いは勉強すれば文官としても有望だと思うからこそ誘うのである。
「すいません。ありがたい話だとは思うのですが……俺はソージ先生と共に行きたいと思っています。許されれば、ですが」
少し離れた場所だから聡慈には聞こえていないはずだ。
ライオホークは聡慈の方に一瞬だけ視線を向け不安そうに言った。
デミトールはライオホークの気持ちが良く分かる。
(私もソーさんとはまだ旅をしたいのだからな)
だからライオホークの肩に手を置き励まそうと思った。
「そうだろうな。ソーさんと一緒にいればお前はまだまだ成長できる。いずれ文武共に私など軽々上回る男になるはずだ。まあいずれ士官したくなったら我が息子たちを訪ねるがいい。その時はこちらから頭を下げて『是非この領に来てください』と言われるような人物になっていてくれよ」
「デミトール様……俺、デミトール様とかゼフェル様とかカッコいい大人に会えて良かったです。一番はソージ先生ですけどね」
ライオホークははにかんだ笑顔を見せた。
デミトールはそんなライオホークの頭をくしゃくしゃと掻き回した。
(この子が大きくなる頃には私は衰えを感じているだろうか。だがソーさんは更に進化しているような気がする。そんなわけは無いのにな……まったく不思議な御仁だ)
「おおい、セス、アッシュ! 私たちも旅をする生活をしたいもんだなぁ!」
少し寂しさが勝ち、デミトールはついおどけた感じで聡慈の近くにいる二人に声をかけた。
「俺はいいっすよ!」
「僕も……ですがデミトール様! 領主のあれこれをちゃんと片付けてからですよ!」
「え?」
意外なことに悪くない答えが返された。
デミトールは却って戸惑ってしまったが、これが将来的には王国を行脚するきっかけであったことは、この時まだ誰も知る由もなかった。
「ここはゼフェルが取り仕切る監察官の館があるんだ」
五人が到着した目的地はルガール領には珍しく農地が少ない。
商館が建ち並び歓楽街もある商業地である。
ルガール領の中でここだけが浮いたような雑然とした街にゼフェルは事務館を構えているらしい。
「あいつには直接報告しないとな。それからソーさんの王都方面行きの馬車を手配するよ」
兵士の駐屯地もあるそうなので、デミトールが顔を出せば遠出の馬車も日を待たずして手配できると言う。
聡慈もゼフェルには挨拶をしたいと思っているので、段取りはデミトールに任せ彼に付いて行く。
「規則にうるさいヤツだからな。先触れも出さずに面会を求めると嫌な顔をするかもしれんが、事が事だけに他の用事があってもこちらを最優先させるだろう」
そう言ってデミトールは先導する。
そしてゼフェルの事務館で事務員に連れられ入った事務室で、案の定渋い顔をして出迎えられた。
「ソージ殿、皆、久しいな。デミトール、貴様親しき仲にも礼儀ありと言う言葉を知らんのか」
「まあそう言うな。今度こそ領地を乱した元凶を取り除いたのだから早く知らせたかったのだ」
デミトールの言葉にゼフェルは眉をピクリと動かした。
「ふん、まあ掛けろ。茶でも飲んで話すが良い」
「そうか、本物の六廻将か。半腐貌だけが狂ったのか、それとも……まあ貴様の領地の安定も含めて王都には報告しておかねばならんな」
マーシ=セインとの戦いを聞かされたゼフェルは苦い顔をして溜息を吐いた。
そして表情を和らげ聡慈の方を向いた。
「ソージ殿、宜しければ私と王都へ行きませんか」
「一緒に、とはありがたいのですが……」
聡慈は応じかねている。
「いや、みなまで言わずとも結構です。できればソージ殿のことも紹介したいとは思いますが、お望みではないでしょう。報告では上手く伝えますよ。単に私があなたと旅を共にしたいだけですから」
「おい、そんなことでいいのか? 手抜きの報告をする気か。それにお前だけズルいぞ」
デミトールは非難の眼差しでゼフェルを睨む。
ゼフェルはニヤリと笑い返した。
「ふん、貴様は何か月も旅をしたのだろう。私もそうしたいだけだ」
「ははっ、デミトール様、ゼフェル様の言う通りですよ。散々楽しんだんですから。ゼフェル様、ソージ先生と良い旅を」
「ありがとうアスクレス。デミトールの手綱は任せたぞ」
「おいふざけるなよ、おい、無視するなこら」
結局聡慈とライオホークはゼフェルと共に王都へ行くことが決まった。
デミトールは羨ましそうに彼らの出立を見送ることになったのだった。




