78 探索の旅(王国編-44)
デミトールの槍がマーシ=セインの左目を貫き通し、黒く輝く物がキラキラと地面に舞い落ちた。
デミトールたちはその物に気付いてはいない。
彼らが注視しているのはマーシ=セインの顔だ。
左目があった所を中心に今ボロボロと崩れつつある。
「ぬがああぁぁぁ! バカな……バカなバカなぁっ!!」
崩壊は左半身に及び次第に黒い靄が抜け出てきた。
「呪法の力を返せ! 儂が世界のために我がものとした力を……返せえっ!」
塵と変わり果てつつある体でマーシ=セインはデミトールに飛びかかる。
「ふんっ! ――なに!?」
撃ち落とさんとしたデミトールの薙ぎ払いは、煙を潜るように手応えなく相手の体を素通りした。
「かあぇえせぇぇええっ!」
全てを塗り潰すような黒い煙がデミトールに覆い被さろうと眼前まで迫る。
「はあっ!」
聡慈は剣を振るった。
彼の右前腕の呪印と聖印が黒く、白く浮き出ている。
剣は地面に落ちていた黒く輝く物を両断した。
「ああ、あああ……ああぁぁあああぁぁぁああっっっっ!!!!!」
低く、地獄から迫り上がるようなマーシ=セインの断末魔が響く。
その姿は若者から早送りのように年老いて、朽ちる寸前にまた若者に戻りまた年老いて。
何度も年老いて若返ってを繰り返し、その度に放出される黒い靄が少なくなった。
そして黒い靄がとうとう絶えた時、年老いたマーシ=セインは若返ることなくそのまま腐り、一気に骨になり風化して消え去った。
緊張と沈黙が場を支配する。
「終わった、のか?」
目の前で一人の男が老衰する様を何度も見せられたデミトールは呆然と呟いた。
「ああ。奴は、半腐貌マーシ=セインはもうこの世に存在しない」
聡慈は左前腕に新たに刻まれたひと筋の、ダイヤモンドのような輝きを放つ印を見て言い切った。
(外法を用いて解脱を成した者を世界の理に戻した……? 突然浮かび上がったこの刻印は何だ?)
脳内に直接告げられるようにして、不意に知らされた意味不明な事実。
聡慈は戸惑うが、マーシ=セインが滅びたことは分かった。
「聖印でも呪印でもない……ソーさん、それは一体……」
理解が追いつかないところはあるが、デミトールは聡慈の言うことに納得できた。
正に最期と言うに相応しいマーシ=セインの末路と、何より周囲の禍々しさが薄れていることが、一つの邪悪がいなくなったことを本能的に察せられたからである。
「さすがソージ先生!」
「また出た!」
手放しで聡慈を称賛するライオホークの言動に、誰かが反射的に突っ込んだ。
「ぷっ」
「ははは」
ようやく緊張が解けて気の抜けた笑いが漏れると、五人はその場に腰を下ろした。
いつもと違って真っ先に座り込んだデミトールは自分の手をまじまじと見ている。
「あれが伝説の六廻将マーシ=セインか。まともに戦っていたら手も足も出なかったな……」
「え、何言ってんすか? 真正面から戦って勝ったじゃないすか」
ポカンとして尋ねるセステウスに、デミトールは首を横に振った。
「いいや、奴が言っていただろう? 『力を貸している』と。あれは本当だった。私を上回る強大な力を以って私を支配していたのだ。……このネックレスで封じられていたがな。今、既に私は奴の力から解放されている。奴の支配が完全に抜けた時の力の波動の大きさ……もしあれが戦闘時に奴の体に戻っていれば、私たちは虫けらのように蹂躙されていただろう」
「そんなに……」
「それに久々に闘級が上がったよ。それを鑑みてもやはり恐るべき相手だったのだ」
「うわ、まだ強くなるんですかデミトール様。……ところで、なんで世界を救った英雄があんな風になっちゃったんでしょうかね」
「さてなあ。だがソーさんが言ったように外法とやらを使って生きながらえていたのなら、まあ人の道を外してあのように狂ってしまったのかもしれんな」
「まあまあ、アッシュもデミ様も今は喜びましょうや。んで少し休んだら早くこっから出ましょうって」
「そうだ! まだ魔物がいるかもしれないんだった!」
(多分大丈夫だろうな)
聡慈はもう魔物の心配をせずとも良いと思っている。
肝が冷えるような独特の感覚も無くなっていたし、目に見える魔力もずっと少なくなっていたからだ。
ただ確証は無いしライオホークたちが油断してもいけないので何も言わないことにした。
「リオ、そう力を入れるといざと言う時に動きが一拍遅れるぞ」
「あ、はい、そうでした!」
「はは、しかしこんな所に長居したくないと言うのは全く同感だ。一息ついたら行こうじゃないか。あ、その前に最初に奴と遭遇した時の、研究室とやらを少々探りたいのだが良いかな?」
エウリアに繋がる資料が見つかるかもしれない。
マーシ=セイン自身がエウリアの縁者であるとは最早思っていなかったが、奴は「呪法の力を我がものとした」と言っていた。
呪法がエウリアの力を表す言葉だとするならば、奴がその力を持っていた誰かから教わった――いや、奴の性質からすると奪ったと考える方が近いだろう――と思われる。
マーシ=セイン本人からエウリアのルーツと関わることを聞くことが叶わなかった聡慈は、研究室とやらの棚に並べられていた書物に期待を抱いたのだ。
「うっ、やはりこの臭いは消えてないんだな」
どういう仕組みか死骸は消えていたが、腐臭はそのまま残っている。
「今更じゃないか。僕はもうとっくに鼻が効かなくなってるよ。いいから僕たちも資料を探すよ」
五人は手分けして書物を検め始めた。
しかし検分の結果、期待していた呪法に関する資料は無かった。
ほとんどが殴り書きの意味不明な、いや、恐らくは無意味な文字を羅列したものばかり。
その他は支配の技や、魔物を作ろうと試行錯誤をした過程らしきものを書き連ねた書物だった。
「これらは一体どうしたら良いと思う? 私が支配されていた証拠として差し出すべきか?」
デミトールは困惑して尋ねる。
三人の目が聡慈に向いた。
「支配はマーシ=セインの聖印の力と合わせて発揮されていたはずだ。再現できないことを証拠だと言っても信憑性は無いだろう。それに解除の方法ならともかく、国が傾きかねない危険な力だからな。ここで廃棄していった方がいいのではないかな?」
「僕もその意見に賛成です。支配の能力が存在した、という事実は重要ですが、支配を扱うことよりもそれを見破ったり解除する方法の方が重要だと思います」
聡慈とアスクレスの意見に反対は出なかった。
「支配されていた時の私の様子は詳しく書き記しておこう。同じように操られる人が出てしまった時のためにな」
デミトールの一言を最後に幾つかの書物だけ外で廃棄するために持ち、五人はその場を後にした。
「ソーさん、このまま去るとは言わないでくれよ」
外に出て書物を燃やしながらデミトールは言った。
「いや、分かってる。ソーさんが孫を探すことを止めるわけじゃないさ。ただ、王都に直行する馬車ぐらいは手配させてもらおうと思ってな」
困ったような聡慈の顔を見て、デミトールは言葉を付け足した。
――できれば新たな領主となる息子の力になってもらいたい――
その言葉は呑み込んだ。
一度ならず二度までも助けてもらったのだ。
聡慈が栄誉も金銭も求めないのなら彼が求めることを最大限叶えよう、そうデミトールは考えた。
「ありがとうデミさん」
聡慈はデミトールの意図を汲んで大きな町までは共に行くことを了承した。
五人は達成感を隠さず、寂寥感を胸に留め激闘を繰り広げた洞窟から離れて行く。
今度こそこの領地に平和が戻る、そう思って来たる別れの寂しさを紛らわせた。




