72 探索の旅(王国編-38)
「ねえねえ、ホントにおじちゃんたちがアイツらを追い払ってくれるの?」
デミトールたちに期待に満ちた眼差しを向けて来ているのは、まだ六、七歳ぐらいの少女である。
「こらサンドラ、危ないことなんだから煽るのはやめなって! ……ごめんね。親切につけこんだのはアタシたちだけど、無関係な人を危険な目に遭わせるわけにはいかないから、状況だけ見て逃げてくれて構わないからね」
少女を諫め、聡慈たちに声を落として謝るのは彼女の姉シュードラ、健康的に日焼けした二十歳前ぐらいの女性だ。
「いや、無関係と言うわけでも……」
「ハッハー、任せとけって! こう見えても槍の達人と賢者様だぜ……この人たちゃな」
「お兄さんは?」
「俺はお付きの人!」
「え〜」
申し訳なさそうに呟くデミトールの声を、セステウスの笑い声が掻き消した。
セステウスは冗談めかして笑い、サンドラを肩車する。
サンドラはキャッキャと喜び、シュードラは妹の様子に目を細めた。
目的地の山まであと少し。
そんな時に遭遇した彼女らは、住んでいる村を捨て逃げてきた者たちだ。
名主とその部下の横暴に耐えかねて、それに最近現れた魔物を恐れてのことらしい。
どうやら領主館から山へ向かうと、脇に逸れなければ見えないような場所に位置する村であるため、征伐隊が通ることはなかったらしい。
したがって領主が正常に戻ったことをまだ知らされず、荒廃に乗じて悪事をはたらく輩が蔓延っているのだ。
それに加えて腐った魔物が現れては村を捨てる決断もしよう。
着の身着のまま、悲愴感を漂わせ歩く集団を見て気になり声をかけたのが、彼女たちとの出会いであった。
事情を聞いたデミトールは「魔物をやっつける、名主たちも懲らしめてやる」と申し出た。
村を出たは良いが行く当ても無かった彼女たちが、槍を軽々と持ち強そうなデミトールの武威に縋る気持ちで村に戻って行く。
それが今の状況である。
子ども好きなセステウスにサンドラが懐いて和やかな雰囲気だ。
しかし村が近づいて来ると徐々に緊張が強くなってきた。
「ソージ先生、魔物がかなり多いみたいです。でも動きが鈍いような?」
「ああ、あいつらが積極的に人を襲うのは暗い内だよ。お日様が出てる間はこっちから手をださなきゃ、のっそり動いてるだけだね。だから私らも逃げてこれたんだけどさ」
視力抜群のライオホークが木に登り村の様子を見た。
シュードラが言うには昼の魔物の危険度は低いそうだ。
「大人しい間に名主と兵士は魔物を駆逐しようとしないのか?」
「そんなことするわけないよ。自分らの得になることにしか興味が無いんだからね」
「なるほど。名主や警備兵とは名ばかりの穀潰しであるのだな」
デミトールの鋭い目つきにシュードラは不安そうな顔をする。
「ちょっと……追い払ってくれるのは魔物、だよね? 名主や兵士に何かしようもんならどんな報復が待ってるか分からないよ。なんせ両方とも領主様の肝煎りで配置されたってんだから」
「ハッハー! 心配ご無用だぜ!」
「ご無用だぜ!」
肩の上のサンドラがセステウスの真似をして力こぶを作る。
「また意味不明な自信を……余計不安だわ」
「いいから任せとけって! じゃあ行ってくらあ」
「セス兄ちゃん気をつけてね〜」
「おう!」
村人たちを待機させセステウスたち五人は村へと向かった。
「ホントにただのっそり動いてるだけなんですね」
「ああ。だがこちらから手を出すと一斉に襲いかかってくると言うからな。少し準備しようじゃないか」
聡慈とライオホークが指示をして取り掛かったのは罠の設置である。
デミトールも少しは、アスクレスとセステウスはかなり慣れた手つきで罠を組んでいく。
と言っても複雑なものではない。
ほとんどがテグスのような糸を使ったり、尖った棒を括りつけた柵を配置したり、水を染み込ませた布と網を置いたりした程度である。
一度に相手する数を減らすことで十分に対処できる相手だとは先の戦闘で分かっていたからだ。
「さあ始めようか」
罠の範囲内に入っていた魔物を攻撃する。
スイッチが入ったように魔物から立ち上る魔力が増し、一斉に五人へと向かってきた。
(俺が一人で戦うってことはソージ先生が信用してくれてるってことだ……!)
ライオホークは師の信用を裏切れないと、戦いの興奮に呑まれそうになる心を制して魔物を斬る。
落ち着くと敵の動きがよく見えた。
命のやり取りをしているという己の恐怖心もよく分かった。
(やっぱりソージ先生はすごい……!)
魔物だから遠慮なく斬っているが、これがもし人間の敵だったらもっと大きな恐怖が自分を支配するのではないか。
もし人間相手で恐怖を感じず相手を斬ってしまえるなら、それは人としてとても恐ろしいことではないか。
きっと師はそこまで見通して自分を諫めたのだ。
そう思い至ったライオホークは改めて聡慈の慧眼に感服するのだった。
ムササビの魔物を聡慈が風の魔法で落とし斬り付け、とどめを刺すとライオホークたちが寄って来た。
戦闘を終えたようだ。
「全部片付いたな。ではアッシュの手伝いだ。魔物たちを回復の魔法で葬ってやろう」
「はい!」
これも火の魔法よりは穏やかな送り方のような気がする、それに回復魔法の練習にもなると、聡慈はライオホークに指示をした。
その後それ程の時を経ずして、村から魔物の姿が一掃された。
村人たちは恐る恐る村へと戻って来た。
「すごぉい! お兄ちゃんたちあっという間に村をキレイにしてくれたよ!」
「ホント、驚いたよ。ありがとね」
サンドラの無邪気な喜びの一方で、シュードラはお礼を言いつつも警戒を解いていない。
その警戒の原因はすぐにやって来る。
「お? なんか騒がしいと思ったらすっかり元通りじゃねえか、へっへっへ。おいお前ら何集まってやがる? ……シュードラもいるじゃねえか。こっち来いよ、げへへ」
近づいて来るのは振る舞いの一切に品性の欠片も無い兵士姿の男だ。
「あんたたちなんて何もやってないじゃない! 出てってよ!」
「何だと〜!?」
「やめてよ!」
「お姉ちゃん!」
嫌らしい笑みを浮かべて男はシュードラの手首を取り顔を近づける。
サンドラの悲鳴が上がる。
その直後――
「へぶっ!」
男は殴られ地面を転がった。
「セス兄ちゃん!」
男を殴り飛ばしたのはセステウスだ。
倒れた男の前で仁王立ちになっている。
「なんだてめぇ! 何やったか分かってんだろうな……ぶっ、べっ!?」
立ち上がった男の頬を平手で何度も打ってセステウスは怒りを見せる。
「魔物がはびこってんのにビビって家にこもって何が兵士だ! 叩き出してやる!」
「名主とやらを呼んで来い。貴様らの代わりに魔物を片付けた私たちが待っていると伝えよ」
「へば、ば、ばんだど? ぐぞっ、ごうがいずぶなよ」
セステウスとデミトールから凄まれた男は這々の体で去って行った。
「あ、ありがと」
礼を言うシュードラの顔はやはり優れない。
他の村人も不安そうな顔をしている。
「ソージ先生が同じことやってたらみんな安心するのに」
ライオホークはセステウスに白い目を向けた。
「そんなこたねえだろ!?」
「いやあるある」
「アッシュぅ!?」
緊張感が無いのはセステウスたち若い者三人だけ、デミトールと聡慈は荒事の予感にそれなりに心の準備を整えている。
「こっちっす! あそこに無法者たちが!!」
「あぁん? 俺様の村をウロチョロしてる奴らってのはテメェらか!?」
やがてやって来たのは野卑な顔をした巨漢だった。
兵士姿の者を十数人も引き連れており、野党の首領だと言われた方が余程しっくりくる。
「あなたが名主か?」
「そうとも。俺がここの法そのもので、守護者よ」
案外に丁寧な問われ方をされ、名主は悪い気はしなかった。
だが
「村を魔物に襲われたままにしてあまつさえ村人に手を上げ何が名主か! この愚か者が!!」
「何だとぉ……おい! 者どもかかれ! やっちまえ!!」
デミトールの一喝に顔を怒りに歪め、引き連れて来た者たちに剣を抜かせた。
五人と名主一味との戦いが始まった。




