70 探索の旅(王国編-36)
集落に漂うのは腐臭。
聡慈たちは顔を顰めて駆けて行く。
「助けてくれえっ!」
先程の悲鳴の主だろうか。
仰向けに転がった中年の男が、覆いかぶさり牙や爪を突き立てようとする犬らしき獣に、手にした鍬を盾に必死に抵抗している。
「大丈夫か、今助けるぞ!」
デミトールは瞬く間に間合いを詰め、槍を振り上げ獣を払い飛ばした。
(む! これは!?)
手に伝わってくるはずの骨を砕く感触が無い。
水袋を打ったような手応えに疑念を抱き、デミトールは槍を獣に向けたままにしている。
水辺から這い上がるように獣がズルリと起き上がった。
アスクレスたちはあの一撃を受けていながら平然と向かって来る獣にただならぬ不気味さを感じている。
そして先程からのこの臭い――
(腐臭の元はコイツか……まるで死腐人のようだが、奴らよりもずっと生々しい)
聡慈は一度倒した経験のある魔物のことを思い浮かべている。
爛れた皮膚のような外見をした人型の魔物だ。
ただあれは、核となる物に魔力が凝集して人の形を取り損なった魔物であるのに対して、目の前の獣は腐った死骸がそのまま動いているかのように見える。
(あの生々しさは魔物には無い……だが魔物にある魔力の靄が見られるとは? あとは魔石の有無はどうなのだろうか)
魔物なのか生物なのか。
倒して魔石が残れば魔物ということだろうか。
聡慈は考え、火の魔法を獣に撃った。
「ヒャウウゥゥンン!!」
デミトールの打撃を受け平然と立ち上がった獣が、火に包まれると甲高い鳴き声を上げ転げ回る。
やはり生物なのだろうかと考えながら聡慈は火の魔法を再び撃ち込み、更に風の魔法で魔物を激しい炎で包んだ。
中々消えない状態を見て、やはり魔物ではないのだろうか、と思っていたところ、獣は突然蒸発するように消え去った。
燃え跡には僅かばかりの骨や歯と思われる物と、黒く光る魔石が残されていた。
(魔物だったのか。一体この集落で何が起こったのだ)
「大丈夫ですか。ケガは?」
考察もそこそこに聡慈たちは襲われていた男に手を差し伸べる。
「あ、ありがとう。で、でもやばいかもしれない」
「どういうことかね?」
助かったはずの男は怯え慌てて辺りを見回している。
聡慈が尋ねると男は魔物の燃え跡を指して言う。
「あ、あの犬コロの死骸は元々その辺に転がってたんだ。いい加減片付けないとと思ってたらいきなり動き出して……あんな死骸がまだいくつか村にあって、同じように動き出していたらどうなっちまうんだ……」
「ソーさん!」
「分かった。デミさん手分けして見て回ろう」
男の漏らした言葉から、この集落は未だに危険な状態かもしれないと思われた。
デミトールと聡慈は顔を見合わせ頷き合うと、急ぎ見て回ることを決めた。
デミトール、アスクレスで組み、聡慈、セステウス、ライオホークで組んだ二組で手分けして集落を走査する。
「くっそ! ブン殴るにゃあ抵抗があんだよ!」
セステウスは跳びかかって来る腐猫の魔物を殴って、腐った肉の感触に悪態を突いた。
「ソージ先生、コイツら頑丈です!」
木刀で殴っても全く勢いを緩めない魔物にライオホークは戸惑っている。
彼はこんな時にも聡慈の言いつけを守って真剣を使っていない。
「落ち着いてよく観察するんだ」
聡慈は腐犬の魔物の牙を躱しざまその脚を斬りつけた。
「コイツらは魔物のようにタフで、獣の俊敏さを持ち合わせている。だがその外見なりの動きしか見せていないぞ」
「……! 分かりました!」
ライオホークは何かに気付いて、気合いを込めた一閃を魔物の脚に放った。
やはり骨は無いのか彼の手に重く沈み込むような手応えが返ってきたが、魔物の脚はグニャリと曲がった。
魔物は何の痛痒も感じた様子無く平然としているが、歩こうとして片脚が地面に着くタイミングが合わずよろめいている。
(コイツら自分の体に何が起こってるか分かってないんだ! じゃあ手足を潰せば無力化できる!)
魔物の脚がグニャグニャと元に戻ろうとする。
その暇を与えずライオホークは次々と魔物の手足を打ちまくった。
魔物はそれでも進もうとして手足を動かすので顔を地面に突っ込んだり、後ろ脚で立ち上がりかけ転んだりしている。
間抜けだがどことなく哀れさを感じさせる動きだ。
それでもライオホークは容赦なく打った。
魔物に真正面から対峙できている自分。
かつて死腐人との遭遇で慌てふためき無様を晒した時、助けてくれた聡慈に少し追いつけた気がし興奮していた。
(……)
聡慈はライオホークの腕を掴んだ。
「暴力に呑まれてはいかんぞ。とどめを刺してやろう」
「……っ! はい……」
ライオホークは力でねじ伏せることを楽しみつつあったことを見透かされ、その未熟さを恥じた。
そして聡慈から教わったことを思い出し魔法陣を慎重に構築し、火の魔法を発生させた。
魔法の威力は聡慈よりも弱く魔物を燃やすには足りなかったが、聡慈のフォローを受け魔物を葬った。
「さあ、セスの方の魔物も葬ってやろう。他の場所が無事か、デミさんたちの方も首尾良くやっているかも見に行かねばな」
「はい」
セステウスが行動不能にした魔物も葬り、三人はまた駆けて集落内の様子を確認に行った。
その頃デミトールとアスクレスは順調に魔物を片付けていた。
「よし、次頼むぞアッシュ!」
「了解です!」
デミトールが一撃で魔物の移動力を奪うと、アスクレスは回復魔法を魔物にかけた。
それだけで魔物の体は徐々に崩れ塵になった。
「変わった方法で倒せるんだな」
「ソージ先生、そちらは大丈夫でしたか?」
「無事だ。それにとりあえずこの集落から嫌な気配は消えたよ」
聡慈たちがデミトールたちと合流したのは、ちょうどアスクレスが回復魔法で魔物を塵とし終えた時だった。
聡慈の目には最初から魔物の体を動かす黒い渦に、シミのように白いものが極僅かに交じっているのが見えていた。
それが何なのかは分かっていなかったのだが、アスクレスが魔物を塵にした術を見て推測する。
(なるほど、白いシミが広がっていき体が崩れた。黒い魔力がどうしてか魔物の体を維持していたのだな。やはり普通の魔物とは違うらしい)
「ソーさん無事だったか! こっちも終わったよ」
アスクレスが魔物にとどめを刺している間にデミトールが周囲の確認を終えたようだ。
槍を肩に担いで人心地ついた顔を見せた。
「建物の中に入られてないといいんすけど、大丈夫っすかね?」
五人揃って無事を確認し合うと、次にセステウスは心配して辺りを見回した。
陽はすっかり地平線に沈みきって空は薄明を呈している。
それでもどの家にも明かりが灯る様子が無いのは警戒か、それとも何戸か襲われたのか――
しかしそんな心配は不要だった。
「あの、あなた方があの死霊を退治してくださったのですよね……?」
老人が近づき恐る恐る声をかけてきた。
「あ、間違いないよ長老。俺を助けてくれた人たちだ」
傍らの男が老人に言った。
先程魔物に襲われているところを助けてやった人物だ。
「分かった、下がっておれ。――どうも、ありがとうございました。私はこの村を預かる者です。お陰様で村人には犠牲も出ずに済みました」
村長と称する老人は深々と頭を下げて礼を述べた。
「一体何がここであったのですか?」聡
慈が代表して尋ねる。
「ええ、ご説明いたします。ところでそれよりももう暗くなりました。あなた方は旅をされていらっしゃるのですよね? どうぞうちに泊まって行ってくだされ」
聡慈たちは思いがけず、久しぶりに家屋に泊まる機会を得ることとなった。




