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巡り求めて  作者: みおま ウス
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7 地獄編-6

 その夜は騒がしかった。

 鬼たちが酒盛りをしているらしい。

 聡慈は音に敏感な馬たちを宥めるのに苦労しながら、この騒ぎの理由を考え深刻な顔をした。


(明日、何処かに戦いをしかけるのだ……)


 石の塊や棒を集め、一箇所に集めているのを聡慈は見た。

 鬼たちが明言することは無かったが、少しだけ分かるようになった奴らの言葉からは、「寒くなる」「戦」「奪う」と言うようなことを聞くことができた。


(やはりここにも寒冷期があるのか。その時期は食糧に難が生ずるのだろう。そしてそれに備える物は他から奪って来る、と)


 今のどんちゃん騒ぎは出陣前に自分たちを鼓舞しているのだろう。

 そう聡慈は考える。




 そして翌日、やはり聡慈の考えは当たっていると分かった。


 武装した大人の鬼たちがゾロゾロと出てきて馬たちを連れ集落から出て行ったのだ。

 武装と言っても石を削ったような武器と、毛皮の外套だけの原始的な装備で、特に輜重隊のようなものがあるわけでもない。

 弓矢も無さそうなので殴り合いの接近戦になるのだろうか。

 それとも以前見たような不気味な力がどのようにか使われるのだろうか。


 いずれにせよ聡慈には、連れて行かれた馬たちがドサクサに紛れて逃げ出せれば良いが、と心配するのが精一杯だ。


 しかし聡慈も出陣の心配は他人事では無かった。




 小鬼たちが納屋に来た。

 例の小鬼たちのリーダー格を先頭に高揚した様子だが声を抑え話をしている。


(此奴ら……こっそりと大人たちの後をつけて行こうと言うのか)


 小鬼たちは大人の世界を垣間見ようとしているらしい。

 聡慈は小鬼たちのヒソヒソ話に聞き耳を立て眉を顰めた。


 そんな聡慈を気にも留めず小鬼たちはリンに近づいた。

 連れ出そうということらしい。

 そして一瞥した聡慈に醜悪に笑いかけ、轡を取れと指し示した。


 聡慈に選択権は無い。

 リン共々ついて行くしかなかった。

 とは言えこれはチャンスでもある。

 この鬼の集落から逃げ出すための。

 馬たちは気になるが、どのみち完璧な逃走をするには何もかもが足りてない。

 また今回逃げられるとも限らない。


(その時はせいぜい周辺の環境を頭に叩き込んで次の機会を窺うさ)


 思って聡慈は頭を掻きたくなった。

 自分はこんなにふてぶてしかったかな。

 この歳になって性格が変わるものなのか。

 はたまたそれ程異常な環境だったのか。

 小鬼のリーダーが跨るリンと並走しながら、聡慈は肩を竦めた。






 いつも薬草となる植物を採取する集落裏手の山々。

 その山間を小鬼と聡慈たちは駆けて行く。

 疲れを知らないように足を止めることは殆どない。


 聡慈は息を切らせついて行く。

 リンも樽のような体格の小鬼を乗せ苦しそうにしている。



 山間を抜けると奥には木のほとんど生えてない岩山が聳えていた。

 遠目に岩山を登る大人の鬼たちが見える。

 小鬼のリーダーはリンから降り、皆を率いゴツゴツした大小の岩が転がっている山を慎重に上がって行く。


 先には大人の鬼たちが足を止めていた。

 小鬼たちは息を潜め岩陰に隠れ様子を窺う。

 その目は興奮で血走り鼻息は荒かった。






 今まさに大人の鬼たちは敵と対峙している。


 相手は鳥の翼と腕が一体化した人面の異形だ。

 膨らんだ下半身に足先は鋭い鉤爪になっている。


(今度は鳥人間か……まいったなあ本当に)


 聡慈は頭を抱えたくなった。

 あの鬼だけの土地とは思わなかったが、同じような性質の者が数多くいるのだろうか。

 それとも暴虐の鬼に対峙する良性な種族、のような存在がいるのか。

 いてほしいものだが……

 鬼のような種族ばかりなら逃げた先でも非常な困難に直面しそうだ。


 やれやれと溜息を吐き、聡慈は鬼と鳥人間のやり取りに注目し耳を傾けた。


『オルグラ』

『ハーピピュイア』


 鳥人間と鬼は互いに罵り合っている。

 鳥人間は鬼を「オルグラ」、鬼は鳥人間を「ハーピピュイア」と。

 少し無理があるが聡慈が発音するならそんな感じになりそうだ。

 罵る中にも鳥人間は鬼を憎悪し、鬼は鳥人間を軽侮しているのが分かる。


(ははぁ、以前鬼どもが持ち帰った毛皮や宝石は鳥人間の物だったか。ならば力関係は鬼が優勢、鳥人間は憎みながらも抗いきれてない、と言ったところか)


 言葉が分かり始めてきて、初めてこれほどの言葉の応酬を聞く。

 聡慈は鬼と鳥人間の話に興味を示し、自然と体勢が前のめりになった。



(うわっ!)


 その時激しい衝突音がし、聡慈は思わず仰け反った。

 鳥人間の陣地に人の頭程ある大きな石が激突した音だ。


 戦闘の開始である。




 足元に無数に転がっている石を掴んでは投げつけ、鳥人間の陣地に近づこうとする鬼たち。

 砲丸のような石が飛び着弾しては砕け散る。


 鳥人間は地の利を活かし一抱えもある大石を転げ落としたり、二人三人で持ち上げては飛び上がり鬼の頭上へと落としたりしている。


(どちらも何という馬鹿力だ。――頑丈さもだ。普通の人間ならあの破片が当たっただけで大怪我ものだぞ)


 聡慈は素早い匍匐でリンに身を寄せ、彼女をそっと岩陰に伏せさせてやった。

 塹壕や蛸壷壕に潜むみたいだ。

 戦争を思い出すので気分はすこぶる悪い。

 それでも今は目を逸らさずこの争いを観察せねばならなかった。


(鬼たち程ではないがあの鳥人間も相当な力があるぞ。二、三人がかりとは言え二百キロを優に超えるだろうに、あんな大きな塊を持って飛び上がるなど……ただ大きな翼の割りに飛行能力は大して無さそうだ)


 鳥のように自在な飛行はできないのだろう。

 数秒の滞空と自然落下しながらの滑空が鳥人間の能力と見える。

 自在に飛べるならば、鳥人間が鬼に財を奪われたまま黙っているわけもない。

 鬼の拠点に攻め込めないのは、高所を活かした戦いでなければ鳥人間は鬼に太刀打ちできないからだった。


 この戦いは鳥人間が距離を保ったまま鬼を撃退するか、はたまた鬼が接近戦に持ち込み鳥人間を蹂躙するか。

 つまり自分の土俵で戦った方が勝つと聡慈は予想した。






 牽制のし合いに終わりを告げる鬼の強行、数人が落石を避け鳥の陣地に突進した。


(む、鬼が崩すか……?)


 果たして、聡慈の見立ては見事に的を外す。


 鳥人間に触れる直前、鬼は車にでもぶつかったように体を曲げ吹っ飛び、山を転げ落ちた。


 聡慈は見た。

 鬼が吹き飛ぶ直前、またあの黒く渦巻く粒子が鳥人間の体から出ているのを。


(またあの! 今度はあれで何をした!?)


 記憶に新しい忌々しい力、それを鳥人間も使った。

 今見た限りでは、触れると苦しむ、そう限定された力ではないということだ。

 力の正体を見定めようと聡慈は目を凝らした。



 鬼の方も黒い渦をその身に集め始めた。

 転がり来る巨石を殴りつける。

 殴る直前、鬼の拳に黒い渦が収束し、濁流のような土色の螺旋が放出された。

 巨石は抉れ強引に進路を変えられた。



 鳥人間は迫る鬼に手を向けた。

 羽先に黒い渦が収束し、後一歩に迫った鬼との間に風船のような緑色の膨らみを作る。


 鬼が踏みこんだ瞬間それは弾け、緑色の暴風となり鬼の巨体を吹き飛ばし、強か地面に打ちつけた。



(あの黒い渦が直接作用するのかと思ったが、あれが様々な力に変化するのか? さてあれはこの地の一般的な力なのやら……)


 距離さえ詰めてしまえば圧倒的に鬼有利かと思いきや、鳥人間にも負けず劣らずの能力があるらしい。


 鳥人間の足場ごと破壊する怪力と、岩をも抉る土色の鬼の能力。

 翼と鋭い鉤爪で頭上からの攻撃を可能とし、鬼の巨体すら吹き飛ばす緑色の鳥人間の能力。

 互角の戦いを繰り広げる鬼と鳥人間。

 小鬼たちは親たちがやられているはずなのに、一進一退の攻防に夢中になっている。


 聡慈は冷ややかな目で小鬼の様子を見ていた。

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