69 探索の旅(王国編-35)
(やっぱり、さすがソージ先生だ!)
アスクレスとセステウスとの三人で領主館を出たライオホークは、三日目には聡慈を発見できた。
その聡慈はデミトールと共に歩いている。
ライオホークは期待を裏切らぬ聡慈の行いに嬉しくなり、彼の元へ駆けて行った。
「リオ! どうしたんだ? アッシュ、セスも」
聡慈は驚きながらも、喜びを体中に溢れさせ飛びかかってきたライオホークを抱きとめた。
デミトールは三人の姿を見て若干気まずそうな顔をしている。
「ソージ先生、ごめんなさい。俺、やっぱり先生と一緒に旅したいです。もし俺が足手まといで先生の迷惑になるならすぐに消えます。でもそうじゃないのであれば……俺にもっとたくさんのことを教えてほしいんです」
懸命に言い募るライオホークの頭に、大きな手が優しく置かれた。
「迷惑なものか。心細い一人旅を支えてくれたのはお前の明るさと直向きさだったんだからな。――またよろしくな」
「はい!」
せっかくのチャンスだったのにもったいない、と言う本音は飲み込んだ。
感情に流されがちな子どもの心理を理解して、よく話し合わなかった自分が悪いのだから。
それにライオホークが心細さを埋めてくれたのも事実である。
善良で賢く努力家の彼の成長は聡慈としても毎日が楽しみだったのだ。
(まだ勉強中の魔言語は中々教えられる人がいないだろうし、中途半端にならずに良かったかもしれない)
自分の勉強にもなる、悪いことは何も無い。
聡慈はライオホークの頭を撫でながら、彼に感謝することにした。
ライオホークは嬉しそうに目を細め、されるがままになっていた。
「さて、と。思ったより早くソージ先生と合流できたのは良かった良かった、で・す・け・ど〜」
「うっ」
アスクレスの冷たい眼差しを受けデミトールがたじろぐ。
「デミトール様は何をしていらしたんですかね〜。ソージ先生と二人で楽しそうにぶらり旅ですかね〜」
「そ、それは違うぞ! 私は皆に迷惑をかけまいと思ってだな、敵の居場所を感覚的に分かるのは私だけだし、だが乗馬はできんし、皆色々忙しいのだから徒歩で征伐の旅をするような連れはだな……」
「デミさんは馬に乗れないだけじゃなくてだなぁ、町を歩けば犬猫が飛び上がって逃げたり毛を逆立てて威嚇してきたり、宿に入ろうとしても馬小屋の馬が暴れ出したりと色々大変だったそうだよ」
アスクレスの嫌味にうろたえるデミトールを見かねて、聡慈が口を挟んだ。
「一人での野営も大変だったようでな。私が見つけた時には可哀想に途方に暮れた様子で佇んでいたよ」
「ソーさん!」
もう少し言い方があるんじゃないか、デミトールは非難がましい目を聡慈に向けるが事実なので沈黙せざるを得ない。
「はぁ、デミ様もしょうがねえなあ。仲間のこと信頼しねえからバチが当たったんすよ」
「デミトール様、だからねセス」
セステウスは領主館でリハビリに付き合う内にすっかりデミトールに気安くなった。
毎回のようにアスクレスに注意されるが、デミトール自身が許しているため改まる気配は無い。
「ソージ先生、デミトール様について行くんですよね? 僕たちもご一緒させてください」
「断ってもついて行くけどよ。こんだけ領土を荒らしてくれた奴をぶん殴ってやらねえと。デミ様だけにそんなことやらせられねえからな!」
「お前たち……」
「デミトール様、アッシュ兄もセス兄もこんなこと言ってますけど、旅が楽しいだけですからね。きっとデミトール様もやめられなくなりますよ」
「こらリオ、いい雰囲気が台無しになるようなこと言うんじゃないの!」
「ははは、なあデミさん、いい仲間だろう? まあ宿に泊まれなくとも何とかなるもんさ。さあ、その敵の居場所を確認するだけしに行こうじゃないか」
デミトールは両手を上げて苦笑した。
「まいった、勘弁してくれ。告白すると色々と甘くみていたんだ。昔、野営訓練した時は上手くいったからその時の記憶のまま、今回もいけると思ってたんだが……ソーさんの言った通り、一人での野営がこんなに大変だったって思い知ったよ」
降参だ、と言うデミトールを四人が囲んで笑う。
デミトールは苦笑を浮かべていたが、どうしようもなく安堵する内心に気づいて顔を赤くしていた。
たとえ宿に泊まれなくても、町や村には極力寄りたいとデミトールは言った。
直接治安や生活状況が戻ったかを確認したいそうだ。
聡慈たちは、物品の買い入れなど便利になることはあっても特に不都合なことも無さそうなのでその意見に賛成した。
ただ、このルガール領は広過ぎる。
人里から人里まで歩いて四、五日以上かかることなどザラである。
そんな旅の日々にはやはり修行をする余地が十分にあった。
「さて、デミトール様。旅の間僕やソージ先生が倒れたり、逸れたりした時のために治療術を身につけてもらわなければいけませんからね」
「分かってる。衛士養成の時にそういう授業もあったからな。応急手当ぐらいできるだろ」
アスクレスの救急法講義に自信を持ってデミトールは頷いた。
「ホントかな〜」
デミトールの自信は怪しいものだ、そう思ったライオホークの疑いに根拠はある。
「手足を捻挫した、捻って腰を痛めた」
「痛みに耐えて体を動かし回復を早める!」
(ギャハハハ)
「骨にヒビが入った時は?」
「骨を強くするために一旦折る!」
(ちょっと、冗談だろ?)
「……剣で斬られ深く傷ついた時は?」
「土や馬糞を詰めて止血する!」
(……)
「だあぁぁぁっ、めえぇぇぇっ! 何考えてんですか!? どこの教えですそれ! 迷信にしても酷過ぎやしません!?」
アスクレスとデミトールの問答を側で聞いていた者たちも最初は笑っていた。
しかしデミトールが本気で回答をしていると分かると次第に顔を青ざめさせていった。
そしてアスクレスは、見事に期待を裏切られて額に青筋を浮かべキレた。
「な、何をそんなに怒ってるんだ? これは当時の教官や先輩たちが語っていた伝統ある方法でだな……」
「ダメですうぅぅっ! はい、デミトール様は零点! 今までの知識は全廃棄でお願いしますぅ!」
天に向かって火を吐く龍の如く上を向きダメ出しをするアスクレスの剣幕に、デミトールは何も言えずに従うしかなかった。
医術では良いとこなしのデミトールであったが、武術修行では一転誰よりも輝いていた。
「アッシュぅ、まだバテるのは早いんじゃあないのかね?」
「う、うう……」
「これはアッシュ君だけ特別訓練が必要かなぁ」
「そ、それはご勘弁を」
意趣返しと言わんばかりに嫌らしい笑みでアスクレスをシゴいている。
お互いこうして仕返しを連鎖していくものだから、次の修行はより厳しくなっていくのだが――
(まあ見ようによっては向上心が旺盛、と言っていいんだろうなぁ)
微笑ましいのか悩ましいのか、堅苦しくなくて良いのかな、と聡慈は思って二人の言い合いを止めずにいる。
ライオホークとセステウスも自分たちにとばっちりが来ないように苦笑して見守っていた。
その日は完全に陽が落ちる前に人里が見えてきた。
家畜の近くには行けないと言えど、家々の近くと言うのはそれだけで安心感があるものだ。
今日は無視と獣の気配しかしない野原で寝なくとも良いかもしれない。
期待交じりに五人は人里へと向かう。
広い畑の間を抜けてどこまで民家に近づこうか。
空が薄赤色から藍色へと変わっていく中、聡慈は足を止めた。
「武器の用意をしておこう」
聡慈の言葉に他の四人は緩みつつあった気を引き締めた。
彼の予感の的中率を痛感済みだからである。
「う、うわあぁぁぁっ!!!」
身構えて間もなく男の悲鳴が聞こえてきた。
聡慈たちは顔を見合わせ声の方へと駆けて行った。




