68 探索の旅(王国編-34)
結論から記すと、敵は発見できず、エウリアはラグナに戻っていなかった。
征伐隊は目的の山へ向かう間、体の腐った獣などを大量に見かけるなど明らかな異常を感じており、また山に入った時も魔力の感知に優れた兵士は不気味な魔力を知覚したが、何も見つかりはしなかったのだ。
デミトールは征伐隊長からの報告を受け、捜索した山の地図を見ながら低く唸る。
(ううむ、彼らが異常を感じながらも敵の痕跡すら発見できんとは一体? ――未だ、この体に伝わってくるのはあの忌まわしき者の行方に間違いないはずなのに)
征伐隊が手を抜いたり虚偽の報告をすることなど無いと確信しているデミトールは、改めて敵の不気味さを感じた。
(一応何事も無く政治を行えてはいるか)
彼はここ最近の慌ただしくも楽しかった日々を思い出す。
(これ以上兵士を振り回すわけにはいかんな。すまぬトライゼ、ロクセーヌ、ルスカよ。ゼフェル、また貴様にも迷惑をかけてしまうかな)
そして彼は愛用の槍を一撫ですると、机に向かい筆を取った。
聡慈に来た便りはラグナの知人たちが認めてくれていたものだった。
ナムフェイ、フィネ、シャジエたち海臨亭の親子、それに薬屋ナンブットゥ、オクアル夫妻に、その娘ウクイエッタも覚えたてらしい拙い字で書いてくれている。
(エウリア、ドラさん……)
エウリアは帰っておらず、聡慈とエウリアがいなくなってすぐミルドラモンも宿を出て行って、それきり戻って来ないのだと。
今回初めて、聡慈とエウリアの身に降りかかった災いのことを知ったのだと。
文面からは聡慈たちの身を案ずる気持ちがひしひしと伝わってくる。
(ナンブットゥさんたちには大変な迷惑をかけてしまったな。シャジエもエウリアを妹のように可愛がってくれていたんだ。それは心配だったろう)
薬屋は顧客の気遣いもあり、聡慈がいなくなって暫くの間の混乱も何とか乗り切れたそうだ。
海臨亭は宿泊業務からすっかり手を引き、食堂のみでやっていけてるそうだ。
皆が今上手くやれているのは聡慈の、聡慈たちのお陰だと書いている。
無事に帰って来るのを待っていると。
(ありがとう、みんな)
聡慈は胸が温かくなるのを感じた。
だがミルドラモンもいないことが分かった今、ラグナに戻るわけにはいかなくなった。
(もう一度手紙を届けてもらおう。そして次は、エウリアを連れて戻るか、見つけたと手紙を送るか、だな)
聡慈はエウリアを見つけるための旅に出ることを決意した。
ここで待っていても何の情報も届いてこない。
広大の大陸だ、それも仕方ないだろう。
エウリア特有の事情もあり、他人との関わりを持ち難いため情報が入ってないのかもしれない。
(明日にでも、デミさんにリオのことを頼んでみるか)
次の目的地を王都に定め、聡慈は別れの寂しさを紛らわすように眠りに就いた。
翌日、領主館は騒然としていた。
デミトールが書き置きを残し、いなくなっていたのである。
その内容は遺言書とも思えるものだった。
領地の経営、資産の運用に関して長男のトライゼを領主として手続きを進めること。
返すべき首飾りを持ち去ったことに対する聡慈への謝罪と、代償としての金銭の支払いのこと。
デミトールは半腐貌を探し討つために一人で旅立ったのだ。
「我々が半腐貌を発見できていれば!」
「隊長! しかし山の横穴や崖下まで探したのですよ! それでも見つからないとなるともう探しようがないではありませんか!」
征伐隊に参加していた兵士たちは自分を責めたり、やるだけはやったのだと主張したりしている。
「トライゼ様、いかがなさいますか?」
「今の領内の状況では父上の捜索にまで大規模な人の動員はできない。しかし父上も旅をするとなれば町や村の長の家や宿には寄るだろう。各町や村に父上が立ち寄ったならば連絡するように、また宿の宿泊者をこまめに調査するよう駐在兵に指示を出しておいてくれ」
「承知いたしました」
執事と警備隊長はトライゼの指示を受け直ちに動き出した。
「ソージ殿、父上があなたの大切な首飾りを持って行ったことはまことに申し訳ない。だが少し前までの操られていた父上は哀れで……息子の立場としてはどうしても譲っていただきたいと思うのだ。金銭に代えがたい物であることは重々承知の上でお頼み申し上げる。どうかあの首飾りを当家に売ったことにしていただけないだろうか」
トライゼが頭を下げるのを聡慈はやめさせた。
「エウリアを見つけていない現時点、あの首飾りを最も必要としているのはデミさんだ。それを返せなどとは言えないさ。幸いエウリアの力は私には効果が無い。私自身であの子を迎えに行けば何とでもなるものだ。あれは貸しておくよ。それよりも」
彼はライオホークを見て微笑み、トライゼに再び向き合う。
「私は旅に出ようと思うのだが……この子を、リオをこの領内で安住させて頂けないだろうか」
聡慈の言葉にトライゼは一瞬何か考え、すぐに微笑み返した。
ライオホークは目を見開き、何か言おうと口を開けたが、息を吸うことも吐くこともできずに苦しそうにしている。
そんなライオホークに気づかずに聡慈は続ける。
「この子は不遇な境遇に置かれていたが道を外さず生きてきた。勉強を始めたのが最近のことであるためもしかしたら同世代の者と比べて勉学に劣るところがあるかもしれない。だがこの子には優れた記憶力、身体能力があると私は感じた。もしこの子をしっかり育ててくれるならば、その性質や才能はどこででも存分に発揮できる器があるだろう。できるならこの子に、ライオホークに教育と労働の機会を与え、この領内で生きていけるよう取り計らっていただきたいのだ」
深々と頭を下げる聡慈に微笑みを向けているのはトライゼだけではない。
執事や兵士、女中ですらも、ほとんどの者が聡慈の申し出を受け入れ、またライオホークの高い評価に納得している様子だった。
「皆も私と意見を同じくしているようだな。リオのことは心配なさるな。そうだ、仲の良いルスカ付けの護衛兼秘書として育てても良いかもしれないな。――ところで出発はいつ頃に?」
「今日にでも。このような混乱時に勝手を言ってすまない。デミさんを捕まえたら説教をさせてもらうよ」
「いや、混乱に巻き込んでしまい解決さえしていただいたのだ。これ以上望むべくもない。父上のことは気になさるな……説教を受けて項垂れ帰る父上は見てみたいがね」
二人は笑顔で握手を交わした。
聡慈が発つのは本当にその日の内だった。
何も受け取ろうとしない聡慈だが、是非何かと何度も懇願され、それならば、と兵士と同じ剣を一振りだけ貰った。
見送りを拒み一人一人に挨拶をし聡慈は館を後にした。
聡慈のいなくなった館で、ライオホークは一人涙を堪えていた。
師が心から自分のことを思って旅に連れて行かなかったと分かるから、師の行うことは正しいと思う彼は、その後を追うことはできなかった。
そんな彼の肩を皺だらけの手が叩いた。
「賢者も珍しく判断を誤ったかのぅ」
「ディノス爺……?」
「リオ、もじもじすんなよ! らしくねえぞ」
「そのとおり! 若者らしく勢いよく行かれよ!」
「ゲティさん、カルダンさん」
「リオ兄、行ってきなよ!」
「ルスカ……でもソージ先生が決めたことに……」
「もう、世話が焼けるなぁ。ねえアスクレス、セステウス」
「え?」
「行くよリオ。ソージ先生はきっとデミトール様の行きそうな所を探してくれてるはずさ」
「リオ、お前案外ジイさんのこと分かってねえんだなぁ。まあ俺らは行くぜ。来たくなきゃ残っていいんだぜ?」
「アッシュ兄、セス兄――みんな、ありがとう」
ライオホークは涙を拭って――セステウスの腹に一撃、拳をお見舞いした。
「ジイさんじゃないって言ってるだろ! さ、アッシュ兄行こう!」
「ぐっ、リオてめっ……ふぅ、まあいいか」
セステウスは殴られた腹を押さえつつも、元の調子を戻したライオホークを見てニヤリと笑った。
ライオホークは聡慈を追う決意をした。
デミトールを探しに行くアスクレス、セステウスと共に旅の準備を整え、聡慈が使っていた剣を携えて。




