66 探索の旅(王国編-32)
デミトールが正気を取り戻した。
その朗報を受け、残りの作戦も速やかに遂行された。
デミトールの子女トライゼとロクセーヌの解放、及びデミトールの乱心以降に雇われた館内の警備兵の捕縛である。
館内の劣悪兵士の捕縛は、軽傷者を出したものの速やかに完遂された。
食堂に集めた劣悪兵士たちは泥酔状態で、しかも何人かは用便等で単独になった時に捕縛されており、中途半端に酩酊した者が激しく抵抗したのみだった。
捕縛に必要な証拠も既に古くからの警備兵や執事が集めており、今後速やかな投獄もしくは追放等の処分に移行する予定だ。
トライゼとロクセーヌの解放はデミトール自らが彼らと面会して謝罪することで達成された。
「父上!」
「お父様!」
デミトールは体調が優れないのか執事に肩を借りてトライゼたちの元へ訪れた。
トライゼもロクセーヌも父の目が正常な光を湛えていることで、彼が以前の父に戻ったことを悟った。
「お前たち、すまなかった。苦労しただろう」
涙を浮かべ頭を下げるデミトールにロクセーヌは抱きつき、トライゼは胸に手を当て礼を返した。
「いいえ、いいえ! まさかこんな日が来るなどとは思わず、私たちはお父様の討伐を――はっ、王都へは伝達されてしまったのでしょうか!?」
ロクセーヌが潤んだ目でデミトールを見上げた。
「心配無用だロクセーヌ嬢」
「ゼフェルおじさま!」
回復したゼフェルが扉から顔を覗かせる。
「王都へは未だに連絡をしてはおらん。だが、デミトールよ……」
「分かっている。私からも話さねばならんことがある。皆、休む間も無いが私の部屋に集まってくれ」
(今日ぐらいは親子水入らずで過ごさせてやりたいが)
ゼフェルは口にしかけた言葉を呑み込み黙って身を引いた。
「私の身に起きたことを話さねばならん。まだ問題は解決しておらんのだ」
自室に館の主要な人物が集まった。
デミトールは体力が保たずベッドに横たわったままで切り出した。
「どういうことだデミトール。貴様は自身の変容の原因を説明できると言うのか?」
「そうだゼフェルよ。そしてその原因を作り出した存在を始末するまで、私自身の処罰を執行するのは待ってくれないか」
「父上、処罰とは!? ゼフェル殿!」
トライゼがデミトールとゼフェルを交互に見る。
「待てゼフェル」
ゼフェルが説明をしようとするとデミトールが止めた。
「トライゼよ。どのみち私はこの混乱の責任を取らねばならん。少々早いがお前が領主としてこのルガール領の舵取りをするのだ」
「そんな!」
「待てトライゼ。デミトール、その原因を作り出した存在というのを教えろ」
「そうだな」
デミトールは上体を起こして語り始めた。
「あれは今から一年三か月ほど前、私が趣味の狩りをしていた時のことだ」
デミトールは三人の家臣を連れ山へ猪狩りに出た。
猪ごときに襲われたとしてもデミトールにとっては危険など無い。
そのことを知っていた家臣たちは、周辺に無法者がいないかのみを警戒し、デミトールには一人で狩りを楽しんでもらっていた。
家臣もそれなりに腕の立つ者たちで、彼らの隙間を縫ってデミトールに接近するのは不可能だと思えた。
しかしデミトールは遭遇した。
彼を狂わすこととなる、顔の半分が腐った男に。
男が何を言ったかは記憶に無い。
デミトールが槍を構える間も無く、彼が抗えない程強力な魔法により力を奪われ、代わりのように奇妙な力を注がれた。
男はそれだけで去って行ったが、デミトールはそれ以後自分の意思で行動することができなくなった。
ルガール領の荒廃の始まりである。
「地獄のようだった。私の命令で民を苦しめ、諫めてくれた家臣たちを投獄し、子どもたちを閉じ込め領が荒れるのを見せられる日々は」
「ご主人様にはその間の意識がお有りだったと?」
「ああ、そうだとも。自害したくともできぬ。私はあらかじめ決められた行動しか許されていなかった」
「何と恐ろしい……そのようなことが」
「可哀想なお父様……」
親子と家臣が涙する中、ゼフェルは険しい顔をしていた。
「貴様に抵抗を許さず、その後今まで支配した……しかも半腐貌とは、まさか伝説の六廻将だとでも言うのか……」
「分からん。かの英雄を模しただけの者かもしれん」
(六廻将? 確か過去強大な魔物を打ち倒したと言う英雄だったな。何百年も前の史実だったはずだが?)
聡慈はミルドラモンがエウリアに聞かせてやった昔話を思い出した。
――今よりも魔物が強く、頻繁に出現していた時代に現れた六人の英雄。王と呼ばれた魔物を次々と滅し、人の生活を安寧に導いた――
それが六廻将、現在魔物が稀にしか現れないのは彼らの功績だと言う。
「で、貴様をそんな状態に陥れた恐るべき者を始末すると。一体どうやって? それからも会っていたと言うのか?」
「いいや、一度だけだ会ったのは。だが私と彼の者はまだ繋がっている。そして私には分かる。彼の者の居場所が。その力は私を縛っていたことでかなり落ちていることも」
デミトールはこの呪いのような魔法が、未完成なのか致命的な欠陥を抱えていることを知っている。
この魔法は対象にかかっている間、術者の能力を対象の闘級に応じて制限するのだ。
デミトールが死んで魔法が解消される、若しくは目的が達成され自ら魔法を解除すること前提にかけられたのだろう。
だが、魔法は解けておらず、未だデミトールにかけられたまま封じられているだけである。
「ふむ、では敵は強いが今は相当力を落としていると」
「その通りだ。そして私には敵の居場所が伝わってきている。未だこの領内に留まっているのだ」
デミトールは自分を指揮官にした征伐隊を組むと宣言した。
そして征伐を終えたら処罰を受けると。
「賢者殿、申し訳ないがそれまでこの魔道具をお貸しいただけないだろうか」
デミトールは聡慈に頭を下げた。
(随分大きな出来事に巻き込まれたものだ。しかしこれは断るわけにはいかんよなぁ。しかしエウリアと同じ能力なのだろうか……もしやその敵がエウリアを何かしら利用している?)
「分かりました。お貸ししましょう」
聡慈はデミトールの申し出を受け入れた。
そしてもう一つ。
「私もその征伐隊に参加させていただけますか」
「何とあなたが!? 一体どういうことか……いや、まずはあなた方へ正式に礼をせねばなりませんな。その時に詳しくお聞かせ願いましょう」
デミトールは場を改め、領外の協力者たちをもてなす席を設けるように差配した。
翌日、領主親子はじめ領主館の主だった者と聡慈たち領外の協力者が集められ会食が開かれた。
「父上!」
「ルスカ! 聞いたぞ、よくやってくれた。お前も立派な領主の一族、私の誇りだ!」
ようやく再開を果たしたデミトールとその末子ルスカ。
ルスカは父親の胸に顔を埋めて泣いている。
「ソージ先生、ありがとう、ありがとうございました」
「なっ、だからソージ先生に任せとけば大丈夫だって言っただろ」
「あ〜、俺も少しは役に立ったんだけどなぁ」
「リオ兄、セス兄……二人もありがとう」
目を擦りルスカは笑顔を見せた。
デミトールも静かに頭を下げている。
他にも計画の立役者は明るい顔をしている。
「デミトール様、そう言えば賢者ソージ先生のことでお願いがあるんです!」
「どうしたアスクレス。賢者殿に関してと言われれば私も大体のことは聞こうと思うが」
「だから賢者と言うのは……」
聡慈の苦情が聞こえないフリをしてアスクレスは続ける。
調子に乗って少し酔っていた。
「あのですね、ソージ先生はエウリアちゃんと言うお孫さんを探しているんですよ。領内に手配してもいいですよね!」
「孫を……それはただならぬ事情がありそうですな」
デミトールの視線が向いたのを契機に、聡慈はエウリアのこと、その力のことを伝えようと思った。




