65 探索の旅(王国編-31)
デミトールの部屋に真っ先に入ったのは、彼の友人であり監察官でもあるゼフェルであった。
「何だ騒がしいな」
中低音のよく通る声の主は、白髪が僅かに交じった金髪をオールバックにした中年の男。
意思の固そうな引き結んだ口元も反り返った凛々しい眉も最後に会った二年前と変わらない。
「デミトール貴様、俺が分からんのか」
一見変わらないように見える友人だが、その目はゼフェルの方を見ているようで焦点が合っておらず、異様な光を放っている。
そして何より大きな違和感はその態度である。
(いつもなら『ようゼフェル! 元気そうだな』と言って勢いよく立ち上がってくるような奴なのに……)
デミトールが本当に変調を来していることを目の当たりにし、ゼフェルは少なからずショックを受ける。
(いや、だからこそ治療を施す価値があるのだ)
そして意思を強くして手を差し出した。
「デミトール、お前には療養が必要だ。我々と共に来い」
「執務の邪魔だ。去れ」
取りつく島も無い返答だった。
「安全は保証いたします。どうか御身の診断をさせていただきたく……」
「必要無い。去れ」
カルダンの言葉にも何の感情も覗かせず拒否をするだけだ。
「仕方ない、強行手段に移るぞ」
ゼフェルの号令で聡慈を除く三人はデミトールを囲む形に位置した。
デミトールの正面に小盾を持ったカルダン、左手にラフイル、右手にゼフェル。
デミトールの反撃をカルダンが抑え、ラフイルとゼフェルで制圧する作戦だ。
(何故動かん)
三人はこの状況になっても椅子に座ったまま武器を持とうともしないデミトールに不気味な気配を感じている。
(デミトール様、参ります!)
カルダンが突進し、一瞬後にラフイル、ゼフェルが飛びかかった。
ゼフェルたち三人は床に跪き、這いつくばっている。
三人の呼吸は荒く顔は青い。
デミトールは無表情で椅子に座ったままだ。
「な、何を……」
痺れと脱力で問いかける言葉も出すことができない。
デミトールは何も言わず動きもしない。
(あれは……エウリアの!?)
聡慈は立ち尽くしていた。ゼフェルたちが手も触れずに倒されたのは、恐らく毒や麻痺の魔法、それに放命だったか吸精だったか、とにかくエウリアと同質の力の可能性と見られた。
(どういうことだ……なぜ領主がエウリアと同じような力を使える?)
聡慈が立ち尽くし考えに耽っている間に、デミトールはようやく椅子から立ち上がり、緩慢な動作で剣を手に取った。
(あれは!?)
デミトールが動作を切り替える瞬間、聡慈はデミトールの口から黒い靄のようなものが入って行くのを見た。
考えている間にもデミトールはゆっくりとゼフェルに近づいて行く。
(くっ、考えるのは後だ!)
聡慈は大工道具と偽り持っていた金槌を取り出しデミトールに向かって行った。
「! あな……で……だ!」
全滅を恐れてゼフェルが回らぬ舌で聡慈の無謀を止めようとする。
だが聡慈は確信をしていた。
(やはり、私には効かなかったな)
麻痺に抵抗したことを体が感じた。
思った通り毒や麻痺は自分に通じない。
(な、ソージ殿は平気なのか?この体から力が抜ける感覚も!)
ゼフェルが驚いたように生命力の吸収に対しても聡慈の足は止められない。
再びデミトールの口に赤黒い靄が入って、ようやく聡慈の接近に反応したようにデミトールが聡慈に剣を振りかぶった。
(遅い!)
得意な槍ではないと言え、とてもゼフェルに達人と言わしめたとは思えない剣筋だ。
聡慈は右手の金槌で容易に剣を払うと、低い体勢から体を当てつつ左肘を相手の首に当て転倒させ、まだ宙に浮いている相手の腕を取り制圧した。
(やはり流れるような技のキレよ!)
(む、まずい! 外の様子が!?)
倒れている三人も思わず見惚れてしまう流麗な技だが、室外の様子に慌ただしさを感じ始める。
この状況で来られてはデミトールを連れ出すなどとても無理だ。
焦るゼフェルたちだが為す術は何も無い。
そんな状況にどう対応するのか。
注目下の聡慈は小物入れから取り出した物をデミトールに押し当てた。
(これでどうだ!)
それ――エウリアのネックレス――をデミトールの首元に押し当て、更に布切れで巻き付ける。
(あの赤黒い靄は恐らく……)
聡慈の考えている通りなら、デミトールの異常は魔法の発動を抑えるエウリアのネックレスで解消するかもしれない。
しかしその効果の発揮を確認する間もなく、扉は開かれた。
聡慈たちがデミトールとの邂逅を果たしてしばらく後、デミトールの部屋の外では、事情を知っている兵士や女中と、新しく雇われた素行の悪い兵士との諍いが起こっていた。
「おい、どうなってやがる! 本館の奴らはご領主様のはからいで宴会やってやがったぞ!? 俺らだけ何でここで仕事やらなきゃなんねえんだコラ!」
「黙れ! 元々が勤務時間だろう! 持ち場に戻れ今すぐに!!」
「あぁ!? ふざけたこと吐かしてじゃねえぞ! どけ、ご領主様に直訴してやらぁ!」
「なんだと!? おいやめろ!」
少しばかりは本館以外にも劣悪兵士も配置せねば不審感を持たれる、そう考えたことが裏目に出た。
本館で宴会をやっていることを嗅ぎつけ、不公平だと騒ぎ出したのだ。
また後日別の機会を設けると説明しても聞き入れない。
理性など欠片も期待できない程の下衆だったのである。
「どけっ! ――ご領主様失礼しますぜ!」
下衆兵士はデミトールの部屋の扉を開けてしまった。
「こ、これは!?」
領主の部屋では三人の男が倒れ呻いており、高齢だが屈強そうな男に領主が押さえ込まれていた。
苦い顔をする女中と警備兵を見て下衆兵士は勘付いたようにニヤリと笑う。
「あ? あ〜あ〜、そういうことかよ。なんだ水臭えじゃねえか。これってあれだろ。なんつったけほら」
下衆兵士は嫌らしい笑みを浮かべ女中の顔を下から覗き込んだ。
「謀反だろ。む、ほ、ん。え? いい感じで進んでるみてえじゃねえの。一枚噛ませろよ俺もよぉ」
領主の暗殺を企て四名をこの部屋に差し向けた。
内三名は領主に倒されたが、一名が王手をかけている。
謀反の計画は成功寸前だ、そう見た下衆兵士は自分も計画に加担すると申し出たのである。
そして剣を抜いて領主に近づく。
「貴様……!」
その下劣さに警備兵は拳を震わせ剣に手を掛けた。
下衆兵士が領主に手を掛けるよりも警備兵が不意を突いて下衆兵士を斬るのが早いか。
周りがその後の事態の収拾について考え始めた時――
「やめい!!」
中低音のよく通る声が部屋に響いた。
「!!!!」
警備兵も女中も雷に打たれたように硬直した。
間違えようもない領主の、デミトールの声だ。
だがこんな芯のある声はいつぶりだろうか。
古くからの館の者は自然と跪いていた。
そんな様子に気づきもしないで下衆兵士は、一喝され一瞬動きを止めたものの、一喝されたことに怒り剣を振りかぶる。
「死ねやぁっ!!」
「死ねやぁっ!! ……へぶっ!?」
下衆兵士は剣を振り下ろすことなく吹き飛んだ。
「すまぬ、皆……迷惑をかけた」
「ご、ご主人様!」
兵士を一撃で伸したのはデミトールであった。
聡慈は技を解いてゼフェルたちの介抱に当たっている。
そんな聡慈の背に一礼をして、デミトールは家臣たちに向き直った。
「本当にすまなかった。この責任は必ず追って取ろう。だがその前に、まずは大きく狂ってしまった領内を元に戻す準備をさせてほしい」
「ご、ご主人様!」
家臣の目には涙が浮かんでいる。
デミトールの目は以前のように理性的で力強い光が宿っていた。
ようやくルガール領の暗黒時代が終わる。
以前の長閑で豊かな領土に戻るのだと思うと、感動で頭を上げることができずにいた。




