62 探索の旅(王国編-28)
「私とデミトールは、若い頃王都の衛士養成所にいました。彼とは同期だったんです」
ゼフェルは訥々と語り始めた。
「デミトールと言えば王都で知らぬ者無き十年に一人の槍の名手。教官たちでさえ一目置く、我々同期の目標でした」
目を閉じれば今も鮮やかに思い出す訓練風景。
力強いデミトールの槍捌きと彼と剣を交えた記憶。
「ゼフェル様はそんなデミトール様と数々の名勝負を繰り広げた好敵手だったのですよ。長剣のゼフェルもまた衛士隊の中で抜きん出た実力者だったのですから」
「ジオンズ、やめないか」
主人が下に見られるのが悔しかったのか、ゼフェルの従者ジオンズが負けん気を出して言う。
ゼフェルは恥ずかしそうに彼を嗜めた。
「ええ〜、本当のことなのに……ほら、自分まだ覚えてますよ。最後の模擬戦」
人懐こそうな顔を不満気に顰めジオンズは、ゼフェルとデミトールの名勝負を語った。
「そんなこともありましたなぁ。先代様と兄君様が御存命であれば、デミトール様も違った道があったやもしれんが」
ディノス爺が懐かしむように目を細める。
「そう、デミトールは父親と兄を亡くして急遽家督を継がねばならなくなりました。私も彼が衛士養成所を出てからは、思うところがあり今の道を選択しました」
デミトールが領主になりゼフェルが文官を志し、二人は別々の道を歩み出した。
それでも交流は続いていたと言う。
「私がこの地の監察官に任じられた時、デミトールに誓いました。『お前が王都に仇を為し、民を苦しめるなら、私が責任をもって断罪してやる』と。奴には笑い飛ばされましたがね。『はっ、その時はしっかりこの首刎ねてくれよ』なんて。まさかそんな日が現実に来るなんて!」
とうとうゼフェルは怒りと悔しさと悲しみの織り混ざった感情をさらけ出した。
「私が恣意に走っていることは承知です。本来ならば早々に王都に報告し、然るべき措置を執るべきであると。そこを私は……情で動いてしまった!」
アスクレス、ライオホーク、セステウスはゼフェルが言っていることが理解できていない。
三人で聡慈を横目で見ている。
「身内に断罪させ、家督を守らせるためですね」
聡慈の言葉が図星だったか、ゼフェルは項垂れた。
監察官たる責務を果たさぬばかりか、公正中立であるべきを個人的な感情で特定の者のために動いた。
悩み覚悟して決めたはずなのに、ゼフェルは第三者に初めて追及されているような気がして、忸怩たる思いで身が縮こまっていた。
「お待ちください! ルガール領からの脱出に危険が伴うことは真実です! それほどに今の領内は荒れているんです!」
盾術指南役のカルダンが庇うように声を上げる。
「それに、外から新たな領主が着任するとなれば全く新たな政策や税率が施行されるのではないでしょうか。トライゼ様、ロクセーヌ様、それにルスカさま御子息方は今の、いえ少し前までの治世がどれほど優れていたか存じております。御子息様に跡を継がせ領内の安定を図ることは、監察官として決して誤った判断とは思えません」
「ゼフェル様がデミトール様との友情を重じてくださっておられる。その好意に甘え、縋ったのはワシらなのじゃ。責めを負うべきはデミトール様の暴走を防げなんだ、全てワシら家臣にある」
ドスコが、そしてディノス爺が聡慈を説き伏せようと前に出た。
「何でだよ!!」
怒り混じりの大声が響いた。
声の主はアスクレスである。
「何でみんなデミトール様を殺すことばかり……そうやって解決しようとするんだ! ゲティ! 君はデミトール様に幼い頃拾われて大恩があると言ってたじゃないか! ディノス爺だってカルダンさんだって、これほど忠誠を誓える主君を持てて幸せだって! ドスコさんだって……」
泣きながらアスクレスは仲間たちの決定を、その心返しを罵倒する。
「アスクレス、デミトール様は変わってしまわれたんだよ……そりゃ俺たちだって何度も意見したさ。たけど、お前も知ってるだろ。もうあの方は以前のデミトール様じゃないんだって」
ゲティもアスクレスが幼い頃からデミトールに可愛がってもらっていることを知っているだけに、罵倒されても怒る気になれない。
「デミトール様は御病気で、まだ治せるかもしれないじゃないか! なんで元に戻す方法を探そうとしないんだよ!」
「お前、何を……」
予想もしていなかったことをアスクレスが言い出して、デミトールの部下たちは硬直した。
そんなことを言ってしまったら――
「治せる、の? ――父上を?」
案の定ルスカが期待してしまった。
アスクレスの妄言に。
せっかく覚悟を決めたのに何と酷いことを、と誰もが思った。
「私はそのために戻って来たんですよ、ルスカ様」
ところがアスクレスはルスカの手を取り平然と言った。
やめろ、と言ってやる間もなく彼は続ける。
「私と、こちらの賢者ソージ先生で必ず父君を救ってみせます」
皆が聡慈の方を向いた。
ライオホークは任せろと言わんばかりに胸を張っている。
セステウスも自信漲る顔をしている。
ただ一人、聡慈だけが困った顔をしていた。
そんな聡慈の元にヨロヨロとルスカが寄って来て、膝を地面に突いた。
「ルスカ様!」
家臣が諫め止めようとする間も無く、ルスカは額までも地面に付ける。
「助けてください……助けて、ください」
自分をなのか、父親をなのか、はたまた民を、なのか。
助けてくださいと繰り返すルスカの目からはポロポロと涙が零れていた。
家臣たちは衝撃を受けた。
暗い顔こそ見せていたが、父親を殺す決心をしたことはさすが領主の子だと思っていた。
それが、何のことは無い。
本心は父親を失いたくなく傷ついているのに、心を隠して民のため、お家のためと涙を飲んでいただけだったのだ。
「ワシは……大バカ者じゃ……!」
「デミトール様……うっ、うっ」
ディノス爺とゲティは体を震わせ涙を流している。
「アスクレス、さっきの言葉は本当なのかね?」
「ソージ殿、我々は希望を持って、良いのですか」
ドスコとカルダンの目は疑いではなく期待を示している。
聡慈は困った。
(おかしな思い込みをされているぞ……治療できるものと限らないのに、彼らの覚悟に水を差すようなことをして)
「ソージ先生に任せておけば大丈夫だよ!」
「僕も及ばずながらお手伝いしますから!」
ライオホークとアスクレスの追撃に聡慈は頭を抱えたくなった。
早い内に訂正しておかねば。
「ちょっと待ってください。必ず治るとは限らないのではないでしょうか。例えば、何かショックなことがあって人格そのものが変わってしまったとか、脳に腫瘍ができて思考や性格に影響を及ぼしているとか。他にも未知の病原体や魔法、私の力の及ばないことは無数にありますよ」
「そんな原因が! しかし原因を探りもしない内に諦めることなど最早かなわぬ!」
家臣たちの勢いはすっかり解決への方向性を変えてしまっている。
「ソージ殿、私も足掻いてみようと思います。たとえ力及ばずデミトールを討つこととなっても、やれるだけやってみる。もし奴を討たねばならぬ時は、私自らの手で命を賭して為しましょう。それが私が奴に手向けることのできる最後の友情ですから……」
ゼフェルも腹を括ったようだ。
聡慈は非常に困ったが、ゼフェルが言ったように一応治療不可能だった時の覚悟はできているようだった。
かくしてルガール領の領主を暗殺する作戦は、隔離して治療を試みる作戦に変更された。
ルスカをはじめ十五人は一致団結して領主の確保に向け動き出すのだった。




