61 探索の旅(王国編-27)
潜伏生活は容易ではなかった。
食料の確保や偵察の他は、岩の中から地下という限られた空間で過ごす。
プライバシーなど無いも同然だ。
先行きの不安さも精神的な負担を増す要因となっている。
ルスカたち後から加入した者でさえ負担を感じるのだから、先に潜伏していた七人は尚更気が塞いでいる傾向にあった。
「ここの人、結構独り言が多いですよね。ほら、ゲティさんとかドスコさん。時々カルダンさんも」
「ああ。こんな環境では気持ちも晴れまい」
ライオホークとの会話で改めて周囲を見て聡慈は思う。
(軽い鬱の状態にあるのだろうな。私たちも気をつけねば)
「こういう時こそ普段の習慣を大切にせねばな。さあ、今日は何からやるのだったかな」
剣術か文字か魔言語か体術か、はたまた魔法か。
ライオホークの修行は聡慈の勉強でもある。
また彼は、命の水や魔力の水を作るための研鑽を今も積んでいた。
「ソージ先生、ゲティさんたちも勉強に誘っていいですか?」
提案と言うよりはライオホークのお願いと言う感じだ。
まだこの隠れ家に来て日が浅いが、ライオホークはルスカと共にゲティたちに可愛がられており、彼らを何とかしてやりたいと思う程には情が移ったのだろう。
「私もそう思っていたよ。彼らが望むかは分からんが、一度誘ってみよう」
「はい! ありがとうございます!」
聡慈も心を病んでいく身近な人を見過ごすような薄情さは持ち合わせていなかった。
本心から同意するとライオホークは喜んで一人一人に声をかけに行った。
「何と、ソージ殿はワシより歳上じゃったのか!」
七十三歳のディノス爺は聡慈の年齢を聞いて驚いた。
六十前後、或いはもう少し若く見てもおかしくないぐらいだと思っていたそうだ。
「ええ。七十五頃から急に忙しくなって数える暇も無いぐらいでしたが、そろそろ九十近くだったと記憶してます」
聡慈はこの世界に来て何年経過したのか、正確には覚えていない。
魔大陸の日々はそれだけ過酷であったのだ。
「知人は百歳越えましたが、まだまだ元気ですよ」
ディノス爺は飄々とした雰囲気だが、やはり心理的に重苦しさは感じていたらしい。
それが歳上の聡慈と話す内に、年長者としてのプレッシャーも軽くなり、次第に他のメンバーの愚痴を聞いたりする役割も自ら買って出るようになった。
聡慈たちの意図を理解して、自分もメンバーの精神的な負担を軽くしたいと思ったのだ。
「今日の採集は私も行きますよ」
商人のドスコは、食料となる植物などを取りに行くと言う聡慈とライオホークに申し出た。
「ええ、大丈夫かなぁ」
ライオホークは心配そうに呟く。
ドスコは裕福な中年の商人に有りがちなアンコ型の体型をしている。
採集などできるのかと言いたいのだ。
「むむ、私が店の奥で金勘定しているだけの商人だと思っているのかね? これでも若い頃は貧しくて野山の草を食べて飢えを凌いだものだよ。その知識と経験を商売にも活かしていたんだからね。まだ忘れてないさ」
ドスコは聡慈が持って来た野草や根を齧って、若かりし頃を思い出したそうだ。
「では私は薬草の原料を集めますから、リオとドスコさんは食べられる物の調達をお願いしますね」
「お任せください。さあ行こうかリオ!」
「え〜、変な所に行っちゃわないように気をつけてよ」
「大丈夫! 危険にも敏感だよ私は!」
胸を叩いて自信を見せるドスコ。
「俺が気をつけなきゃ」とライオホークは呟き外へ出た。
三人が帰って来た時、ドスコの顔は晴れやかだった。
「ああ、腹が減った。今日の食事が楽しみだよ」
「何だいドスコさん、ちょっと食事減らしたぐらいが痩せていいかもよ」
ドスコの腹に目を向けてゲティがからかった。
ドスコは何をバカな、と言いたげな顔を向ける。
「こんなに爽やかな気持ちなのに食べんでどうするかね。そんなこと言うとゲティの食事だけ手を抜くよ。今日はとっておきの香草を使った特性煮込みだからね」
「あ、ごめんなさい。お手伝いいたします。一緒の献立でお願いします」
ゲティは間髪入れず謝った。
その晩の食事は高評価だった。
ドスコは得意顔でライオホークとゲティの肩を叩き、聡慈には笑顔で親指を立てて見せるのであった。
「ゼフェルさん、私たちに剣術の指南をお願いしても良いかな?」
考えに耽っているのか、一人で難しい顔をしていることの多いゼフェルに、聡慈は声をかけた。
「何故私に剣術を? 私は文官なのですが」
ゼフェルはまるで自分には縁の無いことだと言うように答えた。
「いえ、無理強いするつもりはありません。ただゼフェルさんの盛り上がった前腕と肩、それに手のタコを見て剣士のそれだと勝手に思ったことなので」
聡慈は丁寧に頭を下げる。
しかしその目はまだゼフェルの参加を期待するものだ。
「ゼフェル様の剣は達人の域に迫っている。あなたの見立ては間違ってませんよ」
「ラフイル」
部下のラフイルからの思いがけない口出しにゼフェルは戸惑う。
二人とも静かに従うタイプの部下というイメージどおり、今まで主人を困らせることなど無かったからである。
「ゼフェル様もソージ殿と手合わせをしてみてください。王国の剣術ではないので良い刺激になるかと存じます」
ラフイルは思慮深い男である。
彼が勧めてくるのだからまあ意味無いことではなかろう。
ゼフェルは溜息を一つ、その提案を受け入れることにした。
(なるほど。突出した能力は無さそうだが、素晴らしく均衡が取れている。兵隊長格とも良い勝負をするだろうな)
聡慈と手合わせを始めたゼフェルはそんな感想を抱いた。
力は訓練を終えた新兵、守備は硬く上級兵、速さは斥候の見習い、身のこなしは狩人。
一体どのような訓練を積んできたのか想像し難い。
聡慈の力量を見抜こうとして気が逸れたほんの一瞬。
目の前に木剣の突きが迫り、直後乾いた音が響いた。
「まいりました。隙をついたと思ったのですが、誘いでしたか?」
木剣を突きつけられたのは聡慈だった。
三歩後退して礼をする彼にゼフェルも頭を下げる。
「いいえ、完全に虚を突かれました。強引な逆転でした。年齢と闘級の恩恵でしょう」
ゼフェルは本心から言った。
「自らの未熟と過信を思い知りました。あなたのような方こそ達人と言われるべきです」
彼は心が軽くなった気分で聡慈と握手を交わした。
ゼフェルはちらりとラフイルを見て苦笑した。
彼が聡慈との試合を勧めてきた理由が分かった気がする。
あれこれと悩み考え、身体と心の調和が取れていなかった。
このまま進んでは計画は失敗していただろう。
そう嘆息していると
「一つ、気になることがあります」
聡慈から声をかけられた。
「はい何でしょう」
(――この御仁は隙をついてくるのが本当に上手いな)
反射的に返事をしていた。
ゼフェルはまたも聡慈に感心をした。
「あなたは何故、王都の監察官という立場でありながら、僅か二人の部下のみ連れてここの領主を討伐されようとしているのでしょうか」
「それは……この領地の乱れを知らず王都から戻ったは良いものの、荒廃を知り出ようとすると警備が厳重で身の危険を感じたからで」
弁明するゼフェルの言を抑えて聡慈は言う。
「いえ、恐らく監察官という立場は王の代理としての権限を有するのでは? それを以ってすれば領外に出ることは可能でしょう。それにあなたの性格からすると、自分の身を犠牲にしても王都に異変を知らせる、そう行動するはずです」
「何を根拠に……」
「分かりますとも。剣を交えたのですから」
聡慈に見透かされている。
隙を突かれたと思ったあの時に一本取られていたのだ。
ゼフェルは観念したかのように大きく息を吸い、吐き出した。




