60 探索の旅(王国編-26)
ゼフェルの問いに答え、ルスカは父デミトールの豹変を語った。
(……彼は、領主と何かあるのだろうか)
一見冷厳に話を聞いているゼフェルだが、聡慈には彼が無理して表情を殺しているように思えた。
「なるほど。それではデミトールの長男と長女は未だ何の行動にも出てはいないのだな」
デミトールの言動、館の有様を聞いたゼフェルは厳しい表情のままルスカに尋ねた。
「それは! 突然正規兵でない者たちがのさばるようになって、トライゼ様とロクセーヌ様も自由を奪われたから!」
「あなたには聞いていない」
アスクレスが口を挟むのをピシャリと断ち切り、ゼフェルはルスカを見つめる。
(何かを期待しているのか?)
やはりゼフェルには、表情とは異なる秘めた思いがありそうだ。
彼の眼差しに、決して冷たいだけではないものがあると感じ、聡慈もまた二人の問答に耳を傾ける。
「兄上と姉上は……」
ルスカは振り絞るように声を出す。
「王都へ行き援助を要請せよと。ち、父上を……討つ、援助を」
「そ、そんな!デミトール様を!?」
真っ青な顔で言い切ったルスカが嘘を吐いているわけもない。
分かっていてもアスクレスには信じられなかった。
領主を討伐するなどとは。
「うむ。まさか私も王都へ行っている数ヶ月で、ここまでルガール領が荒廃するとは予想だにしなかった。領主を廃すこともやむを得まい。他ならぬ領主の子からの申し出、確と承った」
まだ厳しい顔つきのゼフェルだが、その瞳が揺れていることに聡慈は目をつけた。
(この展開が分かっていた……いや、期待していたと言うべきか。その理由は……)
聡慈がゼフェルの真意を推測している一方、アスクレスもまた同様にゼフェルの思惑を考えている。
(デミトール様を廃すことが目的だって言うのか! まさか、この冷酷な監察官の目的は領地の乗っ取り……!?)
彼はゼフェルが表情を緩めたことを見逃さず、そう判断した。
と同時に
(何で、みんな反対しないんだ? ……ま、まさか最初からデミトール様を弑しようと? 反乱分子の集まりだったのか!?)
アスクレスはデミトールの治療に戻って来たと言えなくなってしまった。
「さあ、もういいじゃろ。ルスカ様を早く休ませてやってくだされ」
親殺しの話題から今は離れさせてやりたいと思ったのか、ディノス爺が労るように言ったことで話は打ち切られた。
ルスカはディノス爺に手を引かれ、俯いて奥へと歩いて行った。
アスクレスは一人悩んでいる。
(デミトール様の討伐隊が組まれてしまう。その前にデミトール様をお救いせねば。ルスカ様を連れて出るか――いや、ルスカ様を連れては追っ手がかけられてしまう。手間取ってはいられないんだ。早く出よう)
彼は決心し聡慈たちを呼び集めた。
「ふむ。アッシュは主君が討たれる前に我々だけで館に突入して、主君を救出しようと言うのだな」
「そうです! あの人たちは最初からデミトール様を亡き者にして、領主の交代を目論んでいるんです! 領権の簒奪ですよ!」
アスクレスは隅に寄って聡慈、ライオホーク、セステウスの三人に声を潜めて熱弁する。
「リオ、お前はどう思う?」
聡慈は冷静に問いかけた。
「俺は、それほど人々が追い詰められているのかなって思いました。だって、どう見たって兵士じゃない奴らが兵士気取りで見回りしたり、一般人に暴力振るって。町の人たちだってコソコソと、生きてるか死んでるか分からないですよ。だから、仕方ないのかなって、俺は、思っちゃいました」
アスクレスに遠慮してか、ルスカの心情を察してか、ライオホークは弱々しく言葉を終えた。
ライオホークの答えに傍らのセステウスは苦い顔を隠せない。
「セスはまた違う意見のようだな」
聡慈は彼の表情を見た上で話を振った。
「リオの言う通りだよ。今のままじゃ生きてても死んでても変わりゃしねえさ。けどよ、あんな子どもに親を殺させる、殺してくれって願わせるなんて、させちゃいけねえよ。アッシュ、言ってやれよ。領主を治しに来たんだって」
セステウスの懇願するような言い方を聞いたが、アスクレスは首を横に振る。
「ダメだよ。あの人たちにとってはデミトール様の存在自体が邪魔なんだ。それを治そうだなんて、僕たちが捕まってしまう」
「マジかよ……!」
セステウスの顔は絶望の色を呈した。
「じゃあとっとと出てかねえと!」
「決定だね。ではソージ先生、何かそれらしい理由をつけて出発しましょう!」
「――もう少し様子を見てはどうかな」
聡慈は彼らの興奮に呑まれず落ち着いて答えた。
「どうしてですか!?」
当然アスクレスは反発する。
「冷静にならねば見えるはずのものも見えなくなるぞ」
「どういうことですか」
「真実が、だ」
(しかし今は……)
聡慈は思うところがあったが考えあって一旦言葉をきった。
そして別の切り口から説得しようと試みる。
「そうだな。何故領主館の者たちは逃げて助力を請うた? 監察官への事前報告が必須なのか?」
「それは……」
確かに剣術指南役のカルダンもいるし、トライゼとロクセーヌの指示によりその場で斬っても良さそうなものを。
王都への報告も、領内が荒んでいるならその事実を以って事後にしても許されるだろう。
それができなかったと言うことは――
「デミトール様と容易に接触できない」
アスクレスは歯噛みする
「そうか、自分たちに都合のいい雇い主だからな、クソ兵士モドキどもの警備も厳重なのかもしれねえ」
セステウスがガッ、と拳同士を打ちつけた。
アスクレスは目を閉じ考える。
「分かりました。ただ悠長に構えていては手遅れになりかねません。時機を失せず、情報が集まったなら速やかに行動しましょう」
妥協せざるを得なくて悔しい。
そんな感情が彼からは窺えるようだった。
アスクレスもセステウスも腹に一物抱え、その場から離れて行く。
早速アスクレスの元同僚たちに接触して情報を集めるのだろう。
二人の表情は硬く、聡慈は二人が視野を広げてくれるように切に思った。
「ソージ先生、先生は先程の問いについて、どう考えているのですか?」
聡慈と二人になると、ライオホークはこっそりと尋ねてきた。
「私は主君殺しと言うのは酷い汚名を被ることだと思っているよ。きっとそれは、彼らも同じ思いではないだろうか」
聡慈はディノス爺たちに視線を向ける。
「彼らが自分たちの都合だけを考え、主君を弑殺しようと考えているとは、私にはまだ思えないな」
聡慈が顎を手で撫でながら答えるのを見て、ライオホークは聡慈が何かを自分に考えさせようとしていると察した。
(ソージ先生はもう何かを知っているんだ。さすがソージ先生!)
「分かりました、俺も自分で見つけてみせます」
ライオホークは聡慈の期待に応えて見せると意気込んだ。
「ああ。まだ敵や味方と決めつけるには早かろう。それからリオ、もし最悪アッシュの意に沿えない結果になっても落胆せぬようにな」
「え、それは……いえ分かりました」
迷わせるような聡慈の言い方は、様々な可能性を想定しておけと言うことに違いない。
ライオホークは頷いて考え始めた。
(さて、私も知らないことが多すぎる。まずは彼らと話せるようにならなくてはな)
聡慈はライオホークに言ったように、自分が必ずしもアスクレスの期待通り、領主を元に戻せるかは分からないと思っている。
そうすると、最終的には領主は幽閉するか殺すかして、新たな領主による政治体制を築かねばならない。
何もディノス爺や監察官はおかしなことを言ってないのだ。
ただ彼らの真意をアスクレスに明らかにしてやらねば、アスクレスが暴発しかねない。
自分たちだけで領主館に行っても無駄死にするか、入ることすらできずに時が過ぎるだろう。
そして領主が計画通り殺されると、アスクレスは絶望するに違いない。
聡慈は領主がどのような命運を辿っても、それを納得できるように準備をしておこうと思うのであった。




