57 探索の旅(王国編-23)
「乗物が使えない……?」
――馬や馬車を貸し出す所のみならず、牛馬など乗物に使える動物を飼っている世帯さえも重点警戒対象となり、乗物使用は厳しく規制されている――
セステウスから聞いた話はアスクレスを愕然とさせた。
「良かったなアッシュ、馬を調達しようとしていたら厄介な事態になっていたかもしれない。それに彼が案内を引き受けてくれたことは、まだ運に見放されたわけでは無さそうじゃないか」
「お、いいこと言うねジイさん。これからよろしく頼まあ。俺のことは気軽にセスって呼んでくれよ」
「ジイさんじゃない! ソージ先生だ!」
「お、何だカリカリして。大きくなれねえぞ小僧」
「何だと!」
聡慈のことを“ジイさん”呼ばわりしたセステウスを許せず、ライオホークが顔を赤くした。
セステウスは気にした様子も無く笑い飛ばしている。
「リオ構わんよ。ジイさんなのは間違いないんだからな。ソウジ=イルマだ、こちらこそよろしくセス。彼はライオホーク、リオと呼んでいる」
「僕はアスクレス。アッシュと呼んでよ」
聡慈はライオホークの頭に優しく手を置き宥め、セステウスに握手を求めた。
アスクレス、聡慈、セステウスの三人は差し出した手を重ね協力を誓った。
ライオホークだけが膨れっ面でそっぽを向いていた。
「おいリオ、拳闘教えてやっから来いよ」
次の町へと歩いて向かう道中、セステウスは離れて歩くライオホークに手招きをした。
「はあ!? お前なんかに教えてもらうか! ソージ先生から教わってる剣術があるから結構だ!」
ライオホークの剣幕を受け、招いた手の行き先を失ってブラブラさせるセステウス。
「いいんじゃないか? 拳闘、私は興味があるぞ。教えてもらえるならありがたいじゃないか」
「ソージ先生……!」
「お? やっぱ話が分かるなジイさん! よっしリオ、早速やろうぜ」
聡慈はセステウスの提案に乗り気だ。
しかしライオホークは聡慈への無礼がどうしても受け入れ難い様子。
一方セステウスはそんなこと気にも留めずにライオホークに笑いかけている。
「だからソージ先生と呼べって言ってるだろ!」
「ハハハ気にしない気にしない」
「俺が気にするんだ!」
二人が騒がしく言い合う傍ら、アスクレスはコソコソと息を潜めている。
(巻き込まれたら堪らないよ。ソージ先生の体術指導だけでいっぱいいっぱいなんだから)
「あ、アッシュも教えてもらうといいんじゃないか?」
「ソージ先生〜!」
アスクレスの企みは聡慈により潰えた。
セステウスはニカっといい笑顔でアスクレスと肩を組み、彼を巻き込んだ拳闘指導が始まったのであった。
その日の食料も確保した後、早速セステウスによる拳闘指導がされることになった。
拳に布を巻き握りを確かめる。
「ルールは単純、戦いは一対一、拳打のみで相手を倒す。これだけだ」
そう言ってセステウスはライオホークを指名した。
「俺が勝ったらソージ先生ってちゃんと呼ぶんだぞ!」
「勝ってから言いな」
開始前から二人の間には火花が散る。
緊張感のある試合になりそうである。
ライオホークの突進から試合は始まった。
(ほう、なかなか鋭いじゃねーの。だがっ)
地面を蹴り低い姿勢で突っ込むライオホークに、セステウスは左の拳を放った。
合わせる程度の軽い打撃だが、ライオホークの鼻付近に当たりその動きをとめた。
(ほう、ジャブか。構えも堂に入っている。そこでリオの動きを止めたら次は……)
聡慈の読み通り、三発の軽い左の拳打でライオホークを怯ませた直後、セステウスは「シッ!」と鋭い呼気と共に右の直突きを放った。
「やるじゃない……防がれるとは思わなかったぜぇ」
顔面に意識を散らし左胸を打ち抜くはずだったセステウスの拳は、ライオホークの拳に阻まれた。
だがセステウスは追撃をせずゆっくりと後退する。
「ガタイの差を考えずに突っ込んで来るにゃあ、まだ力不足だな。」
セステウスの言葉に合わせるようにライオホークは頽れた。
咄嗟に胸の前に手を挟んだものの、衝撃は防ぎきれなかった。
悔しそうにセステウスを見上げていた。
見学していた聡慈とアスクレスは二人の試合に拍手を送った。
「いやあ短い戦いだけど迫力があったなぁ」
アスクレスはまったくの傍観者を気取っている。
しかし
「次はアッシュが揉んでもらうか?」
「ちょ、ソージ先生……!」
冗談めかして背中を押す聡慈に対してアスクレスは本気で嫌がった。
「ソ、ソージ先生こそ手合わせしてみたらどうですか!?」
苦し紛れに出た言葉に聡慈とセステウスは反応した。
満更でもなさそうだ。
「いや、やめとくわ。何人も怪我したら旅に差し障るだろ?」
セステウスは頭を振って拒否をした。
聡慈は些か残念そうにしたが、すぐに気を取り直した。
「セスは脚技や投げ技、関節技は使わないのか?」
「いやいや、元々が小銭稼ぎで始めた拳闘だからよ。どっちかと言うと使わない癖がついちまってるなぁ」
セステウスは誰にも師事せず拳闘を身につけたと言う。
旅をしていた時にあちこちで催されていた血の気の多い者たちの、ルールを決めた殴り合い。
観戦者が勝者を予想して金を賭ける娯楽の一種。
セステウスはそれに闘士として参加し、勝ち負けを繰り返している内に腕を磨いた。
その催しはどこに行っても素手の殴り合いのみが許されているものだったため、彼は自然と拳打のみの格闘技術が身に染み付いたそうだ。
「大したものだ。独学であの拳闘を身につけたとは。防御はどうしているんだ?」
聡慈が興味本位で尋ねると、セステウスは待ってましたと言わんばかりにニカっと笑みを浮かべた。
「結構避けるのも上手いんだぜ。なんなら打ってきてみなよ」
セステウスの言葉に乗って試すのはアスクレスだ。
聡慈の体格では手違いで当たってしまった場合、大きなダメージを免れないからである。
「反撃しねえから安心して打って来いよアッシュ」
「反撃無しだね。無しだからね! ――よおし、当たって泣くなよ」
反撃が無いと念を押したアスクレスは腕を回してセステウスにかかって行く。
「あ、当たらない……!」
張り切って腕を振り回すアスクレスだが拳はセステウスにかすりもしない。
(ほう、あの柔軟さは天性だな。目もいい)
スウェーイング、ダッキング、骨の代わりにバネが入っているのかと思うほどしなやかに、セステウスの体が動いている。
顔の前を通過する拳に自分の拳を軽く合わせても見せる。
パリングもできると主張しているのだろう。
(我流と言う割にはそれなりの技術を持っているじゃないか。この世界でもボクシングのような技術が発達していたんだな)
あまり縁の無かったこの世界の対人戦闘技術だ。
(これで魔法やら技能やらが絡んでくるのだから、本気の戦闘はもっと複雑になるのかもしれないな)
余裕のセステウスと息を切らせながら空振りを続けるアスクレスを見て聡慈は思った。
(早い内にセスと試合をしてみた方がいいかもしれん)
兵士崩れたちとの戦闘が避けられない事態が来るかもしれない。
そんな時に本気で向かって来る敵の能力も分からないのでは、生き延びることも叶わないだろう。
しっかりした宿を取れる場所に着いたならば、セステウスに対戦を申し込もう。
ふと彼は自分の胸に手を当てる。
(どうしたのだろうか。こんな歳になって闘争を良しとするような気になるとは……)
闘争を望んでいるわけでは無いが、昂っている自身の感情に気がついた。
気持ちだけ若くなっても体がついて行かなければ痛い目を見るだけなのに。
(何故――自分のことを若いと錯覚してしまっている?)
自制をせねばならないと思っているのに。
自分の心の不思議な変化に戸惑いを隠せない聡慈であった。




