56 探索の旅(王国編-22)
浮浪者や酔っ払いが道端で寝ていた辺りよりもずっと上等な区域に、酔っ払いの振りをしていた男、セステウスの家はあった。
ここには兵士崩れの徘徊も見られない。
板塀で囲まれた敷地に、平屋建てではあるが二十メートル四方位ある木造の家屋は、見るからに良家の物だった。
「立派な家ですね。お坊ちゃんだったんですか?」
失礼な物言いだ。たまにアスクレスは天然でこういうことを口にする。
言われたセステウスに気にかけた様子が無いのは、単にアスクレスの運が良かっただけである。
「お坊ちゃんって俺はもう二十二だっての」
「え? なんだ、僕と同い年じゃないか。敬語使って損したよ」
「お前……真面目そうな顔して結構失礼な奴だな……」
「アッシュ兄……」
セステウスが自分と同じ二十二歳だと知った途端にアスクレスはタメ口になった。
気さくと言えば聞こえは良いが、彼の場合はその前の発言もあり、失礼のラインを越えていると断ぜられても仕方ないことだった。
セステウスは調子の外れた様子で、ライオホークは呆れた感じでアスクレスを見るのだった。
家は広いが家具は少なくガランとして寂しい。
あるいは生活感に乏しい。
それがこの家の印象である。
「家族は居ねえのかって気になるかい?」
「あ、いや」
セステウスは三人にお茶を出し、自分から語り出す。
「お坊ちゃんって言やあ、あながち間違いじゃねえかもしれねえや。この辺じゃ名士で通ってたんだ、俺の親父はな」
彼の父親は農場の経営者として人を雇う立場であった。
セステウスはその二男として、そこそこの教育を受け、それなりに自由にさせてもらい育った。
「だがな、ある日税金が上がった。まあ今までが低すぎる税だったからそりゃいいんだ。問題はその後だ。農場の若い衆が次々と辞めちまってさ。聞けば中央で何か大規模な工事だかやるってんで、その人足で召集されたって言うじゃねえか。で、いずれ俺や兄貴も同じように召集されるんだって聞いた」
その召集を回避するのに、彼の知らぬ内に父親はあれこれ手を回していたようだ。
結局それは功を奏さず、召集は免れなさそう、農場を維持する人員も減っていく、と悪い状況が続いた。
「親父は兄貴を連れて、ここを捨てて逃げたんだ。元々山奥の田舎出だからよ。静かに暮らしていくつもりなんだろうさ」
兄は父親に従い、彼は反発した。
しかし残った彼も荒れていく農地や、粗暴な兵士崩れが現れ廃れていく町をただ見るだけしかできなかった。
「俺が酔っ払ったフリして兵士崩れに絡んでたって、まあその通りだよ……ただ無力な自分を認めたくなかっただけの、くだらねえ自己満足さ」
諦めた風に彼は言った。
「そうだったんだ……町を捨てる人が出るほど領内が乱れてるなんて」
「俺の話ばっかしちまったな。あんちゃんは何者なんだい? どうしてこんな所へ?」
深刻な顔をして俯くアスクレスを見て、セステウスは自分が愚痴っぽくなっていたとようやく気づいた。
仕切り直しとばかりにお茶で口を潤しアスクレスに尋ねた。
「え、何者か、って……」
途端に目がキョロキョロと不審に動き言い淀むアスクレス。
(まさか、こいつら俺の実情を探りに来た? それか親父たちの居場所か!?)
セステウスは嫌な予感に襲われた。
逃げ出した父親たちを捕まえるため、若しくは召集を新たに課すための調査に来た役人ではないか。
意地を張ってこの町に残ったがとうとう自分も捨てざるを得なくなったか。
(目の前のあんちゃんは――チョロいな。だが、あのガキとジイさんは厄介かもしれねえ)
ただ捕まってなどやるものか、とセステウスは逃走経路と目の前の三人の格好を確認した。
眼鏡の男は線の細い争いごとに向いていないタイプだ。
年配の男は上背があり体格も良く帯剣している。
用心棒かもしれない。
もう一人の少年も剣のような物を持っている。
いざとなったら眼鏡の男はともかく、用心棒らしき年配の男と少年を殴り倒してでも逃げるつもりだった。
「ソージ先生、いいんでしょうか……」
何かを迷っているアスクレスに聡慈は言う。
「アッシュ、打ち明けてもいいだろう。この人が私たちを罠にかけようとしてる心配は無さそうだ」
「分かりました。想像以上に酷くなっているようだったので、ちょっと動揺してしまったようです」
セステウスは二人の会話を訝しんでいる。
アスクレスは深呼吸をしてセステウスに向き直り、口を開いた。
「僕はデミトール様のおそばで、あの方が変わり領内がおかしくなるのを目の当たりにしていたんだ」
アスクレスは領主の豹変を語り始めた。
アスクレスが語り終わった後、セステウスは握り締めた拳を震わせていた。
(怒っているのかな――当然だよね。この人たちは巻き込まれた被害者なんだ)
アスクレスは体を小刻みに震わせるセステウスを見て息を呑み、それでも覚悟して立ち上がった。
「領内をめちゃくちゃにしたのは領主様やその周囲だと言う怒りは当然だと思う。君の気が済むなら僕を殴ってもいい。だけど! 僕は旅先で賢者様と出会った!」
アスクレスの熱の篭った言動に聡慈はギョッとし、ライオホークはうんうんと頷いている。
そんな二人の様子も気にかけずアスクレスは続ける。
「デミトール様は、ご病気か何かなんだ! 賢者様に診てもらって治られれば、きっとまた元の穏やかな領地に戻るんだ!」
ガッ、とセステウスの肉厚の手がアスクレスの両肩を掴んだ。
殴られるか、と歯を食いしばったアスクレスにセステウスは顔を近づける。
「治る――このクソみてえな状況は領主が治れば元に戻るんだな!」
セステウスの顔が紅潮しているのは怒りのせいでは無さそうだ。
期待と喜びの色がその顔には浮かんでいる。
「あ、ああ! 僕はそう考えてる! デミトール様は本来聡明で寛大、先見の明もある賢君なんだ。こんな政策を進めては領内が荒れ人心も離れて行くのは明らかなのに――あの急変ぶりはどう考えても異常だった!」
アスクレスは自分の目にしたことを具にセステウスに語った。
さらに聡慈と出会いトラブルに巻き込まれて、彼を賢者だと認定した根拠も。
「決めた!」
アスクレスの肩を掴んだ両手に一層力を入れて、セステウスは言った。
「俺がついて行ってやる! いや、一緒に行かせてくれ!」
アスクレスは驚いた。
協力してほしいとは言ったが、それは危険なルートや人物の情報、交通手段の融通のことでありセステウスに同行を求めたわけではない。
しかしそんなことお構いなしにセステウスは胸を叩いた。
「道なら任せとけ。これでも親父から言われてたんだ。営業のために見分を広めとけってな。昔っからあちこち自由にブラブラさせてもらって、だから詳しいんだぜ、この領内のことはよ」
あちこち回ったからこそ、アスクレスの言うように領内の変わりっぷりが急過ぎると分かる。
セステウスにとってアスクレスの語った領主の豹変と改善の可能性は、怒りを上回り希望をもたらしたのであった。
「そこのジイさんが用心棒じゃなくて賢者なら、必要だろ、用心棒?」
「ジイさん!?」
ライオホークが目を釣り上げる。
聡慈を侮辱するのかと反応したのだが聡慈本人に宥められている。
セステウスはお構いなしだ。
「俺がやってやるよ。こう見えても拳闘じゃ負けたことねえんだぜ」
大きな拳を突き出して力を主張するセステウス。
アスクレスは困った顔で聡慈たちの方を見た。
聡慈は微苦笑して頷き了承を示し、ライオホークは不満そうにそっぽを向いていた。




