55 探索の旅(王国編-21)
広大な畑がある。
休耕地なのか農作物は無く人も見当たらないが、人里が近いのだろう。
その予想は的中し、簡素な柵で囲われた集落が見えてきた。
「ようやくまともな寝床にありつけそうですね。乗り物も調達できればいいのですが」
門番もいない小さな町のようだ。
土壁の平屋の建物ばかりが目につく。
町の中へと進むが、賑わいが感じられない。
路上で寝ているのは浮浪者か酔っ払いか。
繁華街でもないのにどことなく荒んだ雰囲気が肌を刺した。
「なんだかなぁ。王国の食糧庫とか大層な名を聞いてたのに、ここはハズレってこと?」
「僕も知らない町や村の方が多いけど、あんな大きな畑があるのにこんなに寒々しい雰囲気の町は見たことないよ」
広大な領土ではあるが、ここもアスクレスの故郷の一部である。
それがこんなに荒んでいる。
ライオホークの非礼な物言いに反論できない程、アスクレスのショックも大きかった。
町を酷評する理由は他にもあった。
路地を徘徊する兵士、いや、兵士崩れである。
衣服を着崩し着装すべき防具も、動き辛くて煩わしいのだろうか、所々外して手にぶら下げている。
そのくせ剣や棒のような武器類はこれ見よがしに掲げて威勢を示している。
荒くれと言っても語弊が無いぐらいにガラの悪い者たちだ。
その者たちは路上で寝転がる者たちに唾を吐きかけ、荷物を蹴り飛ばしている。
また反発する浮浪者を囲み袋叩きにする様子も見られる。
兵士の格好をしていない若者の中に、兵士に交じって同様の行為をしている者もいる。
どちらが悪なのか、今来たばかりの聡慈たちに判断はつかない。
だが、兵士崩れを見て逃げる女子どもや、家の戸を閉める住人の姿を見ては、兵士崩れがまともでないことぐらいは察せられるのであった。
三人は兵士崩れを避けるように町を歩いているが、あちこちで同じようなことが起こっているため、どうしても粗暴な行いは目に入ってくる。
「また……あ、今度は酔っ払いが絡んで行くみたいですよ」
短い黒髪を逆立てた若い男が、千鳥足で兵士崩れに肩からぶつかった。
兵士崩れは腹立たしげに男を蹴ったが、男はよろめきながらも再び兵士崩れの方へもたれて行く。
相当な泥酔状態なのか、男は兵士崩れの肩に腕を乗せそのまま体を預けた。
「いい加減にしろ! ボケ! カス!」
兵士崩れの罵声が響いた。離れた聡慈たちにもはっきりと聞こえる。
そして予想通り男は兵士崩れに殴る蹴るの暴力を受け、地面に転がった。
「あぁ〜、あんなに酔ったらそりゃ怒られるよ……これは自業自得、ですよねぇ」
兵士の規律も乱れていれば、一般人の風紀も乱れている、そのようにアスクレスの目には映った。
「ん? ああ……」
(あの動き――気のせいか?)
聡慈は相槌を打ちながらも、暴力を受ける男が足捌きで威力を逃がしているように感じていた。
聡慈の見立てを証明するように、兵士崩れがその場を去って間もなく男は何事も無かったかのように立ち上がった。
「あ、あれ? あの人もう回復したのかな? タフだなぁ……あ、どこから出て来たんだろうあのお爺さん」
男は一人の老人の手を取って立ち上がらせた。
老人は男に頭を下げ何かを言っている。
そして曲がった腰を痛そうに摩りながら歩き去った。
「まさか、あのお爺さんを逃がすためにわざと殴られたとか? ――はは、まさかね」
アスクレスは空笑いをしているが、聡慈は一服の清涼剤をもらったような爽やかな気分になった。
それから三人はどこか体を休める宿が無いか探し始めた。
しかし行く場所行く場所、例の兵士崩れがたむろしていたり入り浸っている。
情報を集めようとして入った酒場もまた同様であった。
「おぉい、早く酒持って来い!」
「ギャハハハ、まだ逆らってくる奴が」
「あぁん!? んだコラ!」
「やんのかオラ!」
酒が入っていることを加味しても自制のかけらも無い態度が目立ち、乱暴な言葉が飛び交う。
余所者の自分たちにとってトラブルに巻き込まれるのは避けなければならない。
三人は仕方なく今まで見回った場所が空くタイミングを探りながら町の中で息を潜めることになった。
「あ、またあの人」
兵士崩れや肩で風を切るように歩く若者を避けながら町を歩いていると、またさっきの酔っ払った男を見かけた。
男は前後不覚といった有様で一人の兵士崩れの方へ倒れ出る。
今正に兵士崩れが、道端で遊んでいる子どもに薄ら笑いを浮かべながら近づいているところだった。
兵士崩れの目が子どもから逸れた直後、男は立ち上がりよろめきながら兵士崩れに体をぶつけた。
煩わしそうに兵士崩れが男を突き飛ばそうと手を突き出す。
しかし男はそれを避け、ムキになって連続して手を突き出す兵士崩れの攻撃もフラフラと躱し続けた。
そうしている内に、遊んでいた子どもが兵士崩れが近づいていたことに気付いてその場から逃げ去った。
子どもが逃げもうその姿が見えなくなると、男は急に足をもつれさせわざとらしく倒れた。
既に興奮状態だった兵士崩れは罵声を浴びせながら男を足蹴にする。
丸くなって男が耐えていると、兵士崩れは思い切り男を蹴りつけた後、溜飲を下げたのか首を揉みながら去って行った。
男は老人を逃がした時とは違って、今回かなり痛めつけられたようだ。
脇腹や背中を押さえ呻いている。
「やっぱりあの人、子どもから注意を逸らさせるためにわざと……」
アスクレスはそう言って男に近づいて行った。
そして男に手を翳し、魔法で治療をし始めた。
「いつつ……お? あんちゃん誰だか知らねえがすまねえな。けどこんな酔っ払いに構ってたらあんちゃんも目え付けられっぞ」
男は片眉を上げひょうきんに言う。
対してアスクレスは真剣な顔をしている。
「お爺さんの時も見てました。あなたは酔った振りをして、あの兵士の格好をした怪しい男たちから絡まれそうな人たちを逃がしていたんですね」
男は人差し指を立てアスクレスの口元に近づけ辺りを窺う。
「あんちゃん、滅多なこと言うもんじゃないぜ……兵士の格好した怪しい男なんざよう」
眉を顰めたまま彼は続ける。
「いいか。俺はただの酔っ払い、あんたはそれに絡まれただけの不運なあんちゃんだ。いいな」
「分かった」
「分かったんならいい。とっとと行きな」
「いいや」
アスクレスは首を横に振った。
「ルガール領の異変がこんな所にまで及んでるんだって分かったんです。僕はそれをもっと知らなければならない。その上で早くデミトール様を治して……」
言い過ぎた、と彼は口を噤んだ。
「デミ……?」
男は何かを思い出しそうな様子で首を傾げている。
「待った。ねえ、あなたにもっと尋ねたいことがあるんだ。どうか僕に協力してくれないだろうか」
アスクレスは思い切って男にそう切り出してみた。
男はアスクレスの目を、その奥を覗き込むようにじっと見つめた。
「分かった。とりあえずこんな所じゃ話もできやしねえ。うちに来てくれよ。何も無えけどこんな所で周りを気にしながら話すよりはマシだろうからよ」
男は立ち上がり、アスクレスたちについてくるように手招きした。
「俺はセステウスってんだ。あんたらは……旅人だけど余所者じゃねえ、そんな感じがすんなあ。世間知らずの俺なんかにゃ良く分かんねえけどよ」
「……」
「なんだよ急に黙っちまって。変なあんちゃんだな」
アスクレスは半ば衝動的にこの見知らぬ男に接してしまったが、この男に面倒をかけることにならないだろうか、と今更ながらに思ったのだ。
男はそんなアスクレスの心情を知るわけもなく、迫ってきたり黙ったり、コロコロ変わるアスクレスの様子に肩を竦めるのであった。




