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巡り求めて  作者: みおま ウス
53/164

53 探索の旅(王国編-19)

 次に仰向けになったアスクレスの腹に聡慈は手を当てる。


「この臍の奥の方に集めるように深く息を吸う。背骨が圧力で支えられているのが分かるか?」


 空気がぐっと入って腹圧が高まるのを感じ、アスクレスは頷いた。


「その安定感を活かして立つのだが……慣れないからかな、一緒にどうしても力が入ってしまっているな。よし、ではスクワットから始めよう」

「え、筋力強化ですか?」


 アスクレスは聡慈の提案に嫌そうな反応を示す。


「ああ。脱力を知るには、反対に思い切り力むことを知るのもいいだろう。それにアッシュはあまり体を動かす習慣も無いようだし、しっかり鍛えるといい」

「うげぇ〜」


 聡慈に笑顔で言われたアスクレスは、顔を顰めて甲羅に突っ伏した。






 アスクレスが行ったのは決して追い込み系のトレーニングではない。

 正しい動作を身につける程度のトレーニングなのだが、彼はへばっていた。


 今、聡慈はアスクレスの休憩がてら雑談を始め、その話はアスクレスの医学の話に及んでいる。


「治療魔法とか回復魔法と言われているものだが、魔法陣の構成を見るとかなり曖昧じゃないか?」

「ええと、曖昧と言うのは?」


 聡慈は魔法を使える立場になってから疑問に思うことがあった。

 アスクレスから医学に関する話を聞いていて、ちょうど良い機会だからと尋ねているところである。


「“戻す”とか“治す”とかなのだが、一体何を基準に“戻して”いるんだろうか?」

「それは……体が覚えているんじゃないですか?」

「分からないって言えばいいのに……」


 適当感漂うアスクレスの返答にライオホークは呟いた。


「うるさいよ。学問っていうのは、できるものはできると割り切れなければ進めない時もあるものなんだ」


 アスクレスの態度は正に開き直りである。

 聡慈は頷く。


「確かに。進んだ先で分かることも多いからな。それに体が覚えている、と言うのは結構すんなり受け入れられそうだ」


 遺伝情報に基づくのか、それとも自分の記憶なのか、体に刻み込まれた何かがあるのか。

 とにかく回復魔法は何となく血が止まり、ジワジワと傷が塞がる、自然回復を促進させる程度のものだ。

 これを、やれ“血小板を増量し”だの、“皮下組織をどれだけ再生させ”だのと魔法陣を作っていては、膨大な魔力を要するものになってしまう。

 聡慈はこの世界の不思議な現象に未だ慣れない自分を反省するように頭を掻いた。

 それでも――


「もしかしたら魔法の研究が進み、人体の仕組みが明らかになれば、もっと回復魔法は迅速で劇的な効果を発揮するようになるかもしれないな」


 聡慈は夢を見るように呟いた。


 ライオホークはそれを聡慈が実現するかのように期待の眼差しを送っているし、アスクレスは将来成すべきことが定まったかのように顔を引き締めるのであった。






 船が入るような所は警備が厳しいかもしれない。

 正規の入国とは言い難い手段をとっている身としては、整備された港は避けるべきだろう。

 アスクレスの判断で巨大亀は岩礁帯を通り抜け、スパーラ=パルスパニア江の東側にたどり着いたのは、日が落ちて辺りがすっかり暗くなった頃だった。


「ありがとう。“水辺の人”によろしく」


 巨大亀は礼に応えるように大きく前ヒレを動かすと、反転して静かに去って行った。

 水に潜る勢いを見ると、ここまでの移動は巨大亀にとっては相当遅いものだったと分かる。

 聡慈は巨大亀に改めて、快適な水上の旅をありがとう、と思いを込めて手を振った。




「さて、これからはどうするのかね? ここから領主館までは近いのかい?」

「いえ、歩くと三十日ぐらいかかります」

「遠っ! ちょっとアッシュ兄そんな話だったっけ!?」


 驚いたのはライオホークだけではない。

 聡慈も目をまるくしている。


「な〜んて、まあ歩くとそれぐらいかかるのは本当だけど、ちゃんと考えてこの場所に上陸したんだから……痛っ、ちょっと叩くのやめて」


 冗談冗談、と戯けたアスクレスはライオホークに脚を叩かれた。


「どういうことかって? はいはい、あのね、この近くには僕の領外脱出を手伝ってくれた人が住んでる小屋があるんだよ。その人に頼めば馬か乗用の動物を手配してくれるはずだよ」


 そこは一日も歩けば着くそうで、今日はとりあえずこの場で休むことになった。






 翌朝早くアスクレス先導で歩き出す一行。

 水の蓄えだけはできたが、食料はもう無い。

 早いところ知り合いの所へたどり着きたい、その気持ちがアスクレスたちの歩みを速める。


 その甲斐あってか日暮れ頃の到着予定だったのが、川沿いを歩き小屋が見えて来たのはまだ昼と夕方の境界帯頃だった。


「見えて来ましたよ。ほら、あそこは元々河川の氾濫を見張る小屋だったんですけど、治水が進んで使われていなかったんです。それを有効活用してるってわけなんですよ」


 息を切らしながらだがアスクレスの顔は明るく、口は滑らかになっている。


 しかし


「ちょっと待った。少し迂回して見てみよう」


 待ったをかけたのは聡慈だ。

 嫌な予感があった。

 それに考えてみると、政情が安定していないのにあんな建物をそのまま放置しておくだろうか。


 聡慈が考えを伝えると後の二人も同意した。

 ぐるりと円を描くように大回りして小屋を遠巻きに見ることにした。






「アッシュ兄、なんかガラの悪そうな奴らがいるんだけど、あれがアッシュ兄の仲間なのかい?」

「僕を助けてくれた人は、もう現役を引退したお年寄りだよ。普通の紳士だから、ガラが悪いって……知り合いかな?」


 目の悪いアスクレスは確認できないようだ。

 と言うかライオホークの視力が抜群に良いのだが。


「このまま近づくのは良くなさそうだな。さてどうするか」

「ソージ先生、俺が行ってきます」


 ライオホークが名乗りを上げた。

 彼は浮浪児のフリをしてそれとなく窺ってくると言う。


「無理するなよ。近づき過ぎず雰囲気を見てくるだけで十分だから」

「分かりました! 行ってきます!」


(聡慈の役に立ちたい)


 そういう思いは強い。

 一方で


(迷惑はかけちゃダメだ)


 とも思う。


 迷った結果、ちょうど良い感じの不審さを醸し出した子どもが、フラフラと小屋に近づいて行くように見えたのは幸いであった。






「おい! ガキ、そこのお前だコラ! 何か用か!?」


 案の定ライオホークは、小屋の前をうろついていた無精髭の男に見咎められた。


「す、すいません……食べ物と寝る所を探してたら、この建物が見えたんで」


 ライオホークは怯える様子を見せる。


「ここは休むトコじゃねえな。オレたち沿岸警備隊の詰所だからよ! ほれ消えろ! 早く行かねえとここに住んでたジジイみてえに(いて)え目に遭わすぞオラ」


 ペッ、と唾を吐いて男はライオホークの方に向かって来るような素振りをした。


「ひいい、すいませんでした!」


「ギャハハハ! こんぐらいでビビリやがった! とんでもねえ腰抜けのガキだぜ!」


 小屋から様子を見に出てきた仲間らしき者に向かって男は大笑いする。


 ライオホークは聡慈たちのいる場所とは違う方へ走って行った。






 小屋から十分に離れたライオホークは、小屋から見られない距離を保って聡慈たちのいる場所へ戻り、事情を説明した。


「そう、なんだ……」


 アスクレスは少なくないショックを受けたようだ。


「ソージ先生、リオ、すいません。ここは諦めざるを得ないみたいです」


 そう言って彼は俯いてしまった。


「アッシュ、気を落とすな。次の目的地へ向かおうじゃないか。その前にまず、今日はどこかで休もうか」


 落ち込んだアスクレスにそう言い、聡慈は静かに考える。


(思っていたよりも状況は悪そうだ。これからは余程気をつけて……万一の場合はアッシュを強引にでもこの領内から退去させる必要も出てくるかもしれないな)


 日が没して暗くなっていく様が、まるでこの地方の実態を暗示しているかのように思えた。

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