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巡り求めて  作者: みおま ウス
52/164

52 探索の旅(王国編-18)

『なるほど、川向こうに行きたいのですか……分かりました。友人に相談してみましょう』


 聡慈から事情を聞き、鮫兄はそう言うと川に潜った。


 時々大きな気泡がゴボッと上がってきている。


 聡慈たちが水面を見つめ約十分、鮫兄は笑顔で浮上して来た。


『全く問題無いと、少し遠くに散歩するようなものだそうです。お礼は渡しておいたんで遠慮なくどうぞ』


 そして再び川に顔を突っ込むと、連続して大きな気泡が浮かんできた。

 間もなく上がって来たのは、巨大な亀であった。


(アーケロン、だったかな。驚いたな、こんな所でお目にかかるとは)


 元の世界では数千万年も前に生きていたと言われている帝王亀だ。

 もっとも想像の姿にそっくりと言うだけだし、目の前の生物の方が倍近く大きいが。


 巨大亀は全長約七メートル、幅約六メートル。

 隆起の小さい扁平型の甲羅は、三人が寝転んでも気をつければ転げ落ちずに済みそうだ。

 言葉は話せないが、鮫兄とは意思疎通ができるらしい。


『さあ、乗っていいそうですよ。濡れないようにちゃんと水の上に甲羅を出してくれるんで安心してください』


 鮫兄の言葉に従い巨大亀の背に乗る。

 滑らかで硬さはあるが弾力を感じる。

 甲羅というよりも革張りをした木のような感触だ。


「よろしく頼むよ」


 聡慈たちが甲羅を撫でて言うと、巨大亀は返事をするように前ヒレを大きく上げて水を掻き出した。


『さようなら賢者とその弟子たち! いつかまた会いましょう! “水辺の人”はいつでもあなたたちを歓迎します!』

『さようなら! ありがとう!』


 鮫兄の言葉に聡慈とライオホークは大きな声で返し、アスクレスは手を振る。


 巨大亀は力強く水を掻きつつも水面を滑るようにして陸から離れて行った。






 甲羅を浮かせるようにして泳がねばならないためか、速度は人が気楽に歩く程度で、多少の揺れはある。

 だがまあまあ快適な水上の旅だ。

 アスクレス曰く東岸までの距離は三十キロメートル強、このペースだと一日と少しかかるとのこと。


「向こうに着いたら早めに食料を確保しないといけませんね」


 手持ちの保存食はこの水上で使い切ってしまう程度の量しかない。

 しかし向かうのは“王国の食糧庫”とも言われる地方だ。

 アスクレスも食料の購入に関しては不安を抱いて無さそうだし、今から心配しなくても良さそうだ。



 それよりも、と聡慈は頭を切り替える。


「ソージ先生、今日の修行はどうしますか?」


 ライオホークが言うように、彼を独り立ちできるようにするための教育をするべきだと。

 それに自分自身も魔力のコントロールを身につけ、また今はまだ頭に入っている薬草の知識やミルドラモンの魔法書を思い返して、忘れないようにしなければならない。


「もちろんやるとも。ただし剣術は亀さんの迷惑にならんように。強い踏み込みは控えよう」

「はい!」

「それにアスクレスさんがいるんだ。せっかくだから医術の話でも聞いてみようじゃないか」

「――はい」


 ライオホークは横目でアスクレスを見た。

 その目元口元は少し笑っている。


「あ、何だいその顔は!? 僕が医師見習いだと思って軽んじているね!? いいとも、君が修行とやらを終えたら僕が経験した難手術の数々を語り聞かせてやろうじゃないか!」


 ライオホークの挑発的な笑みを見て、アスクレスはムキになって言い返した。


 聡慈はアスクレスが元気を取り戻した様子に胸を撫で下ろした。






 ライオホークが滑るように足を運び聡慈の構えた剣の鞘に木刀を当てる。

 聡慈がライオホークに剣を振ると、ライオホークはそれを避けて聡慈に木刀を振り寸止めをする。


「は〜、よくこんな所で剣なんて振れますね〜」


 足が甲羅に吸い付いているみたいだ、とアスクレスは二人の形稽古を見て感嘆の声を上げた。


「へへ、船の上で結構慣れたもんね。アッシュ兄も参加すればいいのに」

「アッシュニイ?」


 ライオホークが突然言い出した言葉にアスクレスは首を傾げる。


「お、なかなかいいじゃないかリオ。私も呼ばせてもらっていいかなアッシュさん」


 聡慈の笑顔でアスクレスは気付いて顔を赤くする。


「アッシュって僕のことですか!」

「いいだろ? 気にいった? アッシュ兄」


 満更そうでもないアスクレスの反応に、ライオホークはニヤニヤして顔を覗き込んだ。


「分かりました。でもソージさん、どうせならアッシュさんじゃなくてアッシュって呼んでください」


 アスクレスは頬を掻きながら照れ笑いをして言った。


「分かったアッシュ!」

「ただしリオ、君はダメだ」

「なんで!?」


 犬がじゃれ合うようにキャンキャンと言い合う二人に聡慈は優しい笑顔を向ける。


「アッシュ、改めてよろしく」


 アスクレスは姿勢を正して聡慈に正対する。


「こちらこそよろしくお願いします、ソージさん!」

「ソージ、先、生」


 ライオホークが肘でアスクレスを突いた。


「こらこらリオ、変なことを強要するんじゃないよ」


「いいですねソージ先生……」


「ちょっとアッシュ……」

「決めました! よろしくお願いします、ソージ先生!」


(あちゃー)


 額に手を当て聡慈は密かに溜息を吐く。

 嬉しそうなライオホークと目を輝かせるアスクレスを見ると、強く拒否するのは気が引けて何も言えなかった。






 アスクレスはその後、思うところがあったのか修行への参加を決めた。

 彼が聡慈から教わるのは剣術ではなく、徒手の武術とそれ以前の基本的な体の動かし方である。


「アッシュは外科の心得があるようだから、人体には詳しいだろう?」

「え? ええ、それはもちろんそのつもりですが」


 アスクレスは不安定な足元を気にしながら自信を覗かせた。


「体術を修めようとするならその知識は必ず役に立つ。まずは自然な立ち姿勢から考えてみよう」

「立ち姿勢、ですか?」


 自然も何も両足をつけて立つ、それだけではないか、と思う。


「アッシュ兄、ちゃんと聞きなよ! どうせ『いつも立ってるけど』とか思ってんだろ? 違うんだからな」


 ライオホークは、聡慈の話を聞くのにアスクレスには真剣味が足りないと判断し気分を害した。


「まあまあ」


 聡慈はライオホークを宥めながら続ける。


「ええとだな、随意筋と言って自分の意思で動かせる筋肉はまた必要無い時は休ませた方がいいんだ。体術を行う時には、だがな。で、案外ただ立つ、たったこれだけ取っても無駄に筋肉を使っている、要するに緊張していることが多い」


(そんなものなのかな?)


 分かるような分からないような気分でアスクレスは目を泳がせる。


「何も考えずにボーッと立ってみたらいいよ」

「こうかい?」

「う、ん? ボーッと口まで開けなくても、いいけどね……」


 ライオホークもアスクレスの指導を手伝うつもりらしい。


「そうだな。ボーッと立ったら目を閉じて」


 聡慈は微笑ましく思いライオホークの言葉を引き継いだ。


 そして少し時間が経過する。




「ただ立っているだけでも脚に痛みが出たり痺れたり、或いは尻や腰に負担を感じると思う。それはやはり上手く立てていない、体を理解していないからなんだ」


 アスクレスが少しの船の揺れでも体をぐらつかせるので、聡慈は苦笑し彼をうつ伏せに寝させた。


「地に着いているのは足の裏だが、足を支える組織を繋ぐ骨、腱、靭帯、筋肉を辿っていくと、下腿、膝関節、大腿、股関節、臀部、腰ときて、腰回りの筋肉は腰椎へと繋がっている」


 聡慈はアスクレスの足から順に上の方へ指圧をする。


「どうしても地に着いている足に意識が向きがちだが、末端ではなく起点、この背骨を安定させることが正しい姿勢を作る第一歩なんだ」


 アスクレスへの説明は続く。

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