45 探索の旅(王国編-11)
スパーラ=パルスパニア江までの道のりは、街道を外れるた所では背丈の長い草で覆われ、大小の石が無数に地面に埋まっていて馬を走らせるのは困難だ。
聡慈とライオホークは敢えてその道外れを選んで大まかに大河の方向に歩いている。
盗賊団が頻出すると言う街道を避けての安全策である。
「リオ、姿勢を低くして歩くぞ」
「はい」
歩いていると時々遠目で、鹿のような獣が走るのが見えた。
草がガサガサと動くだけで姿は見えないが、肉食の獣に追われていると聡慈は考えた。
彼は危険なことに対する勘が鋭くなっていた。
いつからかと思えば、鬼に暴力を受け続けた魔大陸での苦痛の記憶を、長年かけて“これも経験の一つ”と割り切ることができるようになった頃からのことである。
ただ、その直感を活かせなかった、自分とエウリアの拉致事件は全く悔やまれることであった。
今も早くラグナに戻りたい気持ちである。
しかし、嫌な予感には素直に従おうと、その場で潜み待機したり最短経路を迂回したりして進んでいる。
歩くこと二日、聡慈たちは海とも見紛う大きな川のほとりに出てきた。
左右正面、向こう岸は水平線しか見えない。
大きな木が流れている速度からすると、秒速一メートルもない程度の緩やかな流れだ。
川沿いを北進すると船着き場が見えてきた。
ちょうど停泊している船もある。
聡慈たちは足早に船の元へと向かった。
船は小中型の帆船で海の船より少し高さがあり、粗末な服を着た人夫が荷物を積み込んでいる。
「すいません、この船はラグナまで行きますか?」
聡慈は、荷運び人夫の仕事ぶりに睨みを利かせる監督役風の男に声をかけた。
「ああん、乗船希望か? あっちの小屋行ってくれや」
ギョロ目を少しだけ聡慈の方に動かして、男は顎をすぐ側の小さな小屋に向けてしゃくった。
「ありがとう」
(やはり人の運搬はメインではないのだな。荷物を運ぶついでに希望者を乗せる程度と言ったところか)
町で宿の女将に聞いたように荷物の運搬が主目的らしい。
それでも船に乗せてもらうことは可能だと確認できた。
ほっと胸を撫で下ろす。
小屋に入ると、カウンターに中年の男が一人座り、その後ろに武装した男が二人控えている。
武装した男たちの監視の下、荷物の検査は受けたが乗船許可自体はあっさり出してもらえた。
二人で五銀の運賃を払い、出航までの間甲板で自由にしていれば良いと言われ、二人は甲板に上がった。
乗客は僅かに三名。
聡慈とライオホーク、それに若い男一人だけだ。
争いごととは無縁そうな線の細い男で、金髪は癖っ毛らしく無造作に毛先が跳ねている。
丸眼鏡が時々光を反射して気弱そうな目をチラチラ隠していた。
男は甲板に上がった聡慈たちに気づき、しばらくボーッと見てきたが、聡慈たちが目礼すると思い出したようにペコリと頭を下げすぐに視線を外し、溜息を吐いて東の方を見つめ始めた。
「変わった雰囲気の人ですねソージ先生」
ヒソヒソとライオホークが言う。
「何か考えごとでもしているようだな。迷惑にならないようにしよう」
「はい」
男があまり話しかけられたくなさそうな気配を漂わせているので、聡慈たちは男から距離を置いて座り出航を待った。
「船を出すぞーっ!!」
よく響く船乗りの声が出航を告げる。
「せー……のっ!」
甲板から息の合った男たちの声が上げられゆっくりと船は動き出した。
早歩きと同じか、少し速いぐらいの速度で船は進む。
波が無いと言っても船は揺れる。
聡慈はライオホークを立たせた。
「リオ、修行だ。私と組手をするぞ」
「はい、ソージ先生――とと」
船が僅かに方向を変える時の揺れでライオホークがバランスを崩す。
「膝の力を抜いて腹の下にぐうっと重みを感じるんだ。移動は摺り足でな」
揺れに備え重心を低くし過ぎるライオホークの姿勢を修正し、聡慈は一つ一つの動作を確認するようにゆっくり動いた。
隣でライオホークも聡慈に倣う。
「リオ、脚に力が入り過ぎている。地面に真っ直ぐ体重を預けて……そう。体の芯にこう、軸が通っているだろ。移動しても突きを打った時でも、軸が傾き過ぎないように」
ライオホークの動きは硬い。
姿勢を保とうとするのにも、突きや蹴りをする時にも、どうしても力が入りがちになる。
脱力と言うのも教えるのは難しいものだ。
聡慈はどう教えようか考える。
(陸に上がってからも力を抜いて立つことから教えた方が良さそうだ。ここはまず……)
「リオ。何かをする時に力を入れるのは当たり前だな。だが力を強く入れられる時間というのはとても短いものだ。力を抜くことは、強い力を発揮するために必要な準備なんだ」
ライオホークは曖昧に頷いた。分かりにくかったようだ。
(人に分かり易く説明できないのは私もまだ理解できていないということか。反省だなぁ)
聡慈は頭を掻いた。
それはさておき、ライオホークに何となくでも脱力の必要性を知ってもらうにはどうしようか。
「そうだな、じゃあ見ていてくれるか」
聡慈は両肩の前に構えた握りきらない拳をブラブラと動かす。
「ふっ!」
聡慈は拳を突き出し握り固め、一瞬で引き戻しまた突き出して、それを繰り返す。
軍に所属していた頃、訓練の一環でやらされたボクシングで身につけたパンチである。
目にも止まらぬ速度で聡慈の拳が行き交う。その度にパパパン、と破裂音がライオホークの耳を打った。
「同じようにやってみてくれ」
「はい」
ライオホークは力強く握った拳を連続で突き出した。
ブンブンと腕が風を切る。
「なんか違います」
聡慈と比べると動きが重々しい。
ライオホーク自身もそう感じており不満そうだ。
「もう一度やってみるぞ」
聡慈はニッコリ笑って拳を構え、手首をブラブラと揺らした。
(え、あんなにダラ〜ンとしてたのか。手もギュッと握ってるわけじゃないんだ)
聡慈のリラックスした構えにライオホークは気がついた。
指と掌との間にも隙間がある。
ライオホークが集中して見ると、聡慈の拳が伸び切る直前には拳が握り込まれ、引き戻す時に空気が弾けるようにパン、と音がしているのが分かった。
「分かりました! もう一度やってみます!」
ライオホークは勢い込んで再び構える。
(おっと、肩や手をブラブラさせなきゃ)
そして先程の聡慈の姿を思い描いて自分を重ね、拳を素早く繰り出した。
シュシュシュッ、と拳が空を切る。
「あれ……おかしいな?」
しかしライオホークは首を傾げた。
確かにさっきよりも速いが、軽いだけだ。
空気が弾けるような迫力や聡慈が見せた躍動感などを感じない。
「そうだな。力を抜くとその後の動作が滑らかでキレが良くなるのが分かっただろう? ただ、今はまだ拳打に腰が入っていない、体が上手く連動できてないから力強さは無いな。まあ焦らず一つずつできるようになっていけばいいさ」
聡慈はライオホークの肩をポンポンと叩いた。
(やっぱりソージ先生にはお見通しなんだ!)
「はい!」
自分がボンヤリ感じていた違和感も聡慈には分かっていた。
そう思うとライオホークは嬉しくなり、改めて聡慈を尊敬した。
(これだけ勘の良い子に対しても上手く教えられないのだから、私も未熟だなぁ)
一方の聡慈は自分の指導力不足、理解不足に反省しきりである。
(修行のし直しだな)
そう思って、続く訓練でライオホークを観察すると同時に、自分の体の動きもよく分析し、理を言葉で説明できるようにしようとする聡慈であった。




