44 探索の旅(王国編-10)
聡慈たちは宿の女将にラグナへの道を聞いている。
この宿は客こそ少ないものの、気さくな女将と安い宿代を知っている馴染みの客が時々立ち寄るらしく、その客から様々な話を聞く女将はそこそこ物知りらしいのだ。
「ラグナかい? まあ近いとも遠いともねぇ。馬車を五、六日も走らせれば着く場所だよ。ただね、最近は盗賊団の被害があちこちで上がっているって言うよ。陸路は危険かもねぇ」
物騒だねぇ、と女将は身震いするフリをした。
「陸路は、と言うことは船なら大丈夫そうかな? この辺に海はあるのかい?」
潮の香りはしないが、それほど遠くない所に港があるのかもしれない。
慣れた潮の香りを思い出して聡慈は尋ねた。
「海じゃないの。川よ。知ってるでしょ、スパーラ=パルスパニア江。それを遡って行けば――それでもちょぉっと距離はあるかもしれないけど、馬車で一日ってぐらいまで近くには行けるはずだから」
スパーラ=パルスパニア江は、聡慈たちの居るカズカザン=トリエ大陸の中西部を南北に走る大河だ。
対岸、東側のトリエ地方は王都があるため栄えており、東西を行き来する船が最も多く出ている。
川を上り下る船も出ているが、遡る速度は遅いし値段も高いので需要は多くはない。
交易品の往来ついでに客が乗る程度である。
ちなみにラグナの船乗りたちは川の船乗りたちのことを「波もねえ川の船乗りなんざ馬が恐くて牛に乗ってるお嬢様みてえなか弱い奴ら」と言って下に見ていた。
それはさておき一番近い船着き場を聞いた聡慈たちは、次に必要な物を買いに行くことにした。
女将にお勧めの雑貨屋と武器屋を聞いて一旦宿を出た。
雑貨屋で買ったのはライオホーク用の鞄と、自分用のすりこぎ棒と小さな器、それに火と水の魔石だ。
今までは魔力が無かったので魔石を持つ意味は無かったが今後は違う。
火の魔石があれば種火を起こすのが容易になるし、水の魔石ならば魔力を満たせば、ほんの少しずつだが水が出てくる。
聡慈はようやくこの世界の住人と同じ水準に達したような気がして、嬉しいような安心したような気がしていた。
すりこぎ棒と器はもう彼の生活の一部となってしまっている薬草作りのための物である。
そして彼はまた、自分も命の水や魔力の水を精製できないかとも思ってこれらを購入した。
命の水と魔力の水の販売は厳しく規制されており、許可の無い者の販売は禁じられている。
しかし、自分で作った物を自分で使う分には罰則は無い。
――もっとも手間と材料費などを考えると全く割に合わないので、自作する者など一部の暇人ぐらいだが――
聡慈は魔力操作の訓練にもなると思い、命の水と魔力の水の精製をしてみようと決めたのである。
武器屋では二振りのナイフと一振りの剣を購入した。
ナイフは聡慈とライオホークに一振りずつ。
獣を捌いたり、護身用としてである。
剣は刃体長さ約六十センチメートルの肉厚両刃の量産品で、魔物などと遭遇する危険に備えて買った聡慈が使うための物だ。
聡慈は剣を買ったことにより、木刀をライオホークに渡した。
真剣を買う予算が厳しいという理由があった。
それにまだ真剣を持たせるのは早いと思い、木刀を使って訓練させようと考えたのだ。
「ありがとうございます! 大事にします! 頑張ります!」
木刀でもライオホークは感激したようで、買ってもらったナイフと交互に刀身を撫でたり抱いたりしながら嬉しそうに笑っていた。
ここまでに現金約十七銀を使い、残りは約十三銀。
二人で船に乗っても運賃は五銀で、ラグナに帰るまでは路銀は保ちそうである。
そして雑貨屋では、魔物の核――“木陰の人”の村で入手した牙と、道中で入手したビー玉のような物――を買い取ってもらった。
残金約十銀を持ってラグナまでの帰路に就くことになる。
宿に戻った二人は荷物をまとめ、礼を言って女将に別れを告げた。
「ありがとね。また機会があったら寄っとくれ」
「お世話になりました。今度はできれば、のんびりした旅行の時にでも是非」
わざわざ外に出て見送ってくれる人の良い女将に手を振りながら、二人は宿を後にした。
聡慈とライオホークは、町から出ようとする馬車を何台か見た。
どの馬車も強面の男が複数人、その姿を見せつけるように荷台から体を出して乗っている。
「護衛だ。ああやって姿を見せて『この馬車を襲うのは割に合わないぞ』と主張しているのだ」
同じく町を出ようとする聡慈たちに門番が教えてくれた。
町に入った時とは違う門番だ。
あの時の門番は非番らしい。
「護衛が乗っていれば馬車は襲われませんか?」
聡慈が尋ねる。
門番は苦い顔をして首を横に振った。
「いや、普通はそうなんだがな。今回出ている奴らはかなり凶暴な盗賊団らしい」
盗賊団の中で何らかの追い込みがあったのか、犠牲を厭わぬ襲撃が続いているそうだ。
商家も、半ば荷物を届けられない時の取引先への言い訳として、屈強な護衛を雇いアピールしている節があると言う。
「こんななりふり構わない強盗を繰り返して、大規模に掃討作戦が組まれたりしないのでしょうか?」
聡慈の問いに門番は肩を竦めた。
当然盗賊団の行動はおかしい。
積荷の何割かを奪うだけに留めた方が、忙しい憲兵からのお目溢しも望めるだろう。
今回のような強硬なやり口は自滅を招きかねないものだ。
「もちろんそろそろ動き出すだろう。なんせ襲撃の範囲が広過ぎて一つの町の憲兵隊では間に合わん。だが、今回は軍の出が悪い。憲兵隊がメンツを気にして上に被害を報告していないのか、軍でああだこうだと会議してやがるのか。何にせよこの分じゃ掃討作戦が始まったところで、捕まるのは下っ端ばかり、トカゲの尻尾切りよろしくだろうさ」
ここで送り出した顔見知りの商人や護衛がいつまでも帰って来ない。
ボロボロになって、或いは死体で帰って来る。
そういうことを何度も経験して、門番もやり切れない思いを抱えているようだ。
「そうなのですね。私たちも気をつけます」
「おお、そうだな。いざとなったら素っ裸で逃げるんだぞ。さすがに奴らも無一文の旅人なら襲わんだろうからな」
「はは、そうですね。まあ目立たないように街道から外れて歩きますよ。――あ、そうだ。私たちが町に入った時の門番さんにお会いすることがありましたら、『おかげさまで無事用事も済ませることができました、ありがとうございました』とお伝えいただけたらありがたいです」
聡慈は名簿に名前を書きながら門番に伝えた。
「ええと、ソージとライオホーク――ああ、これか。門番は、あいつな。分かった。それだけ伝えればいいな」
「ええ、お願いします」
二人は門番に頭を下げその場から離れて行った。
「どうだリオ?」
どことなくボーッとした様子で歩くライオホークに、隣を歩く聡慈が尋ねた。
「あ、いえ」
ライオホークは胸に手を当て答える。
「なんだか胸がすっきりして手足が軽くなったような気がするんです。俺、もう一度ここに来れて良かったです」
「そうか。それは良かった。次に来る時はお前の……あの女将さんにまた土産でも持って行こうな」
ライオホークの両親の墓参り、聡慈はそう言いかけてやめた。
ライオホークが自立して生き方を誇れるようになったら、その時彼の意思で行けば良い。
「はい! またいずれ」
ライオホークは元気の良い声とは裏腹に、目を伏せて答えた。
聡慈はライオホークの短くなった髪をクシャクシャとかき回し、笑って前を向いて歩く。
風が優しく下草を撫でていた。




