4 地獄編-3
聡慈の体は、鬼の集落周辺で採取し調合できる薬草からは悪性の症状を発しないようになっていた。
不思議なことに毒性の薬を摂取した時には、体が何かしら抵抗していることが実感できた。
まるで体がコンピュータ化でもし、スピーカーから「⚪︎⚪︎の抵抗に成功しました」と無機質な音声が通知してくるような奇妙な感覚があるのだ。
とにかくこの奇妙な感覚のおかげで、症状の出ない場合でもその薬がどんな薬効を持っているのか、大まかにだが知ることができた。
(これは、痺れを発症するやつ、これは発疹、発熱をもたらすやつ……)
聡慈は体からの警告と身を以て覚えたことを併せて、すっかりこの辺りの薬草のことを把握しきった。
(やはり学習する、というのは良いことだ。いくつになっても胸が弾む)
知的欲求が満たされたことに改めて満足する聡慈。
そんな聡慈を、老鬼は、笑っているのか怒っているのか読めない表情で、顔を歪め遠目に見ていた。
聡慈が植物を採取し戻ってきたある日のこと。
老鬼は聡慈に近づき腕を取った。
怪訝な顔をする聡慈を一顧だにせず、老鬼は聡慈の肘の内側に針のような物で少しの傷をつけた。
「っ……!」
聡慈は声を抑えた。
大した痛みではない。
ただ、何の心構えも持てないまま注射されたようなものだ。
滴り落ちる少しの血液を小皿に受け止め、満足したのか老鬼は去っていった。
(何だったのか……)
聡慈は疑問に思いつつも、いつもの石臼挽きに入った。
ただ、心の底に汚泥が泡立つような不気味な予感が溜まっているのを感じた。
果たしてその聡慈の予感は的中してしまう。
老鬼が聡慈から採血することは日常となった。
それだけではない。
頭髪、汗も取られ始め、それぐらいならまだ良かっただろう。
皮膚、爪を剥がし、ある時は大腿の肉を薄く削がれた。
再び苦痛に苛まれる日常に戻されたのだ。
(何の目的で……いや、私が毒に苦しまなくなってからか……だとすれば)
自分が耐性を得たタイミングとの関連を考察する聡慈。
そして一つ見当をつける。
(これは……病気を克服した者の血肉を食らうことで、その病魔に対する力を授かろうとするアレか。未発達の医療や呪いの類の考えではないか?)
痛む体のことも忘れ聡慈は項垂れた。
(それは誰のためだ? 彼ら自身のための行動ではないのか? ここはやはり、私の罪のために送られた地獄ではなかったのか……)
聡慈は失望の溜息を吐いた。
これが生前の罪を贖うためなればこそ、耐えられる苦痛もあっただろう。
だが単に鬼たちの我欲を満たすために苦痛を与えられていたとすれば――自分は無駄な時間を過ごしていたのかもしれない。
聡慈は今更だが、と自嘲したい気持ち交じりで一つ考える。
(ここの外を、他の場所を見に行こう)
もし自分が死んでおらず別世界に来てしまったのならば、何のためにそれは引き起こされたのか。
いつまで生きられるかは分からないが何かしら為すべきことが与えられたとすれば。
ならばそれを自分の足で探してみよう。
聡慈はここを出て行く機会を窺おうと思った。
それから数日が過ぎた。
朝の粗末な食事を終え、聡慈は削られたはずの部分を撫でて特に違和感も無いことを確かめている。
今日は少し騒々しい。
既に知ったことだが鬼にも老若男女がいる。
その中の、これは若い者の声だ。
相変わらず妙な音程があるような、それでいて口を開けずに喋ろうとしているような話し方で全く聞き取れない。
だがこれは興奮と言うか、はしゃいだ感じのする騒ぎ方だ。
(今日は何だ? 祭、にしては全体の雰囲気はそこまで盛り上がってないようだが)
興味本位で外をうろつくとどんな目に遭うか分からない。
聡慈は音を聞き、空気を読み慎重に様子を窺う。
そうしていると納屋の戸が開かれた。
何人かの小鬼が騒ぎながら入って来た。
一頭の小馬を連れている。
(?)
いや、小馬ではない。
馬のような体躯だが頭に二本の小さな角、鼻面には触覚のようなヒゲ、喉から腹にかけてはゴツゴツした鱗が生えている。
(どこかで見たような気がするが、動物園ではないし図鑑でもないような……)
聡慈は記憶を探り、この小馬モドキに似たモノのことを思い起こす。
(そうか、あれだ……麒麟だ、確か)
あの飲料のシンボルで使われているやつだ。
竜のような神獣だったかな。
ごちゃごちゃと断片的な記憶を繋いで、とりあえずそれらしい生物と結びつけた。
その麒麟風の動物は怯えている様子で、引っ張られているのに少ししか抵抗する様子を見せない。
そして小鬼たちは麒麟風の動物を蹴り飛ばし、耳障りな小馬鹿にする感じの笑い方をして、小走りに納屋を出て戸を閉めた。
「さてさて、おまえも捕まってしまったということかな?」
聡慈は麒麟風の動物に憐みの声をかけ、近づこうとした。
「ファァア……ファゥ」
「鳴き声は迫力無いな。そんな感じだから捕まってしまったか? ――怯えているのか」
腰を落として麒麟風の動物が小さく唸る。
聡慈はこの動物もきっと酷い扱いを受けたと思う。
しかし近づかせてくれなければ診てやることもできない。
力づくで押さえるのも可哀想だし、それより小馬の体格とは言え聡慈からすれば力負けすることは想像に難くない。
聡慈は何とか相手の警戒を解こうとするが叶わず、その内に老鬼が彼を呼びに来てしまった。
今日も石臼挽きをし、その後に何処かしらの体の欠片をこそぎ取られるのだろう。
聡慈は新入りの麒麟風の動物が同じ目に遭わないよう祈りながら、老鬼の視線からそれを隠すように歩いて納屋を出た。
一日を終え、聡慈は肉を切り取られ熱を持つ背中の痛みを堪え、庇うようにうつ伏せになり呻いていた。
納屋の様子を詳しく見る余裕も無い。
(ん……何だろう? 温かくて弾力のある……)
ふと体に寄り添うちょうど良い枕のような何かに気付いた。
「あぁ、お前は」
つい声が漏れた。
あの麒麟風の動物が添い寝をしてくれている。
そっと聡慈が撫でても逃げる様子を見せない。
「優しいのだな、お前は。私が苦しんでいるのを見て慰めてくれているのだな?」
「ファ〜」
幼い獣らしい鳴き声だ。
しかし知的な生き物によく見られるような、目の光がある。
「お前は若いが賢いのだな……ん、心配してくれているのか? 何、私のケガはすぐ治る。ありがとう」
撫でると痛みが軽くなる気がする。
聡慈は久々に話すということもあり、少し高揚して傍の優しい動物に話しかけた。
「ありがとう、こんな老人の話し相手になってもらって。お前もこんな所から早く逃げ出せるといいのだが……」
気持ちを汲んで話を聞いてくれたように静かに見つめてくる優しい動物に、聡慈は礼を言い相手のこの先の苦難を憂いた。
「なあ、それまでは私ができる範囲で世話をしてやろうな。私もここを出る機会を窺う。お前もチャンスがあれば一目散に逃げるのだぞ」
「ファファ〜ァ」
返事をしたのか軽い欠伸をしたのか、優しい動物は声を抑えた息を出した。
聡慈はその動作に和んでプッと笑った。
「そうだ、お前に名前をつけてもいいかな。嫌なら態度に出してくれればやめるから、な」
難しいことを言ってるかな。
照れながら頭を掻いて聡慈は言う。
「リン。麒麟のリン……ちょっと安直かな? どうだ?」
「フゥーン」
返事をしたのか。
聡慈はタイミング良く返って来た吐息に目を丸くした。
そしてその晩、聡慈はここに来て一番穏やかな気持ちで眠りに就くことができた。
聡慈は称号を獲得した。【被虐者】(成長阻害ーー獲得経験値減少ーー)
入間聡慈
闘級 1
体力 50
魔力 0
力 10
防御 12
速さ 6
器用 15
精神 15
経験値 -4,350
技能 なし
称号
⚪︎薬師★1
⚪︎被虐者★1
耐性 毒、麻痺
状態 自殺者の呪印、献身者の聖印




