37 探索の旅(王国編-3)
森の中にぽっかり空いたような、ほんの五十メートル四方ぐらいの空間。
草を編んだような家屋、焚き火の跡、干してある衣類や何かの実。
あまり発達した文化は見られないが、それが“木陰の人”の村であった。
村の外の木に隠れて“木陰の人”は悔しそうに言う。
『アイツが盗賊! 真ん中で座って俺たちの食い物を食ってる奴!』
言われなくてもすぐに分かった。
村の中央に座ってガツガツと手掴みで何かを食べている。
浮浪者よりも余程汚くて、痩せこけた少年だった。
(まだエウリアよりほんの少し歳上といったところか)
警戒が一気に薄れ、聡慈は気の毒さまで感じる。
同時にエウリアがあのような境遇に陥っていたら、と思うと胸が苦しくなった。
『考えた。俺たちがオトリになって、お前が後ろから一気にその棒で殴り倒す! どうだ?』
シャドーボクシングのように拳を振りながら“木陰の人”は言う。
『待ってくれ。あれは野人種の、まだ子どもだ。まずは話を聞いてみたい』
『あ、おい!』
聡慈は木刀を出さずに少年の方へと進んだ。
近づく聡慈を目にして、少年はあからさまに怯えと警戒を示した。
『分かるか? 話はできるか……うおっ!?』
うっかり魔言語で話しかけたことが悪かったのか、突然少年は聡慈に飛びかかって来た。
『ああ! だから言ったのに!』
木の陰から顔だけ出して“木陰の人”が頭を抱えた。
少年は聡慈の体と頭を掴み押し倒そうとする。
(この体格でこの力! 闘級差というやつか!)
聡慈は少年の以外な力の強さに驚きつつも、咄嗟に相手の手首を返し引き倒し、肘を後ろに極めた。
「分かるか? 話ができるか? 乱暴は好まん。落ち着いて話をしてくれ」
聡慈が野人の言葉で話しかけると少年は体を震わせ、何度か頷き力を抜いた。
聡慈は自分をここに案内した“木陰の人”に目配せする。
“木陰の人”は恐る恐る近づいて来た。
話の前に何か食べる物を。
少年の様子からまだ飢えからは解放されていないと判断した聡慈は、不満気な“木陰の人”を宥めて少年に幾つかの実を食べさせた。
腹がある程度満たされたのか、獣のようだった少年は膝を抱えて大人しく言葉を待つ。
秋の夕暮れのような瞳は透き通っていて、少年の本質が悪性とはとても思えなかった。
「君は彼らがここで一生懸命生活をしていることを知って、ここを食いものにしようと襲ったのか?」
「ち、違……」
少年は違うと言い切れなかった。
辺りを見回すと自分が踏み倒した物干しや破壊された家屋が目につく。
“木陰の人”の表情は読めないが怒気は伝わって来る。
彼は言葉を失った。
「そうか。君はそのつもりではなかったかもしれない。しかしやられた方はさぞ困っただろう。通りがかりの私に助けを求める程にな」
聡慈の言葉は淡々と紡がれているだけだ。
だが少年はジワジワと目に涙を溜めて、それが溢れて地面に落ちると同時に肩を震わせ泣き始めた。
『おい、どうなっているんだ? 泣くほど腹が減っていたのか?』
“木陰の人”も毒気を抜かれたらしい。
とりあえず手に持った棒切れを置いて、少年の体をじろじろとあちらこちらから観察している。
「私が君の言葉を伝えよう。彼らは説明を待っている」
「話せる、の?」
「そうだ。君は彼らに話し、責任を取り、許しを請わなければならない」
少年の話し方はたどたどしい。
聡慈はゆっくりと丁寧に彼に話した。
少年は聡慈と“木陰の人”を交互に見て話し始めた。
少年は孤児だった。
母親の顔しか知らず、その母親も六歳の時に死んでからは町の残飯などを漁り生き延びていた。
同じような浮浪児は何人かいたが、彼らは他人の物を盗んだりするので少年は彼らを避けていた。
母親がまだ生きている時、悪いことをしてはいけないと厳しく言われた記憶があった。
また、それが彼の心の拠り所でもあったからだ。
そうして町で暮らして約六年過ぎたある日。
最近は小銭稼ぎの仕事も無く、また残飯を得られない日が続き、成長期を迎えつつあった彼の体は栄養不足から変調を訴えていた。
そして朦朧とする意識の下、ある商店の食肉保管庫に忍び込み、そこの肉を食らった。
少年はすぐに捕まり、衛兵からすぐに町の外へと叩き出された。
門番に縋りつく気力も無くしていた。
ドロボーだ、と詰られたことは、不要品に向けるような目で見られてきた少年にとってすら、今までで最も堪えることだった。
それから少年は彷徨い歩き、この森へと迷い込んだ。
その内に見つけたヤマネズミのような生き物の巣。
そこには食べられそうな物が置かれていた。
少年はそれらを食べた。
ヤマネズミのような生き物が人間のように暮らしていることは何となく分かっていたはずである。
しかし彼は、動物の巣だから人間が壊して食べ物を取っても良い、と自分に言い聞かせた。
悪事を働いているかも、という心からの訴えに蓋をしたのだ。
今、目の前の老人がヤマネズミ人と言葉を交わし、やはり少年は再び悪いことをしたのだという事実を突きつけてきた。
少年は自分の愚かしさに我慢できず泣き出し、老人に諭され今に至る状況を話すことになったのである。
『子どもなのか、コイツは。野人種は子どもを育てないのか?』
疑問を投げかけたのは聡慈を連れて来た“木陰の人”だ。
いつの間にかその“木陰の人”の他に何人も集まり、聡慈や少年を囲んでいた。
彼らも疑問に同意してうんうんと頷いている。
子どもを捨てることや拾うこと、コミュニティ内で育てる所もあることや、増えすぎて売り払う者もいること等々。
聡慈は野人種が環境や文化によって子どもを様々に扱うことを説明した。
(ほとんどが推測だが……その辺は許してくれ)
元の世界で得た知識を野人種に当て嵌めている、とは言わなかった。
“木陰の人”たちは少年に、家屋など酷く壊れた所を修復すれば良いと言った。
それで十分だと。
彼らは少年と聡慈を見比べ、あまりに貧相な少年の姿と彼から聞いた話から、少年に同情したのだ。
負傷者がいなかったことも大きかっただろう。
一方少年は聡慈を介して“木陰の人”たちの被害を知った。
その際にこの村がもう一つの問題に苦しめられていることも知った。
村の片隅で泣いている“木陰の人”を視界に捉え、聡慈に通訳してもらったのだ。
泣いていたのは、子どもを食べられた父親らしい。
盛り上がった地面を前に跪いている。
土の下には一部しか残されなかった子どもの遺体が埋まっているそうだ。
少年はまた大声で泣き始めた。
そんな大変な時に何て迷惑をかけてしまったのだと。
そして少年は言った。
「まだその人食いがいるなら、自分に何かさせてほしい」と。
聡慈から通訳された言葉を聞いた“木陰の人”は驚き、少年にやめるよう身ぶり手振りを交えて懸命に伝えた。
しかし少年は頭を地面に擦り付け“木陰の人”たちに願い出た。
困ったように“木陰の人”は聡慈を見つめる。
(人食いの獣とはまた一つハードルが上がったものだ。だがこの少年の真摯な態度は……この機会を逃すと、この子は自分を信じられなくなるであろう)
聡慈は少年の澄んだ目を見た。
姿はボロで過ちを犯してもいるが、少年の本質はきっと――輝くような魂を持っているに違いない。
自分も周囲の人々に恵まれ生きてこられた。
彼を助けることでその恩を巡らせることができれば。
(この少年を指す言葉も私には大袈裟であったしな)
聡慈は“木陰の人”たちが言う人食いが、必ずしも自分たちの手に負えないものとは限らないと敢えて考える。
危険から遠ざかろうとする自分の心を押し留めるためだ。
『分かった。手助けできることかどうか、まずは話を聞いて考えよう』
聡慈が答えると“木陰の人”たちは一先ず安心したようであった。




