35 探索の旅(王国編-1)
(う……ここは?)
ゴツゴツと体を突き上げる不快な振動で聡慈は目を覚ました。
エウリアが隣にいる。
布団をかけられ寝ているようだ。
体を起こすと鎧の男が三人。
一人は腕を組み、一人はうつらうつらと舟を漕ぎ、もう一人は剣を磨いている。
「む、目覚められたか」
腕を組んだ男の声は低く落ち着いた感じだ。
「まったく心配させてくれるぜ! そのまま死んじまうかと思ったからよ!」
「口を慎め。貴様の軽はずみな昏倒術が事の失敗を招くところだったのだぞ」
「はっ、申し訳ありませんでした!」
剣を磨いていた男の軽薄な言動を腕を組んだ男が嗜める。
やはり自分は頭を殴られ気絶していたようだ。
聡慈は状況を推察した。
(ここは馬車の中か。私はこの男たち若しくはその関係者に襲われエウリアと共に何処かへ移送中だな。私たちの身柄は何かの計画に必要で、無事であることは重要な事柄らしい)
「この子は無事ですか?」
無事であることは概ね分かっていたが、彼らとはどこまで会話できるのか確かめたい。
「案ずる必要はない。眠りの粉が効いているだけだ。あなたにも乱暴をする予定は無かった」腕組みの男は淡々と言った。
(あの時か……何と言う油断)
嫌な予感に体が訴える違和感、エウリアの変調等々、危険の兆候は出ていた。
魔大陸に居た頃だったら死んでいてもおかしくない程の腑抜けっぷり。
聡慈は自分の油断でエウリアを危険に晒したことを悔やまずにいられない。
今後取るべき行動は。
目立たないように深く息を吸い聡慈は腹に力を入れた。
ラグナの町にて――
ミルドラモンは、帰りの遅い聡慈とエウリアを探しに外に出ていた。
「何じゃ貴様ら。ワシは今急いどるんじゃ。絡むつもりなら容赦せんぞ」
暗がりで彼を囲む複数人の気配。
苛立ちを隠さず殺気鋭く言い放った。
「いや、お待ちを。勘違いでございます、ミルドラモン名誉教授」
出て来たのは鎧を着けた男五人。
一人が更に前に進み出る。
「貴様ら……そういうことか。恥を知れこの下衆共が」
あからさまに不快気な顔をして拳を握りしめたミルドラモン。
その体には恐ろしく濃密な魔力が集まり渦巻いている。
彼は一瞬で悟った。
目の前の男たちは魔法院の守護騎士。
この町で聡慈たちを害することができる者は存在しない。
つまり聡慈たちが帰らない原因が此奴らにあることは疑いなかった。
「お待ちを! 勘違いと申し上げております故に!」
剥き出しの殺気を叩きつけられて後ずさる騎士たち。
それに抗って申し出る騎士は隊長格だろうが、膝の震えを抑えるように語気を強める。
「ただ我々は、名誉教授とそのご友人に相応しい暮らしをしていただきたく思い参じたまでにございます!」
「詭弁じゃろうが!! ふざけるのも大概にせいよ!!!」
堪忍袋の緒が切れた。
ミルドラモンは手を翳すだけで瞬く間に三人を吹き飛ばした。
「二人がどうなってもよろしいのか!?」
後ろに控えていた騎士が言った。
隊長らしい男は顔を顰めている。
「貴様らぁ……とことんまで落ちたのう!」
怒りはそのままに振り上げた手は下ろさざるを得ない。
ミルドラモンにとっては聡慈もエウリアも単なる同居人ではない。
大切な家族であり、彼は家族を守る家長なのだ。
隠したつもりであろう一人の騎士のニヤケ顔が、その腐った性根を窺わせる。
これ以上怒りに任せた行動を取ると、家族二人の身に何が起きるか、心が凍てつく思いであった。
「連れて行け。二人が行った場所へ」
魔力を抑え騎士たちに言った。
「決して粗雑には扱いませぬ。どうぞこちらへ」
騎士たちもまたギリギリの綱渡りに似た恐怖を感じていた。
今頃分かれた部隊の者たちがミルドラモンの身内二人を拉致し、魔法院のあるユニバスタへの船に乗せる準備をしているところだろう。
自分たちの任務は魔法院の首脳部にミルドラモンを引き合わせるまでだ。
後の責任もミルドラモンの怒りも、このような指令を下した首脳部に取ってもらえば良い。
騎士たちはそれまで二人の身柄を盾に取り、ミルドラモンの怒りを暴発させないようにする。
しかしこの怒りを首脳部はどうするつもりなのか。
今も伝わる圧倒的な魔力に心臓を鷲掴みにされたような心地を味わいながら、騎士たちはミルドラモンを馬車に乗せ去った。
(なるほど、私たちはドラさんを魔法院とやらに連れ戻す餌にされたのか……すまんドラさん)
鎧の男――魔法院の守護騎士――たちから「ミルドラモン名誉教授をその身内と共に迎えに来た」と聞き出した聡慈は、心の中でミルドラモンに謝った。
あれ程嫌っていた魔法院への脅迫じみた招待。
彼のことだから断ることはできないだろう。
ところで騎士たちは生活を保証するとも言った。
しかしこのようなことはミルドラモンの反感を買うだけではないのか。
魔法院の目的は――ミルドラモンをどうしたいのか。
聡慈は自分たちが略取されたことに潜む意味を量りかねていた。
エウリアが目を覚ます頃には騎士たちも寡黙になった。
略取成功の興奮も収まったというところか。
必要以上の質問にも答えなくなっていた。
騎士たちが聡慈とエウリアを引き離さないのも、老人と子どもなら何もできまいと考えているからだ。
身を寄せて不安そうにしてくるエウリアに何もしてやれない。
聡慈は自分が情け無かった。
「何事だ!?」
走っていた馬車が急に方向を変えた。
荷台の騎士が御者を務める騎士を怒鳴りつける。
「賊です! 待ち伏せされております!!」
「何だと!? こんな開けた街道で何を見ていたのだ貴様!」
「……!」
御者は何も答えずただ必死に馬を走らせる。
道は開けているようで木や岩が点在しており、身を隠せる場所はいくらでもあるのだ。
御者は馬車の走行路面に注意せねばならないのだから、見張りは荷台の者たちがするべきであった。
そうしていれば少しの不審点にも気付いていたかもしれない。
だが今は反論している間も惜しい。
一刻も早く賊のテリトリーから逃れねばならなかった。
八頭の馬で賊はみるみる差を詰めて来る。
単騎若しくは一人二人が乗った小さな籠を引く賊と六人も乗る馬車とでは速度差は比べものにならない。
やがて馬車と並走するに至った単騎の賊は、騎士の反撃を巧みに躱しつつ馬車の速度を落とさせた。
弓矢や魔法の攻撃は流石魔法院の守護騎士だけあって防ぎきるので、直接馬車に乗り込もうというのだ。
賊たちが荷台に乗り込んで来た。
形勢は騎士に不利である。
エウリアは聡慈にしがみつき震えている。
聡慈は万一に備えてエウリアの首飾りを外した。
そして小声で指示をする。
「エウリア、敵が迫って来たら首飾りとは反対の手を敵に突き出しなさい」
「ソージおじいちゃん……」
体で隠すようにエウリアを小さく座らせるが、万一自分に何かあった時には彼女に敵を殺してでも生きてもらうのだ。
聡慈はネックレスを彼女の左手に握らせた。
激しい剣戟が続いている。
騎士たちは賊二人を斬り伏せたが、まだ襲撃から撤退する気配は無い。
「うおっ!?」
「なっ!」
ガタッと馬車のバランスが崩れた。
騎士も賊も体勢を崩す。
賊の一人が崩れた体の勢いそのままに、聡慈たちの方に踏み込んで来た。
聡慈と離れてしまったエウリアに手を伸ばしている。
「うおおおおっ!」
聡慈がその賊に体当たりをした。
もつれ合う聡慈と賊。
その時再び馬車が激しく揺れ、聡慈と賊は荷台から投げ出された。
(首飾りが!)
賊の剣鞘には偶然引っ掛かったエウリアのネックレスが。
聡慈は反射的に手を伸ばし何とかネックレスを取った。
しかし最早地面は目前、馬車は遠ざかって行く。
「おじいちゃあぁぁぁん!!」
エウリアの悲痛な叫びが耳に届いたのを最後に、聡慈は地面に叩きつけられた。
馬車は倒れた聡慈を置き去りに走って行くのであった。




