34 平穏な日々編-13
エウリアの誕生日が近い。
そろそろプレゼントを何にするか決めないとと思い過ごす日々。
そんないつもの穏やかな日常が突如破られる。
聡慈が目にした僧衣の者たちが薬屋に来たのだ。
僧兵とも思える体格の良い男たちが店の周りを囲んでいる。
この店の家族に関する話だからと聡慈は帰るよう促された。
物々しい雰囲気に心配になるが、ナンブットゥ家族にとっては栄誉な話だと言われると邪魔するわけにもいかない。
その日は閉店せざるを得ず、聡慈は宿へと戻った。
翌日、いつも通り薬屋は開店していた。
しかしナンブットゥとオクアルは浮かない顔をしている。
「おはようございます。あの、昨日はどうだったのでしょうか? あの人たちは栄誉な話だと言っていましたが……」
聡慈の問いにナンブットゥは無言で、笑顔だけを返した。
酷い作り笑顔だ。
「あ、おはようございます! ソージおじいちゃん!」
階段を下りてきたウクイエッタの元気良い挨拶。
「おはようウクイエッタ。今日も元気だね」
「うん! お父さんとお母さんもニッコリすればいいのにね〜」
「ウクイエッタ……」
座りなさい、と言いかけるオクアルの言葉に被せてウクイエッタは続ける。
「昨日ね、優しそうなおじさんたちが来て何かいい話をしたんだよ。お父さんとお母さんもニコニコして嬉しそうにしてたのに、急にしょんぼりしちゃって、変なの」
「そうだったのか、それは変だね。でもお仕事はしっかりしないといけないから、お父さんたちと話をさせてね。――ナンブットゥさん、とにかく今日の仕事を始めましょうか」
ウクイエッタに聞かせたくない話があるのだろう。
聡慈は夫妻の表情を読んで、それぞれの行動に移るよう提案した。
ウクイエッタが命の薬の調合を終え、エウリアと遊びに行った後、ポツリポツリとナンブットゥが話し始めた。
「ソージさん、昨日訪ねて来たのは聖都ティディエルの高僧です」
「ティディエルの僧……」
最近ウクイエッタのことをよく指して言われる、あのティディエルだ。
未来の聖女だとか言う。
「もしかして聖女とか言うものに関係が?」
ナンブットゥは力無く笑って頷く。
「その通りなんです。聖女候補に推薦されるべき人物かどうか見極めに来たんですよ、あの人たちは。それも分からず褒められるまま僕は、ウクイエッタに命の水を調合させて見せてしまったんです」
「あなた、どのみち避けらなかったのよあれは。自分を責めないで」
頭を抱える夫をオクアルが慰めた。
薬を作る許可を出す機関の元締めは聖都にあるのだ。
子どもが命の水を調合しているとあれだけ噂になっていて、直接乗り込んで来たその許可権限を持つ者たちにシラを切り通せるわけがなかった。
結果、ウクイエッタは見事推薦枠に指定された。
「その聖女候補になることが、何か問題を含むわけですね?」
まだ今のところ良い話を向けられただけに思える。
聡慈はもう一歩踏み込んで尋ねる。
「問題は、あの子が私たちから引き離され、自由も制限されてしまうことなんです」
八歳か、遅くても九歳になるまでには親元から離され聖女になるべく修行が開始されるらしい。
「名誉なことですが、まだ子どもも幼いことなので、と断ろうとしたのですが……正式な使者が来た折には命令が下される、拒否権は無いと言われました」
「そんな強引な……」
聡慈は人権の保護を言いかけて口を噤んだ。
元の世界とこの世界とは違うのだ。
声高に主張することが物事の改善に繋がるとは限らない。
現実問題、今回のティディエル側の行動はかなり強引であった。
聖女候補は通常、教会の管轄下にある孤児などから選ばれることが多い。
これは一般人がそれほど白魔力を発現させる機会が無く、一方でそのような孤児たちは幼少から白魔力が確かめ易い仕事に携わる機会が多いからである。
そしてその他に大きな理由として、孤児がどこに行こうとも気にする者は少なく、聖女候補と言えばむしろ大喜びされることであるからである。
ウクイエッタのケースのように身元の確かな子どもの場合、保護者へのそれなりの手付金が必要になることがほとんどである。
また強引な手段は聖都の評判を落とすことになりかねないため、親身で丁寧な説得という手間を取らされる。
そのため余程の才能が無ければこのように大陸を渡って勧誘に来たりなどしない。
すなわち、ウクイエッタの才能はそれ程――大陸を渡って事前に調査に来る程――に輝けるものであったのだ。
「目に入れても痛くないと言いますよね――親バカかもしれませんが、私たち夫婦は本当にそれぐらいウクイエッタを愛しているんです」
ナンブットゥは告白する。
「あの子が生まれてからずっと幸せでした。いずれは結婚したり自分の生きる道を見つけて出て行くでしょう。でもそれまであの子の成長を見守れて、あの子の意思で巣立ちを迎えるなら何の文句があるでしょう」
ナンブットゥはまた顔を覆い深い溜息を吐いた。
彼は単なる親バカではない。
我が子の可能性が制限されてしまうことが悲しくて仕方がないのだ。
ウクイエッタは天真爛漫で賢い子だ。
今のまま育っても悪い方向には向かわないだろう。
しかし聖都へ行って身分が保証されるなら、この世界では得難い人生保証と言えるのではないだろうか。
聡慈は彼らに相応しい助言を考えられない自身を恥じた。
彼らの倍以上生きているのにと。
何の解決策も見出せないままエウリアがウクイエッタを伴い戻った。
重い雰囲気のまま仕事を終えるのは初めてのことかもしれない。
聡慈はエウリアに悲しげに微笑んで店を後にした。
いつもよりエウリアがあれこれ話してくれるのが救いだった。
賢く機微に聡い彼女のことだ、聡慈の落ち込んだ様子を察して気遣ってくれているのだ。
もしこの子と引き離されたら、と考えると胸が痛む。
ナンブットゥたちも同じ気持ちだろう。
「ねえおじいちゃん。リンの調子がね、まだ良くならないの」
そうだ、リンもよく自分を慰めてくれたものだ。
リンが一緒ならエウリアの一人歩きもより安全なのだが。
最近は伏せっていることが多く、助けてやれないのがもどかしい。
「そうだな。早く帰ってリンを見舞ってやろうか」
エウリアの頭をそっと撫で、聡慈は足を早めた。
日が落ちかけ人通りが少なくなっている。
いつもなら感じない不安が胸をざわつかせる。
(空気が粘つく? ――何だこの感覚は。僧たちと鎧の集団、なぜこんなに頭に浮かんでくるのか……)
初めての妙な感覚が気味悪く、エウリアを背負ってでも急いで帰ろうとしたその時。
(む? 眠気に抵抗した!? エウリア!)
毒物を体に取り込んだ時の反応を感じた。
隣のエウリアはうつらうつらとしかけている。
そして
「……っ!?」
聡慈は後頭部にズシンと重い衝撃を感じた。
目の前が暗転し意識が途切れていく。
聡慈とエウリアが崩れ落ちたその周りを、何人もの影が囲んでいた。
目が二人に届かないように周囲を警戒しているようだ。
人影が一塊となって動いて行った跡に、聡慈たちの姿は無くなっていた。




