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巡り求めて  作者: みおま ウス
3/164

3 地獄編-2

 どうやら鬼も人に近い生活様式を持っているらしい。

 男、女、老人、子ども。

 納屋から遠ざかることはできないが、たまに出される僅かの間に観察すると、恐らくここが鬼の集落とでも言うべき場所だということが分かった。


(生活レベルは原始時代に近いだろうか。簡素な柱に、動物の皮か? 藁のような植物を掛けただけの家屋。焼くか煮るだけの食事。布に穴を開けただけのような衣服……馬にも鞍や蹄鉄は付いてなかったな)


 地獄が近現代、未来的でも奇妙かな――


 既に暴力に対する恐怖も薄れ、中途半端に手を抜かれた暴力を受けるだけでは罰にもならないと思い始めた聡慈。

 自分はここでどのように罪を償うべきなのか考えるようになっていた。



 ――こんな高齢の自分が暴力を受け続けても翌日には回復している。その意味の無い繰り返しが罰と言うなら、まあ、仕方ないのかもしれないが、それにしてはあまりにも自由に思考でき、ともすれば逃走すら可能なこの状況。自分で何かを見つけることこそが罪を償う道かもしれない――


 現状に疑問を持ち、できることを模索する。

 そんな聡慈の日々が少し変化する。






 ある日、いつも暴力を振るう鬼が年寄りの鬼の前で何やら小さくなっている。

 まるで叱責されているかのようだ。

 聡慈は見ぬフリをしていたが、その年寄りが聡慈を納屋から引っ張り出した。

 


 連れて行かれたのは青臭さの充満する粗末な小屋。

 石臼が置かれ濁った緑色の染みがあちこちに付いている。


(これは、植物を潰しているのか。薬草か何かだろうか)


 尋ねる言葉を持たない聡慈が道具を見下ろしていると、老鬼は乱暴に聡慈を座らせた。


 聡慈の前には何種類かの植物とそれをばらばらにした葉、根、茎、花といった各部位、その粉末や汁が皿に並べ置かれた。

 それを指し示しながら抑揚に欠けた声で何かを言う老鬼。


(調合せよと言うことだな)


 聡慈は手前にある皿を引き寄せ石臼で挽き始めた。


(う、重い……)


 石臼は重く、思い切り踏ん張りようやく動き出した。


 それを老鬼はただじっと見ている。


 乾燥した植物からできた粉末や、絞り出した汁や絞りカスはそれぞれ別容器に分けて入れた。



 幾つかの植物をそうやって処理をすると、老鬼はその一つを聡慈の口元に差し出した。


(飲め、と言うのか)


 聡慈は一摘み粉末を口にしようとした。

 しかし老鬼は皿の物全てを飲み干せという仕草をする。

 聡慈は思い切って粉末を飲んだ。




 その日の夜、聡慈は激しい腹痛と吐き気に見舞われた。

 止まらぬ発汗に目眩、下痢。

 ここへ来た当初も食あたりを起こしたが、それより遥かに酷い症状だ。

 あの植物粉末によるものに違いない。

 とにかく水分を摂取しなければ。

 聡慈は這いずりながら水瓶に寄り、嘔吐しては水を飲み、やがて倒れるように眠った。






 あれほど苦しんだ聡慈だが、やはり起きると体調は回復している。

 ほっとするような気味が悪いような――

 聡慈は口元から腹までを撫で下ろし溜息を吐いた。



 そんな人心地も納屋に来た老鬼により容易く破られた。


 老鬼は聡慈が回復していることを知ると、戸惑いの気配の後、顔の皺を醜く深めた。

 どうやら喜色を示したようだ。

 しかしすぐに吐瀉物で汚れた聡慈に嫌悪を向け、距離を置き外を指す。

 川で水浴びをしろと言っているらしい。


 老体と言えど裸での水浴びをじっと見られるのは居心地が悪い。

 急かされたわけではないが手早く体を洗い、衣服を絞って川から出た。




 水浴びを終えた聡慈を待っていたのは植物の採集であった。

 昨日見た覚えのある草だ。


(昨日見た根っこは、この藪枯らしのような草のか。こっちのは、水仙と言うかニラと言うか。似たような草花がこちらにもあるのだな)


 田舎暮らしをした十年に草木に興味も出て、またそれなりに詳しくもなっていた。

 採取した草花を、自分の知っている植物の名前で置き換えて一つずつ覚える。


(その辺にいる虫まで食卓で見たことあるのだが……)


 一方、十年経ってもヘボやイナゴなど食用虫にはなかなか馴染めなかったのだが、それはここで諦めの気持ちと共に受け入れた。



 背負い籠に入れた草花を持ち帰る。

 そしてまた石臼挽きを行った。


 その日は草の汁を摂取した。

 しかし何の症状も出ることはなかった。






 草花を採取してはすり潰し、それを自身で飲む日が繰り返される。


 一種類ずつの服用を何サイクルか終え、単品の効果を身を以て確かめた。

 それを終えると今度は二種類、三種類の組み合わせて服用し、更に悪症状が出た後に別のものを服用するということも試された。


(ふう、とりあえずこれで命に関わる飲み合わせも判明したかな)


 呼吸困難を引き起こしたことが最も重篤な症状だっただろうか。

 それは苦しんだが喘ぎ喘いで辛うじて一晩を明かし回復し、他の毒性を見せたものも後遺症が現れる兆候もなく収まっている。

 ある時、また同じものを飲まされようとしたのにはゾッと血の気の引く思いに襲われた。

 しかしまたある時、喉の奥に爽快さを感じたり、体がポカポカ温かくなる感覚を齎す薬があることにも気付かされた。

 気管を拡張する効能や血行を良くする効能があると聡慈は考えた。

 そこで一か八かのつもりで、喉が塞がるようになり呼吸困難になる薬を飲んだ後には、気管を拡張するだろう薬を飲んだ。

 体が震え寒気が止まらない薬には血行を良くするだろう薬を飲んだ。

 それは功を奏した。

 完全には打ち消せなかったが、死ぬほどの苦しみからは遠ざかった。




 それから、何度も同じ薬を飲んでいる内に、薬の効果も薄れているように感じ始めた。

 ほーっ、と長い息を吐き、聡慈は頭を掻いた。


(また私は、こうして無事でいられることに安心を覚えているのか。だが……)


 聡慈は地獄にいながら苦しみから逃れ安堵する心境を浅ましく思うと同時に、これが生前の罪に対する罰と思うことに、どうしようもない違和感を以前に増して感じていた。


(確かに苦痛は多い。しかし何かを食べれば腹は満たされ、眠る時には心地良さを感じる時もある。涼しい風と穏やかな日差しを気持ち良いとも思うし、生前と同じようなものを見つければ嬉しくもなる。それに新たな知識を得ることがこんなにも喜ばしいではないか)


 この環境に幾らか慣れてきたせいか、少しばかり思考に余裕ができたようだ。

 火災に飛び込んだ後のことから振り返って考える。


(思えば死んだこともないのに死後の世界だとか勝手に決めつけていたが、私は本当に死んだのだろうか。或いは覚めない明晰夢の中にいる――いや、胡蝶の夢でもあるまいし。ううむ、もし私が生きたままの状態だとするならば、ここは一体何なのだろうか)


 聡慈は知りたくなった。

 ここはどこなのか。

 自分は生きているのか死んだ後なのか。

 そして……ここの外はどうなっているのか。



 いつしか彼は、妻を亡くした後からたびたび襲われていた記憶の混濁から解放されていた。

 そのことに本人は気づいていない。


 また、彼の心境には前向きな光が差し込んでもきていた。


(ひとまず体力をつけようか。この日々が罰だとしても、体を鍛えることが更なる罪になることはあるまい。ただ一応鬼たちの見ていない所でやることにしよう)


 久しぶりのトレーニングだ。

 ダンベルもバーベルも、フィットネスジムのようなマシーンも無いが体力の落ちている自分には自重で十分だろう。

 聡慈は関節の具合や体の硬さを勘案しながらトレーニングを開始した。

 

 ――若い頃齧っていたボディビルディングのことを少し思い出した。




聡慈は称号を獲得した。【薬師】

聡慈は耐性を獲得した。【毒】【麻痺】

入間聡慈

闘級 1

体力 50

魔力 0

力  10

防御 12

速さ 6

器用 15

精神 15

経験値 -4,390


技能 なし


称号

⚪︎薬師★1


耐性 毒、麻痺


状態 自殺者の呪印、献身者の聖印

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