28 平穏な日々編-7
聡慈が薬屋に勤め始めて一月。
「ソージさん。いつもありがとうございます。これ、お給金です」
一日の勤務を終えて、ナンブットゥとオクアルから恭しく渡されたのは二枚の金貨である。
「これでは少ないかもしれませんが、まだ手持ちに余裕が無かったもので……」
申し訳なさそうに差し出された金貨。
受け取る聡慈は俯き肩を震わせている。
(ま、まさかそこまでショックを受けるなんて! ど、どうしよう)
(落ち着いてあなた! ちゃんと説明すれば分かってくれるはずよ! 紳士な方なんだから!)
金額の少なさを働きに対する評価と解釈し怒っているのではないか。
夫妻は聡慈の内心を推し量り恐々としている。
「ソ、ソージさんのお陰でお客さんも増えたんで! 次からはちゃんと見合ったお給金を払えると思いますから、ね!」
「え?
聡慈は目に涙を溜めていた。
泣くのを堪えていたのだ。
ナンブットゥたちの胸を締め付けるような感傷を呼び起こす顔だった。
「あ、いいえ、賃金が少ないなどと思ってなどいませんよ。嬉しかったんです」
「嬉しかった?」
意外な答えだ。
だが確かに怒りにも悲しみにも思えない。
「ええ。労働してその対価を得る。当然の営みだと思いますが私には懐かしく……思わずジーンときてしまいました」
そう言った聡慈はもう涙を引っ込め、照れたように笑顔を見せた。
聡慈が店を出た後、ナンブットゥは己を恥じた。
「労働した対価、かぁ。ソージさんの働きに対する価値としてあの給金は低いよなぁ……」
「私も反省したわ、あなた。人を雇うのに、私たちはその意識が低かったのね。思い知らされちゃった」
夫妻は語り合う。
経営するということの難しさや増えてきた客への対応、それにこれからの夢、等々。
「でもやっぱりソージさんって不思議よね?」
「そうそう。お金に困っていたとはとても思えないんだけどね」
「下々の者たちみたいに汗水働いてお金を稼ぐことに感動したとか?」
「でも、なんか胸を打つ姿だったよ」
「そうね。私もウルッて来そうになっちゃったもの」
「よし! 明日からまた頑張るぞ!」
妻のお腹に語りかけるようにナンブットゥは張り切った声を上げた。
「私もあまり動けない分、勉強しなきゃ!」
オクアルも夫の手に自分の手を重ねた後、ぐっと拳を握って自らを鼓舞した。
二人は手を取り合って自分たちの成長を誓うのであった。
(一月の宿代百二十銀、エウリアの分をドラさんと折半しても百五十銀、五十銀余るな)
貰った給料で自分の最低限の生活費を賄えることを計算した一安心だ。
(何か買って帰るかな)
先々を考えると、少しでも蓄えねばならないのだろうが――今日ぐらいはエウリアとミルドラモンにお土産を買って帰ろう。
聡慈は何を買うか、エウリアたちの顔を思い浮かべ考え歩いた。
「ただいま」
「おかえりなさ〜い」
我が家の如く宿を歩き回っていたエウリアが真っ先に聡慈の帰宅に気づき、トテトテと駆け寄って来た。
「ただいまエウリア。いい子にしてたかい?」
「うん!」
「そうかそうか。じゃあ今日はいつもいい子にしてるエウリアにお土産があるんだ」
「おみやげ?」
聡慈は脇に抱えた画板を置き、鞄から炭ペンのような物を出した。
「なぁにこれ?」
「これはな……」
画板に布を取り付けペンを傍らに置く。
「書けるの?」
察しの良いエウリアは目を輝かせた。
「そうだよ。布はこの粘土を転がしたり、ちょっと水で濯げばすぐ綺麗になるからな。お絵描きしてもいいし、字のお勉強してもいいぞ」
幾つか買った洗い替えの布も合わせて出してエウリアに渡した。
「ありがとうおじいちゃん!」
脚にしがみついたエウリアを抱え上げ聡慈は二階へと上がった。
「おかえりソーさん。おやエウリア、それはどうしたんじゃね?」
部屋で寛いでいたミルドラモンが、嬉しそうなエウリアに尋ねた。
「ソージおじいちゃんに貰ったの!」
「そうか。今日が初の給料日じゃったか……ソーさんいつもご苦労様じゃ」
ミルドラモンに頭を下げられ、聡慈は先程涙を浮かべたことを思い出し照れた。
「いや、いつもドラさんに世話になっていて申し訳なく思っていたよ。これからは自分の宿代ぐらいは何とかなりそうだ。あとこれ、ドラさんに」
差し出したのは一本の酒瓶と干した果実など。
嗜む程度に飲酒するミルドラモンに買った土産である。
「酒とおつまみ、かの?」
「いや、これは酒に入れて風味を変えるためのものだよ。たまにはいいかと思ってね」
「ほう。なら食堂から戻った後、二人で部屋で楽しむとするかの」
この宿の主人たちが、ここを酒場となるのを嫌がっていることを知っている聡慈は、ミルドラモンの部屋飲み案に賛成した。
もちろんエウリアが寝静まった後のことである。
その晩、部屋の中で自分を労う杯を干し、久々の心地良いほろ酔いを聡慈は感じたのであった。
気持ち新たに翌日の勤務。
次の課題、オクアルをリラックスさせる良い方法はあるか。
薬屋の業務と一見関係無さそうだが、実は関係ありなのだ。
命の水や魔力の水を作る際の魔力を注ぐ工程で、ナンブットゥが集中を乱していた。
そんな中、薬の効果が低い物があると分かった。
今までより薬の効果にバラつきがあることは、よりにもよって客からの指摘によって発覚してしまった。
図らずも判明した注入魔力と薬効の関係であるが、これは何とかせねばならない。
つまりオクアルの妊娠中環境を良くすることはナンブットゥの集中を高め、薬の品質を保つことに繋がるのである。
(ん? 不安なナンブットゥさんからは黒と白の魔力も落ち着かない感じで出てないか?)
聡慈は製薬を観察している時にふと気がついた。
白や黒の魔力をコントロールして出しているはずだが、これはどういうことだろうか。
「ナンブットゥさん。魔力が乱れてますよ。ほら、深呼吸して。奥さんのお腹にでもほら、手を置いてごらんなさい」
ナンブットゥは言われる通り妻のお腹に手を当てる。
まだ胎動は感じられないが、穏やかな気持ちを持つことができた。
(白い魔力が多い。では……)
しばらく様子を見た聡慈は次にナンブットゥに頼み、色々な想像をしながら魔力を放出してもらったり、また単に白い魔力ばかり、或いは黒い魔力ばかりを放出してもらったりした。
「ナンブットゥさん、お尋ねしたいことが」
「はい、何でしょう?」
「黒い魔力を出している時は、不安や恐怖を抱いたり攻撃的な気持ちになってはないですか。反対に白い魔力を出そうとしている時は、穏やかな気持ちになったり安心や希望を感じたりしてないですか?」
「――あ、はい。良く分かりましたね。確かに魔力の水を作る時みたいな魔力を出す時は、ちょっと興奮と言うか、高揚した気分になっていたかも。命の水を作るように魔力を出すと、優しいような、ほっとするような気分だったと思います。」
ナンブットゥは胸に手を当てて考え、そう答えた。
「なるほど。では……」
聡慈は提案する。
「命の水を作る時に奥さんに魔力を注いでいただいてもよろしいでしょうか」
「えっ……それはちょっと、命の水や魔力の水は僕しか作ったことがないしどうなんでしょう……」
「もちろんナンブットゥさんが補助を。奥さんに寄り添って、無理をさせないように優しく気遣いながらです」
不安そうなナンブットゥに無理強いはできない。
あまり嫌がるようならこの考えは破棄せねばなるまい。
「私、やってみます」
答えを待つ聡慈に言ったのはオクアルだった。
「ね、あなた。あなたが見ててくれれば私は大丈夫だから。やってみましょう」
「――オクアル……うん、分かったよ。聡慈さん、僕たちやってみます」
ナンブットゥも決意した。
聡慈は頷いて、二人が起こす現象を見逃すまいと深呼吸した。
聡慈の【被虐者】進度が低減された。
入間聡慈
闘級 1
体力 54
魔力 0
力 12
防御 14
速さ 9
器用 17
精神 17
経験値 -3,250
技能
⚪︎魔言語★5
⚪︎魔視★5
⚪︎自然回復上昇・小
⚪︎見抜く
⚪︎反撃
称号
⚪︎薬師★3
⚪︎被虐者★3 →(低減)★2
⚪︎轡取り★5
⚪︎伯楽★5
⚪︎不屈漢★5
⚪︎狩猟者★1
⚪︎逃亡者★2
⚪︎魔具職人★2
⚪︎見習い剣士★3
⚪︎見習い魔法士★3
耐性 毒、麻痺、睡眠、混乱、吸収
状態 自殺者の呪印、献身者の聖印




