27 平穏な日々編-6
「おじいちゃ〜ん、おじいちゃ〜ん」
スンスンと泣きながら、エウリアが出勤する聡慈を見送る。
「さ、行ってらっしゃいじゃぞ。にっこりバイバイした方がおじいちゃんも嬉しいぞい」「エウリアちゃん、お姉ちゃんと一緒に遊ぼ。おいでよ」
ミルドラモンとシャジエが宥めている。
「行ってきます。ドラさん、シャジエ、よろしく頼むよ」
聡慈は後ろ髪を引かれる思いで手を振り宿を出た。
日暮れには戻って来ると何度言っても、もう会えないと思うのか、捨てられたと思うのか、エウリアは聡慈の出勤時に泣くようになった。
ただしばらくすると泣き止み、楽しそうに遊び始めると言うので、子どもの気持ちとは一体どのようなものなのだろうか。
不思議なものである。
エウリアは宿の家族にも慣れて、特にシャジエは可愛がってくれるのでよく懐いているらしい。
また、リンの世話の他、宿の手伝いをするシャジエについて行き、自分も何か手伝うと食堂を歩いているそうだ。
お客さんだからやめてくれとナムフェイやフィネは言う。
だが実はエウリアとシャジエが愛らしいと評判になり食堂の利用者が増えていて、ナムフェイたちが止めるのも形だけのようなものである。
まだ就業体験にはさすがに早いが、宿側が許すならもっと手伝わせてもらいたい。
聡慈とミルドラモンはエウリアの成長を感じつつ、そんな話もしていた。
なにはともあれそんな可愛い姿を見せられると、今日も頑張ろうと思うから子どもは偉大である。
薬屋に勤めはじめて十日、聡慈は穏やかだが弾むような気持ちで店に入った。
「こんにちは」
「いらっしゃいませ。お子様の調子はいかがですか?」
「あら、覚えててくれたんですか? 嬉しいです」
来店したのは以前子どもの腹痛用の薬を求めて来た婦人だ。
「おかげさまで子どもはすぐ良くなりました」
「それは良かった」
聡慈が微笑むと婦人は恥ずかしがるように頬を染めた。
「あ、そ、それでですね。子どもがあんまり早く治るものだから家族に薬屋さんのことを話したら、うちの母が『大した薬屋がおるんじゃなあ。アタシの冷え症と脚のむくみは何とかなるじゃろか?』って言って……あの、そういうお薬ありますか?」
「ふむ、なるほど。ではこれはいかがでしょうか」
聡慈が用意したのは一枚の葉と薬草粉だった。
小さく切った葉を自分の手の甲に置き、その上に薬草粉を盛る。
それに火を着けて葉の上で燃え尽きるのを待った。
「お灸と言ってこのように使います。血行が良くなるし、薬効は煙を吸うことで自然と得られますよ」
聡慈は実演して見せ、その効果を説明した。
「でも何だか怖いわ。熱そうですもの」
「熱そうですよね。でもこの葉を敷いておけばジワリと温かい程度ですよ。もし葉から溢れ落ちたとしても火傷を負う程ではありません。一度試してみませんか?」
聡慈が微笑んで手を差し出すと、婦人は赤くなってそっと手を出した。
葉の上の薬草粉に火が灯る。
「あ……じんわりと気持ちいいです」
恐る恐るだった婦人の顔が綻んだ。
「それにいい香り」
「ええ、そうやってリラックスしていただくことが大事なんです。肩や腰、脚のふくらはぎなど、気になる所に据えると良いですよ」
「はい。母も気に入ってくれそうです。これくださいな」
「ありがとうございます」
婦人は笑顔で「また来ますね」と店を出た。
聡慈は笑顔で婦人を見送りながら、久しぶりにミルドラモンにお灸を施してやろうかと考えていた。
同じ日、来店した人の一人に、以前の酔って頭痛を訴えた男がいた。
「ようおっちゃん、また来たぜ」
「こんにちは。その後頭痛はいかがですか?」
そう返された男は苦笑を漏らした。
「おいおい、今日はシラフだせ俺は」
「ええ。あれからもし頭痛がお酒のせいでないのなら、と気になっていたんです」
「どういうことだい?」
寛ぐようにカウンターに腰掛けた男にお茶を出してやり、聡慈は説明する。
「はい。激しい頭痛は脳の血管が詰まったり破れたりしている時があるらしいので。大丈夫かと心配だったんです」
男は眉を顰めて「おいおい、そう言やあ俺っちの親方の親父さんが、頭いてえ頭いてえっつってたと思ったら急にぽっくり逝っちまったことあったけどよ……」
ぶるりと体を震わせる。
「こええこと言ってくれるなよおっちゃん」
「シラフの時、立っていられなくなるぐらいの頭痛は無かったですか? 言葉が出なくなったり呂律が回らなくなったことは? 手足の痺れを感じたことは? 突然息苦しくなったり気を失ったことは? 片目が見えなくなったことは?」
聡慈は真剣な顔で男に迫った。
「え、おお。だ、大丈夫だ……と思う」
「本当ですか?」
「ああ。一つずつ考えたけど大丈夫だよ、うん大丈夫だ」
「それは良かったです」
聡慈はようやく表情を緩めた。
「おっちゃん……やっぱあんたいい人だな。――よし! 気に入ったぜ! この店俺っちの行きつけってやつにするわ!」
「え?」
「連れにも紹介してやっからよ、頑張ってくれよおっちゃん!」
またな、ごっそさん、と男は元気良く出て行った。
(行きつけの店って……喫茶店じゃないんだが)
何が何やら。
聡慈は肩を竦めてクスリと笑った。
また数日後。
「こんにちは」
「いらっしゃいませ。メグムイさん」
来店したのは先日お灸を買った婦人だ。
「名前、覚えててくれたんですね」
照れたように笑い頭を下げた。
「今日はどうされましたか?」
「えと、今日は……あ、お顔に草の汁が……」
「え? ああ! これは失礼」
草葉を磨り下ろす作業中だった聡慈は慌ててハンカチで顔を拭った。
「ソージさんでも慌てることがあるんですね」
クスクスとメグムイが笑っている。
「いやお恥ずかしいところを――コホン、お灸の効果はいかがでしたか?」
何の用か尋ねていたことも忘れ聡慈は照れ隠しの質問を投げた。
「あ! とても良かったそうですよ! また買って来てくれって言われました! それでですね、近所でも評判になって、『なら私が買って来てあげようか』ってなったんです!」
(店にとって良いことなのに、我がことのように喜んでくれて……)
嬉しそうなメグムイを見て聡慈は思った。
(この人もいい人だな)
自然と笑顔になる。
だが
「気に入っていただけて嬉しいです。しかし人それぞれ同じ症状ではないでしょうから、できれば直接お話を伺いたいところではありますが……」
水を差すようで申し訳ないが、偽らざる気持ちである。
「あ……そうですよね……」
シュンと落ち込むメグムイに心が痛む。
「その、お気持ちはとても心に染みました。メグムイさんならいつでも歓迎いたします。作業が空いている時なら、薬草のお話でよろしければいたしますよ」
メグムイはパァっと顔を明るくした。
やんわりと拒否されたわけではないことが分かったのだ。
「わぁ、聞きたいです!」
楽しそうに店を出るメグムイは何も買わなかったが、聡慈は何も言わずに笑顔で見送った。
そしてあらかじめお灸などいくつか揃えておき、顔を赤くして戻って来た彼女にお茶を出し、それらの薬草を差し出した。
「最近お客さんが増えましたよね。特にあのお二人、よく来ていただいてる……」
「メグムイさんとマッスォさんですか」
「そうそう、おっちょこちょいのメグムイさんに、俺っちのマッスォさんでしたね」
「ちょっとあなた……」
「あはは、まあユニークなお二人ですよね。あのお二人があちこちに紹介してくださったんですよ」
閉店前の片付け。
聡慈、ナンブットゥ、オクアルの三人は談笑している。
「聡慈さんのファンの二人ですよね。聡慈さんのおかげさまで店も繁盛して、ありがたいことです」
「僕も負けませんよ! 生まれて来る子どものためにも頑張ります!」
「そんな。お店がいいんですよ。でも期待を裏切らないように頑張ります」
まだやらねばならない命の水と魔力の水の実験、それにオクアルをリラックスさせる方法を考えること。
聡慈は上手くいっている現状に甘えないように気を引き締めた。




