26 平穏な日々編-5
聡慈が自分の質問を撤回すべきなのか迷っていると。
「すいません、実は私も薬草のことについては曖昧なところがあるんです……」
ナンブットゥは落ち込んだ風に言った。
彼は薬草を祖母任せにしていた面があり、妻のオクアルもまだ店を手伝い始めてから日が浅く、薬草を採取して乾燥させながらも拭いきれぬ違和感があったそうだ。
「そういうことでしたか」
聡慈は胸を撫で下ろした。
「もしかしたら常識外れのことを言ったかもしれないと心配しましたが、良かったです」
彼は柔らかい笑みをナンブットゥに向ける。
「では次は私の知ってる限りの良い方法で採取しようと思いますので、一度比べてみていただけますか?」
「ぜひお願いします! ……ところで魔力のことはどういう意味だったのでしょうか? 一定ではないと言われていたと思うのですが」
薬草に関しては納得してナンブットゥだが、自身が注いだ魔力に関しては自覚がないようだ。
聡慈は黒い魔力と白い魔力のことを伝えた。
「黒魔力と白魔力の割合ですか……ソージさんはもしかして魔眼を持ってらっしゃいますか?」
ナンブットゥは首を傾げて聞いてくる。
「いいえ、魔眼ではないそうです。粒子状の魔力が見えるコレは、賢……は、博識な知人が言うには技能と言うものらしいです。」
聡慈はミルドラモンのことを賢者と言いかけて慌てて言い換えた。
「おお、そんな技能があるんですね! しかし……いや、何でもありません」
ナンブットゥは思った。
(もしやこの人は凄い魔法士様とか、そんな感じでは? 例えば王国お抱えとか魔法院の学者さん……隠居して目立たない生活をしたいとか? 常識に疎いのも庶民とは生活が違うから……うん、言葉遣いや物腰も上流階級っぽいもんな)
彼は聡慈が上流階級の暮らしに疲れて下町に来た人だと推理した。
華やかな暮らしに飽きて田舎暮らしを望む人がいるのを彼は知っている。
やはりあまりあれこれ追及せず自然体で接してあげよう。
そう考えるほどには彼は善良で心優しかった。
それはさておき一薬屋の主人として、品質にバラつきがあるかもしれないのはいただけない。
今までクレームがつけられたことが無いので品質に差は無い可能性もある。
しかし人の身体のこと故、その日の体調や傷の深さ、疲労の度合いで薬の効果が劣ったものでも気づかれていないだけかもしれない。
ナンブットゥは真面目に考え込む。
「僕は薬屋として未熟だったようです……ソージさん、これから仕事の合間に色々と実験しようと思いますが、手伝っていただけますか?」
そして彼は聡慈に向かって頭を下げた。
「頭を上げてください。当然じゃないですか、私はこちらの従業員ですから」
聡慈はナンブットゥの仕事に対する姿勢に好感を持った。
また、魔力を使えないが自分の能力が人の役に立ちそうなことも嬉しかった。
こうして二人は通常業務の傍ら、薬の品質調査と改善に取り組み始めたのであった。
「いらっしゃいませ」
「あら? お店間違えたかしら?」
「ナンブットゥさんのお店ですよ。私は新しく雇われた従業員です。何かお求めですか?」
「あら、おほほ……そうでしたの。ええと、では子ども用の腹痛の薬をくださいな」
「はい。いくつかあるので選ぶために質問してよろしいですか?」
「え? あ、そうなのかしら? それはいいですけど……」
来店した三十代前半の婦人は今までにない対応に戸惑いを見せた。
今までは「この症状ならこの薬」というようにすっぱりと渡されたものだった。
それが新しい店員と名乗る老紳士は、傷病者の年齢や症状、容態を細かく聞いてくる。
その態度が親身だったので尋ねられるまま細かく話したが、いつものように薬草を煎じて飲めと言われるだけではないかなと無駄なやり取りに思わないでもない。
ところが
「なるほど。では二種類処方いたしましょう」
「えっ?」
「こちらは消化を助ける薬です。食前に水で煎じて飲んでください。こちらが排便を促す薬です。食後にやはり水で飲んでください。間違えるといけないので簡単に書いておきますね」
「あ、は、はい」
婦人は立板に水をかけるような説明と、伸びた背筋でスラスラと字を書く聡慈の様子に、町の荒くれに無いスマートさを感じ見惚れていた。
そして笑顔で薬を渡されるとドギマギしてしまい、固い笑顔を返し店を出た。
また別の客の話。
「説明とかいいからよぉ! 頭痛に効く薬くれっつってんだろ!」
顔を赤くした酒臭い男が頭を押さえて店内で怒鳴る。
「いつもは感じない頭痛ですか? 頭を打ったりしたことは? 意識を失ったことはありますか? 立っていられないぐらいの痛みを感じたことは?」
「今まさにそんな感じだよ! 飲み過ぎたんだっての!!」
動じない聡慈に男が吐きそうになりながら口を押さえ頭を抱えた。
「はい、ゆっくり腰掛けて。お水とこの薬を飲んでください」
「あ? んぐ……」
「はい、深呼吸して」
男は聡慈に背中をさすられながら言われるままに呼吸を整えた。
「お? あ……」
そして俯いていた顔を上げ立ち上がった。
「あ、ありがとな。大分楽になったぜ。怒鳴って悪かった」
「いえ、酒精の作用を和らげる薬と吐き気止めです。効いて良かったです」
聡慈が笑顔で言うと、男は照れ隠しするように財布を探り、金を払って店を出た。
聡慈は酒に隠れて脳血管の病気などでないか心配だったが、ひとまずは良くなったようで良かったと安心した。
(今度また来店したら酔ってない時のことも聞いた方がいいかもな)
彼は男の顔をしっかりと覚えておくことにした。
四日に一度は薬草となる草葉の採取だ。
ナンブットゥの妻オクアルが散歩がてらにと採取場所を案内する。
「ソージさんそれは?」
聡慈が肩に掛けた小さな鞄からはチャプチャプと水の音が聞こえる。
「これですか。摘んだらすぐに水に晒した方がいい葉があるんで、それように水を入れてきたんですよ」
聡慈はオクアルの疑問に答え、更に持って来た他の道具も披露した。
スコップ、ハサミ、先端が二股に分かれたマイナスドライバーのような道具、布束、紐等々。
採取場所までの道すがら、彼はそれら道具の用途をオクアルに説明した。
「ちゃんとした取り方や保管の仕方があるんですね。今まで適当に取っていた物をお客さんに出していたなんて、恥ずかしいわ」
オクアルは困った顔をみせた。
彼女も夫と同じ人の良さが滲み出ている。
似た者夫婦に微笑ましい気持ちになる聡慈。
聡慈はしみじみと思う。
(良い所に勤めることができて良かった。幸運に感謝だな)
植物採取をしている間も聡慈とオクアルは雑談を交わした。
彼女が一番気にしていることはやはりお腹の子どものこと。
まだ安定期にも入ってない様子なので、妊娠初期の流産が多いことを知っている聡慈はあまり囃し立てたくはないと思っている。
しかし両親を既に亡くしている彼女に、そういうことを伝えられる者はいない。
聡慈は彼女が気分が高揚し過ぎないで、かつ不安にも陥らないように気を遣いながら話す。
「緊張をほぐして寛ぐ、ですかぁ。でもどんな方法がありますかねぇ?」
「私の故郷では音楽を聴くことが流行ったことがありましたよ。お腹の子の教育に良いとか言われていたこともあります。実際にはお腹の子には明確な音楽は聞こえおらず、母親の落ち着いた心境がお腹の子にも良いということらしいです」
「う〜ん私、歌下手ですし自分で嫌になっちゃうかもしれないです。何かないかなぁ」
腕を組むオクアルに聡慈は微笑して言う。
「はは、これで悩んだら本末転倒ですよ。今はしっかり栄養をとって体に無理が無いよう程良く運動することです」
「えへへ、そうですね」
少し硬い、真面目な印象のオクアルだったが、一日で結構くだけた態度も見せてくれるようになった。
可愛らしさのある人だ。
夫と幸せに過ごしてほしいと自然と思わせる。
聡慈は彼女たち夫婦のために力を尽くそうと優しく思った。




