25 平穏な日々編-4
「仕事が決まったよ」
夕食を終え部屋に戻った後、聡慈は今日のことを話した。
「しごと?」
エウリアは首を傾げている。
「そう、この宿の人、ナムフェイさんとフィネさんも仕事しているだろ?」
「シャジエお姉ちゃんのお父さんとお母さん?」
「ああ、そうだ。ご飯を作ったり、宿を掃除して私たちからお金を受け取っている。そのお金で自分たちのご飯や服を買っているんだよ」
聡慈が説明するとミルドラモンは貨幣を見せた。
銅、銀、それに金の貨幣。
「これを食べ物や服と交換するんじゃ。買い物と言うやつじゃな」
「ふう〜ん?」
エウリアはなかなかイメージできないようだ。
ミルドラモンは二度頷いてエウリアに微笑みかけた。
「明日にでもジィジと買い物に行こうかの。可愛い服や髪飾りでも見るのは楽しいじゃろ」
「可愛いの? やったぁ」
「可愛い」と言う時の親代わりの二人は笑顔でとても嬉しそうにする。
エウリアにとって可愛いということは、聡慈もミルドラモンも笑顔になる喜ばしいことなのだ。
明日ミルドラモンが笑顔になる。
エウリアはウキウキそわそわとし始めた。
ミルドラモンは笑顔で彼女を見やり話を続ける。
「して、随分早く見つかったもんじゃの。何処で何をすることになったんじゃ?」
「薬屋なんだよ。雇われることになったのは偶然もあるんだが……」
聡慈は今日起きたことを話した。
エウリアは一生懸命に耳を傾けている。
「おじいちゃんのお仕事は草を探すの? エウリアも手伝ってあげる!」
「ははは、そうだな。休みの時には一緒に探しに行こうか。その時は手伝っておくれ」
「うん!」
和やかに夜は過ぎて行く。
聡慈は作ったことのある数多の薬草を思い出しながら、明日からの仕事への心の準備を整えた。
宿を出る時にエウリアが泣いてしまうのではないかと思っていたが、そんなこともなかった。
それはそれで少し物足りなく思いながら聡慈は出勤した。
薬屋自体は毎日開いているが、聡慈は四日の内三日は薬屋に行き、一日は薬草となる植物の採取に行くことになっている。
初日の今日は店への出勤日だ。
「おはようございます。今日からよろしくお願いします」
「おはようございますソージさん。こちらこそよろしくお願いします」
簡単な挨拶の後はまだ開店前の店内を案内され見て回ることになった。
「あそこが薬草たちを乾燥させておく場所で、あれは挽いた薬草粉を保管しておく壺。ここは僕の作業場、ソージさんの作業場はこちらです」
庇屋根の下で網の上に置かれた草葉を見て聡慈は怪訝に思う。
根が大事なのに殆ど切れてしまっている草や、逆に根を取った方が良いのにしっかり残っている草。
乾燥させず潰して粘り気を出して使った方が良い葉もある。
しかしまだこの後魔力を使った工程とやらを経るはずだ。
未発達な文化の下で得た知識で口を出す前にここのやり方を見よう。
まだ始まったばかりなのだから、と思い聡慈は注意深く観察することに留めることにした。
薬草を保管する小さな壺の他に、腰程の高さの甕も二つある。
半円形の木の板を二枚合わせて蓋にしており、一つの甕には青野菜をミキサーでかけたようなドロリとした緑色の液体が、もう一つには濁った青色の液体がそれぞれ三分の一程入っていた。
「ソージさんは初めて見るのでしたよね? この緑色の液体が命の水、こちらの青色の液体が魔力の水です」
昨日のこと。
魔力を使う工程とは何かと尋ねた聡慈にナンブットゥは一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐに「明日説明しましょう」と言ってくれた。
聡慈の年齢で仕事を探していることと言い、何かと理由があるのだと察したらしい。
「命の水、魔力の水」
「命の水は傷を癒し、失われた体力を回復させます。魔力の水は文字通り魔力を回復させます。命の水は直接傷に付けてもいいですし、飲んでも治癒を促進させる効果があります。魔力の水は飲用のみです」
聡慈の様子を見て彼がこれらの液体を知らないと察したナンブットゥは、初めての客に対するように説明した。
「少し味見してみますか?」
「う、そうですね……お願いします」
あまり美味しそうではない。
しかも一つは健康に良さそうな色にも見えない。
だが売る限りはそれぐらい知らねばならないだろう。
差し出されたスプーンに聡慈は掌を出した。
「苦っ!」
「うぇっ!」
「あはは。そうですよね。こんな苦くて不味いもの飲みたくないものです。でもこの辺りのご家庭には命の水を常備されている所も多いですよ。危険な仕事をされている方からの需要も多いです」
効果の程は分からないが、飲んで体力を回復したり傷を治すとは。
魔力はやはり便利なものだ。
聡慈は涙目を押さえながらも感心した。
一通り案内を受け終えた聡慈は次にナンブットゥの薬の精製を見せてもらっている。
「うちは代々薬を作る魔力に適性がありましてね。僕も最短で資格を取ってからもう三年のベテランですよ」
「ちょっとあなた、三年でベテランなんて言ってたら笑われてしまいますよ」
くすくすと笑いながらナンブットゥの妻オクアルが顔を覗かせた。
「こんにちは奥さん。今日からお世話になります」
「ええ。ソージさんよろしくお願いします。主人はおしゃべりしながらじゃないと集中できないので、薬を作りながらよく話しかけてきますけど適当に聞き流して下さって構いませんからね」
おほほ、と口元に手を当てオクアルは冗談ぽく笑った。
ナンブットゥは否定できないのか微苦笑して頭を掻いた。
仲の良い夫妻に緊張も程良く解けた聡慈は、ナンブットゥの製薬を注視する。
魔力を込めながら水を煮て、蒸留装置を通して純水を得る。
その純水と薬草を混ぜ、やはり魔力を込めながらかき混ぜグツグツと煮る――その姿はさながら物語の魔女である――。
数種類の薬草を少量ずつ加えながら魔力を込めかき混ぜ煮る。
手順が決まっており中々時間がかかるもののようだ。
一時間程でできたのは約百五十ミリリットル、五人分。
自分で作った魔力の水で魔力を補充し一日作業してできるのは、命の水約二十人分、魔力の水約十五人分である。
ちょうどそれぐらい売れるので過不足無いが、災害など有事に備えてコツコツと大甕に注いで増やしているらしい。
(なるほど。魔力の工程を除けば命の水は傷口に塗布する薬草と疲労感を和らげる薬草だな。魔力の水は特に何の効果も無いと思っていた植物だったが……それにしても)
聡慈は薬草の有り様に続いてここでも気になることができてしまった。
ナンブットゥが魔力を注いでいたところ、のことだ。
命の水の時には白い魔力が多く、魔力の水の時には黒い魔力が多いことが分かった。
しかし魔力の注ぎ方にムラがあるではないか。
命の水でも白い魔力の割合が七の時もあれば八の時もあるという具合にである。
とにかく聡慈は気になりながらもナンブットゥの説明が終わるまでは口を挟まず大人しく聞くことにした。
「なるほど。命の水や魔力の水以外にも需要はあるのですね」
「ええ、血止めの薬草や、風邪薬なんかもありますよ。幅広い層に需要があるのはむしろそう言った薬草ですかね。命の水は即効性があって効果も高いですが、その分値が張りますから」
「そうなんですね。ところで……」
ナンブットゥによる説明が終わった。
最後に魔力を注いで作る薬以外の需要を聞き、聡慈は気になっていたことを尋ねることにした。
「干していた草葉の処理が少々乱れているものがあるようですが、品質にバラつきは出ていませんか?」
「え?」
「それに、命の水や魔力の水も、魔力の注ぎ方が一定でないように見受けられましたが、効果はいつも同じなのでしょうか?」「え?」
ナンブットゥは聡慈の指摘と質問に目を白黒させるばかりである。
(的外れな指摘だったのだろうか?)
ナンブットゥの唖然とした表情。
聡慈はこの世界の常識からあり得ないことでも質問してしまったのかと、言葉を続けることを迷うのであった。




