24 平穏な日々編-3
いつまでも宿に居られるとは限らない。
聡慈は町に慣れるのと、空き物件などが無いか探しに行くと言い外出した。
だが外出の理由のメインは職探しである。
今彼は町で人々がどのような仕事をしているのか見て歩いている。
(まさかこの歳で仕事を求め彷徨い歩くとは……)
どことなく周囲の視線が冷笑を帯びているように感じる。
実際は誰も彼など気にも留めず、何か思ったとしても老人の散歩ぐらいにしか思っていないのだが。
聡慈は現役時代に何度か襲われた不況時代を思い出し、人員削減の名目で会社から投げ出された人たちに思いを馳せた。
港を整備しているのか、男たちが瓦礫を載せた台車を押し歩いている。
魔法のあるこの世界で、身につけた技能などは思い当たらない。
力仕事ぐらいしかないかと思い、現場監督らしき男に声をかけた。
「お仕事中すいません」
「ん? 何か用かいおじいさん?」
男は作業員たちから目を離さず、横目で聡慈を見るように応じた。
「作業員の募集など無いでしょうか。仕事を探しているのですが」
「誰だい? 他人に仕事を探させるなんて……あんたの息子かい? だったら連れて来なよ。気合い入れてやるからよ」
男は憐みの目を聡慈に向け、力こぶを作って見せた。
「いやいや、私です。仕事を探しているのは。私にできる仕事はありますか?」
勘違いさせてしまったようだ。
聡慈は慌てて間違いを正して頼み直した。
「は? はあ!? おいおい、歳を考えなきゃダメだよおじいさん。アイツら見てみな。みんな二十代だよ。まああんたが闘級高くてすげえ力持ちってんなら分からんではないがさ。それならこんな所じゃなくてもうちっといい働き口があるだろうさ。それとも、からかってんなら帰ってくれ」
男は最後の方では呆れた口調になり、それきり聡慈の方に目を合わせなくなった。
その闘級の恩恵だろうか。
作業員たちもよく見ると何十キロもありそうな資材を一人で持ち上げている者もいる。
自分ではそれなりに体力がついてきのではないかと思っていた聡慈だが、土嚢袋一つ持てる程度では働きにならなそうだ。
聡慈は謝罪してその場を去った。
その後も雑貨屋を覗いたり、飲食店を覗いたりしながら町を歩いたが、何処も聡慈を雇いたいと言う所は無かった。
やはり問題は年齢、それに世間への不慣れである。
彼の物腰や知性ならばどこぞの家令をしていると言っても信じられそうなものだ。
しかし彼が何かを取り仕切ったり交渉したり、もしくは案内するような立場になるにはこの世界の常識をまだ知らな過ぎる。
彼は挫けそうになる心を自覚し、空を見上げ深呼吸した。
かなり酷いことを言う店もあったが、自分が常識を知らないことは納得できることでもある。
知らなければ学べば良いではないか。
金銭的にミルドラモンに世話になる期間が長くなるかもしれないが、期限を定めて無制限に甘えないようにしよう。
落ち込みかける心を奮い立たせたその時、彼の鼻腔を青臭いよく慣れた臭いがくすぐった。
(これは……あの店からか)
古びた二階建ての家屋に見えるが、玄関前にはフラスコと壺のような絵が描かれた看板が掲げられている。
吸い込まれるように聡慈はその店舗に入って行った。
(ああ、やはりこれは)
夏の時期に何処からともなく流れて来る草葉の香りを何倍にも濃縮したような、思わず顔を顰めてしまう程の臭気。
散々磨り下ろした薬草の臭いである。
店内はカウンターで店の手前と奥が分断され、奥の方には布で口を閉じた幾つもの壺が整然と並べられている。
じっくり観察する間もなく奥から人が出てきた。
「いらっしゃいませ、何をお求めですか?」
線の細い男性だ。
まだ二十代前半だろう。
緑色の髪を後ろに流して一つに束ねており、前掛けは濁った緑色の染みが点々と付いている。
「こんにちは。いえ、初めて入ったのですが、ここは薬屋ですか?」
聡慈の質問に男性は首を傾げる。
「おや? 看板を見られませんでしたか? ……う〜ん、ちょっと汚れ過ぎていたかな……」
男性は気まずそうに頭を掻いた。
「ああ、失礼。見落としてしまったようです。実は薬草の香りを感じたものですから気になって。良く見ずに入ってしまいました」
聡慈がそう言うと、奥から一人の女性がクスクスと笑いを忍ぶようにして出て来た。
「ふふ、薬草の香りだなんて……キツくて鼻をつまんだまま薬を買っていく方も見えるんですのに。面白い方ですね」
男性と同じように細身の人だ。
青白い顔色が気になるが、やつれているのとは少し違うように思える。
「そうだね。お客さんは薬草にお詳しいので?」
男性は女性に優しく微笑みかけて、聡慈に向き直り尋ねた。
「え? ええ、詳しいかどうかは何とも言えませんが、あれこれ草花を採取しては薬草を挽いていた時期があったものですから」
「え、え、あの、どれぐらい詳しいのでしょう!? どんな薬草を挽けますか!?」
「ちょっとあなた、初対面の方に……」
詳しいとは言っていないのに――男性は食いつくようにカウンターに身を乗り出し聡慈に顔を近づけた。
「え? ううむ、何を答えればいいのでしょうか……そうですね、私の故郷の呼び名と植物の名が違うと思うので説明が難しいですが……」
聡慈はそう前置きをして説明を始めた。
「これ、どこにでも生えている草ですよね」
聡慈が指したのは庭先に生えている雑草だった。
取っても取っても生えてくる、悩ましい奴である。
男性も何が言いたいのか分からないといった様子だ。
聡慈は男性の態度にも気にせず続ける。
床に置かれた箱の前に立ち、入っている植物の根に目を遣った。
「そしてこちら。粉末は消炎鎮痛効果がありますが、キツイ臭いと時に痒みを齎す刺激があるので好んで使いたがる方は少ないのではないですか?」
その通りだ。
今度は神妙に頷く男性。
彼は次に聡慈が何を言い出すか気になり出している。
「でもただの雑草のようなこの草の煮汁に、この根を擦りおろした粉末を浸して乾燥させれば、臭いも痒みもかなり緩和されるんですよ」
聡慈は一言断って、根の粉末を一摘み手に取り、むしり取った雑草を指で擦り潰し、二つを混ぜた。
「どうですか? こんなやり方でも少々効果は出ていると思いますよ」
混ぜた物を指で掬い鼻を近づけた男性は、感動した面持ちで手を組み合わせ目を潤ませている。
薬草のことを思い描きながら真剣に説明をしていた聡慈は、男性の様子が目に入るとギョッと驚いた。
男性はとうとうカウンターを乗り越えて聡慈の手を握って言った。
「あの! えと! こんなこと言うのは失礼だと思うんです! でも聞いてください!」
「ちょっとあなた……!」
女性が諫めようとするのも意に介さず男性は続ける。
「どうか、うちに挽いた薬草を売っていただけませんか!? 実は今困ってまして……」
男性は聡慈のことを隠居した薬師だと思ったようだ。
彼は自分の店が抱える問題を話し始めた。
目の前の女性――自身の妻――が妊娠したが悪阻が酷く、彼女の役割だった薬草となる草葉の採取やそれを挽き下ろす作業を続けることが難しくなったらしい。
石臼や薬研で挽くのも案外力を使うし、何より薬草の臭いが吐き気を誘うそうだ。
「お顔色が優れないかと思いましたが、おめでたい理由だったのですね。ところで先程のご提案、私には願ってもないお話です。私つい先日この町に来たのですが、何か仕事は無いかと探していたんですよ」
まさかそんな話が降って来ようとは。
聡慈は狐にでも抓まれたような思いで男性の話に乗ったが、ふと冷静になり状況を振り返った。
(しかし、夫婦ならばいずれ妊娠出産があることは想定するだろうに……何か他に予期せぬ事態があったのだろうか)
個人商店というものは立て続けのトラブルに対処する余力を持たないことが多い。
雇ってくれることはありがたいが、他に問題があり自分が雇用されるだけでは解決しないことなら相手も困るだろう。
聡慈は素直に疑問を口にすることにした。
店の男性が語ったのは、「今まで薬草の採取や磨り下ろしは祖母が手伝ってくれていた」と言うことだった。
どうやら薬草の粉末や絞り汁から更に魔力を使う工程があるらしく、それを男性が担うので採取や磨り下ろしまではどうしても手が足りないようだ。
「分かりました。これからお世話になります」
「こちらこそ。私はナンブットゥ。それと妻のオクアルです。よろしくお願いしますソージさん」
聡慈は若い夫妻の薬屋に雇われることになった。
また新たに薬の知識を学ばなければならない。
とりあえず仕事が決まったことで大きな不安が少し軽くなった気がした。




