23 平穏な日々編-2
「ごめんくださーい」
両開きの玄関戸には、クリスマスリースに明るい色の造花を添えた感じの飾り物が付いている。
戸を開けると正面のカウンターに頬杖を突いていた少女と目が合った。
「こんばんは。宿の番頭さんかの? 宿泊したいのじゃが。三人と馬一頭」
ミルドラモンがてきぱきと用件を告げる。
「え? あ? い、いらっしゃいます……ませ! いらっしゃいませ!! お、お父さんお母さ〜ん、お客様が来たよぉ!」
少女は慌てて立ち上がり、カウンターの奥へと転がって行った。
「おやおや、すいませんねぇお待たせして。宿泊ですね」
「いらっしゃい。馬は外に小屋があるから繋いでおくといい」
奥から出て来たのは小太りで肌にツヤのあるにこやかな女性、続いて体格の良い無髪の男性だ。
それぞれの風貌のせいか妙に風格があるがよく見ると二人ともまだ若い。
三十歳ぐらいだろう。
「夕食も付けますか? それとこっちの宿帳にお名前書いてくださいね」
「ああ、頼もう。メニューは何かの?」
ミルドラモンは差し出された宿帳に名前と出身を書く。
聡慈は後で知ることだが、門番などの警備兵が巡回に来た時には、宿屋はこの宿帳を提示しなければならないのだ。
あまり町に入ることに規制をかけてはいないが、実は警備兵は彼らなりに不審人物の把握を行なっているのであった。
宿の少女の反応で分かる通り、聡慈たちの他に客は無かった。
これと言った特徴も無いが寂れる理由も無さそうに思える。
とりあえず彼らは案内されるまま二階の一室に入った。
「おお、こっちおいでエウリア。いい景色だよ」
砂浜と海が見える。
見慣れたはずの海だが、旅先で見る景色はまた違って見えるものだ。
「えへへ……なんかねぇ、こんな高い所から見るの初めて」
エウリアにとっても海は身近なものである。
ただ彼女は夕方から夜にかけての海は少し怖いものだと思っていた。
黒く染まる海は静かに何でも飲みこんでしまうようだったからだ。
今はようやく多くの人から離れて目に入るのは家族だけ。
人心地ついた彼女には海もなんだか優しいものに見えていた。
まだ彼女は言葉で表現できるほど語彙を多く持たなかったが、落ち着いた感情は十分聡慈たちに伝わった。
三人はここがそう悪くない宿だと直感した。
夕食は自家製のパン、イカと空豆のトマトソースで煮、アサリのオリーブオイル炒めである。
「おいしい!」
エウリアが目を輝かせた。
今までも海の幸山の幸、良い素材を食べてきた彼女だが流石はプロの料理、段違いの味だったらしい。
それに魔大陸ではどうしても調味料に制限があることも大きかった。
聡慈とミルドラモンは目を細めた。
この顔が見られただけでも海を渡った価値があるというものだ。
「へへー、おいしいでしょう? 私も手伝ったんだよ!」
給仕はカウンターにいた宿屋の娘である。
快活な性格のようで、久しぶりのお客さんだと言って給仕をしながらも話しかけてくる。
「またお皿割るんじゃないよー!」
「もう! お客さんの前なのに言わないでよ!」
おっちょこちょいと言うか慌てん坊の気があるらしく、よく走りかけては躓いている。
女将に嗜められるのは日常茶飯事のようだ。
エウリアの目がサッと警戒した色に変わる。
仕方ないことだ。
またある程度警戒心があった方が良いかもしれない。
無理には彼女を前に出さずに慣れるに任せようと聡慈は思う。
「お嬢ちゃんも作ったのかい? とても美味しいよ。エウリアも食事でこんなに喜んだのは初めてなんだ」
「えへへ、でしょ〜。うちのお父さん料理が自慢なんだぁ。ねえねえ、私シャジエって言うの。お客さんいつまで泊まってくれるの?」
チラチラとエウリアの様子を窺いながらシャジエが尋ねる。
「おやおやお嬢ちゃん営業までやるのかい? まだ若いのに大変だね」
「私もう八歳だもん。ねえその子は何歳?」
シャジエはエウリアに興味があるようだ。
「何歳だって聞いてるよ。エウリア」
聡慈がエウリアの肩をポンポンと叩くとエウリアは右手の指を四本立てた。
魔大陸を発つ前に誕生日を一応決めて四歳の祝いをやったばかりだった。
「四歳なんだぁ、可愛いねぇ。ねえお姉ちゃんって呼んでもいいからねエウリアちゃん!」
営業の話はもう忘れているのだろうか。
やはり慌てん坊の気質があるのだと聡慈は微苦笑して言う。
「ドラさん、宿はこれからどうしようか」
「あ、そうだった!」
シャジエが思い出したかのように口に手を当てた。
ミルドラモンは苦笑している。
「そうじゃのう。まあひとまずはゆっくりと食事して体を休めて、明日にでもご主人たちと相談するとしようかの」
「分かった! じゃあ考えといてね!」
シャジエはテーブルから離れてまた別の手伝いをしに行った。
「賑やかしい娘じゃわい」
「エウリア、偉いぞ。ちゃんと四歳って伝えられたな」
「うん。びっくりした。ご飯おいしい」
「フォフォフォ、エウリアは冷静じゃの! 人見知りもすぐ解消するかもしれんな」
マイペースなエウリアの返答に笑いが溢れる。
町に到着して一日目はこうして穏やかに過ぎていった。
聡慈とミルドラモンは今後の生活について相談した。
ミルドラモンは言う。
しばらく宿で暮らしても良いし、借家などの空き物件を借りてハウスキーパーを雇って暮らしても良い、蓄えは十分にあると。
多少贅沢しようともその蓄えが尽きることも無かろうとも言った。
聡慈はそれを良しとしなかった。
元の世界では築いた財産で余生を過ごしていた彼だ。
自分がそのような環境で何かを創造できる人間ではないことを既に知っている。
しばらくはミルドラモンの資産の世話になるかもしれないが、早いうちに金銭的にだけでも自立した生活を送りたいと伝えた。
ミルドラモンは聡慈の考えを支持し、同時に警告する。
年齢を考えると職探しも楽ではないぞ、と。
この世界では一生涯働き続ける者は少なくないが、それは若い頃から同じ仕事を続けてきた者が熟練の技で年齢による衰えをカバーできるからである。
聡慈も納得し、自分に何ができるか考え――(営業の知識も部下の育成も、元の世界の外国語も役に立たないのだ)さりげなく溜息を吐いた。
宿料金の説明を受けた。
二食付き一人一泊六銀。
食事は自家製パンと大抵が海産物料理。
一月前払いだと百二十銀。
エウリアは半額で良いらしい。
馬の繋留は認めるが世話は食事の世話も糞の処理も自分ですること。
もし必要なら世話をする業者を紹介するとのこと。
ついでにこの宿に他の客が入ってないことや、繁忙期なども尋ねてみた。
以前まで一階部分を酒場のようにしていた時はそこそこ繁盛していたそうだ。
ただ気性の荒い船乗りたちが酔った挙げ句店内でケンカをしたり物を壊すことがあり、辟易した両親が酒場をやめ、それ以降宿泊客も含めて客足が遠のいているらしい。
こっそりと教えてくれたのはシャジエだ。
おしゃべり好きなことがすぐ分かる。
静かな環境は望むところではあるが、潰れる心配はないのだろうか。
気になるところはあるが、他の宿より料金は安いし雰囲気も気に入った。
ミルドラモンと聡慈はこの宿にしばらく滞在することに決めた。
「やったぁ!」
シャジエはお客さんが確保できたことが嬉しいのか、その客の前で飛び上がって喜んでいた。




