22 平穏な日々編-1
「きゃ〜!」
エウリアは大はしゃぎだ。
魚群を見つけては「お魚だあ!」と興奮し、海鳥の群れに向かって行けば「退いて退いてえ!」と笑いながら叫ぶ。
リンは落ち着いた様子で脚を畳みエウリアの背もたれのようになっている。
一方聡慈は非常に居心地の悪い思いをしていた。
(おいおい、あんなプテラノドンみたいな怪鳥が襲って来たら……いや、すれ違っただけでも転覆してしまわないか?)
彼ともあろう者が小舟の形状を気に留めることも無く、今日まで飛行機に乗るような気分でいたのだが。
体をさらけ出して高速度の乗り物で移動するのがこれ程恐ろしいとは。
原付にすらまともに乗ったことのない彼には、真っ直ぐ飛ぶだけのこの魔道具でも十分肝を冷やすに値する乗り物であった。
あまり速度のことに意識を向けても恐いだけなので、遠くを飛ぶ鳥などを見ては一生懸命色々な想像を働かせているのである。
そんな空の旅行もはしゃぎ過ぎたエウリアが疲れて眠り、聡慈もようやく慣れてきて更に二時間程過ぎた頃。
「うおお〜い、そろそろ着水するぞぉい!」
ミルドラモンが小舟の横に並び大声で告げる。
彼が小舟に手を添えると舟は徐々に速度と高度を落とし始めた。
「さあ、このまま砂浜に乗り入れるぞい」
小舟を運んだ波がザーッと砂浜から海へと戻って行くのと同時に、聡慈たちは陸地へと降り立った。
「ようこそ! ここはカズカザン=トリエ大陸! パルスパニア王国から自治の許された町村の多く栄えるカズカザン地方じゃわい!」
伸びをする聡慈。
アクビをするエウリア。
走り出そうとするリン。
ミルドラモンの張り切った声だけが響いた。
「まあええわい……」
ミルドラモンは寂しそうに小舟を引き上げに行くのであった。
もう魔力を失って再使用もできない空飛ぶ船をどうするか。
「ドラさん、その船体だけでも取っといてもらえないだろうか」
燃やして処分しようとしたミルドラモンは聡慈の一言で手を止めた。
「ふむ? まあお易い御用じゃが。何に使うんじゃ?」
「ああ、これで木刀を作りたいと思ってな。記念だよ」
あれだけ離れたがっていた魔大陸だが、鍛えられたという思いもある。
また二度と行けない場所だと思うと、何か一つでも縁の物を持っておきたくなったのだ。
「エウリアも!」
同じ物が欲しくなったらしい。
エウリアは小刻みに足踏みをしながらアピールした。
「おう、よしよし」
ミルドラモンは手早く舟を切断し、聡慈用に押し固めた木刀を、エウリア用に大人と同じ長さの木刀をそれぞれ作った。
「ありがとう」
「ありがとうジィジ!」
エウリアは嬉しそうに掲げ持ち、聡慈は握りを確かめるように何度か握る。
「さあ行くかの」
ミルドラモンは最後の未練を消し去るように、残った船体を魔法で燃やし尽くした。
「すまんの。ワシの伝手がある所なら生活は楽じゃろうが」
「なに、ドラさんが嫌がる所へ行くことなど望まないさ」
ミルドラモンは当初、頭を下げて魔法院に戻ることを考えていた。
だが彼が魔大陸へ来たのがその魔法院とやらに嫌気が差したことを知っていた聡慈は、「知らない土地で暮らすことはできるか」と問うた。
利益や何かしらの欲を叶えようと交際を望む者たちの嫌らしさならば聡慈も知っている。
老いた親友にそのような場所に身を投じてほしいとは思わなかった。
またエウリアにも親代わりであるミルドラモンが、人間関係で神経を擦り減らす様を見せたくは無かったのだ。
ミルドラモンは聡慈の好意に甘えることにした。
海岸沿いを歩く三人と一頭が向かう先はある港町。
大陸間を行き来するような大型船こそ無いものの、多数の旅客船や漁船が往来停泊し活気溢れる開放的な中規模港である。
向かう先に町を囲う壁が見えてきた。
あの壁の向こうには多くの人がいる。
聡慈は急に息苦しさと手に滲む汗を感じた。
リンが身を寄せ、背に乗っているエウリアが手を伸ばしてきた。
彼はリンを撫でエウリアの手を握ると、深呼吸をしていつものように彼女に微笑みかけた。
(こんなことではこの子を育てられんぞ! しっかりしろ!)
心の内で自分を叱咤し、彼は背筋を伸ばす。
(これからよろしくお願いします)
自分たちを受け入れてくれることを願いながら、彼は臆せず町の入口の方へと進んで行った。
壁が途切れている部分が町の入口である。
門は無いが、入口前に東屋があり革の軽鎧を身に着けた門番らしき者が二人。
剣を傍に立て掛けていてリラックスしている様子が分かる。
「割と出入りに融通がきくのがこの町の良い所じゃ」
ミルドラモンが冗談っぽく言うが、満更冗談ではないのではなかろうか。
今ちょうど馬に荷車を引かせた商人風の男が通ろうとしている。
門番らしき者は東屋から立とうともしない。
立ち止まった商人風の男と少しばかり言葉を交わしただけで通行をさせてしまった。
顔見知りだからチェックが緩いのだろうか。
考えている間にミルドラモンは言う。
「ちょいと行ってくるわい」
彼は東屋へと向かった。
「な。出入りに融通がきくじゃろ」
ミルドラモンがいたずらっぽく笑った。
あの門番の任務は簡単な人定質問と通行料の徴収だった。
宿の紹介まで受けた一行は、早速飲食店や宿屋の集まる繁華街へと向かう。
犬や猫のような耳を頭に生やし尻尾を揺らしている者がいる。
(あれも野人種なんだよな……)
鬼や鳥人間、牛人間とは違って顔の造りは人間とほとんど変わらない。
しかしミルドラモンから聞いていたとは言え、聡慈の目はどうしてもそちらへと向いてしまう。
(いかんいかん。彼らは普通なのだ。この種の視線は不快に思われるかもしれん。気をつけねばな)
ミルドラモンからは最低限の警戒心しか感じない。
無遠慮な視線が許されるのは無邪気なエウリアだけだろう。
聡慈は観察するなら落ち着いてから、目立たないようにしようと反省するのであった。
夕暮れが近い。
日に焼けた体格の良い男たちが豪快に笑い声を上げながら通りを歩いている。
酒でも飲みに行くのだろう。
酔う前から楽しそうだ。
エウリアは聡慈とミルドラモンに隠れるようにしがみついている。
乱暴そうな男たちや衣服を着崩して男にしなだれかかる女たち。
今まで見ていた育ての親、紳士二人とはかけ離れた人々の様子に、彼女が怯えるのも致し方ないことであった。
聡慈は祭りの夜店のような懐かしい賑わいと、土壁とスレート屋根の家屋群に中世的な雰囲気を感じ妙な興奮を覚えていた。
しかしエウリアにとってはこんな雑然とした雰囲気も多くの建物も初めてなのだ。
彼女が慣れるまではしっかり甘えさせて安心させてやろう。
「賑やかだろう? これからたくさんの人と出会って、友達もいっぱいできるぞ。楽しみだなぁ」
聡慈は彼女を抱き上げ肩車をしてやり明るい声で言った。
「ともだち?」
エウリアは首を傾げた。
高くなった視点から辺りを見回し聡慈の頭にしがみつく。
「ははは、驚いてるんだよな。大丈夫すぐ慣れるさ」
(これは、遅まきの人見知りがくるかもしれんなぁ)
彼女の体をポンポンと優しく叩きながら聡慈は苦笑を漏らした。
紹介された宿は一階が賑やかな酒場になっている所が多かった。
親代わり二人はエウリアのことを考え少しでも静かな所はないかと探している。
繁華街とは少し離れた宿を見つけた。
「ラグナの海臨亭か。落ち着いた雰囲気じゃないか」
ここまでに通過した宿とは違って外にまで酔っ払いの大声が聞こえてはこない。
寂れた、と言っても良いかもしれないが、一泊して良くない雰囲気なら変えれば良かろう。
一行は二階建てアパートのように幅広の、オレンジ色三角屋根の宿屋を初めての宿と決め中に入って行った。




