20 魔大陸離脱編-8
歩き始めるようになると次は言葉を期待するのが親心である。
間もなく一歳半ぐらいではないかと思われるエウリアだが、なかなか意味ある言葉を出さないことは心配の種となっていた。
ミルドラモンを「ジィジ」、聡慈を「じいたん」と呼び分けるあたり、きっと賢い子なのだろう。
一応、今は言葉を貯め込んでいる期間だと努めて思うようにしてはいる。
それでも会話の相手が老人男二人だけという環境を思うと不憫でならない。
聡慈たちはなるべく早くエウリアを人里に連れて行かねばと思っていた。
「なあドラさん、魔道具が完成するのはどれぐらい先だったかな?」
「うぅむ、一応手元には大鶏面蛙のトサカと羽根、それと仰星大銀杏の葉があるんじゃが……順調に進んでもあと二年から、長ければ三年近くかかりそうじゃ」
ミルドラモンは説明した。
必要な四つの素材はそれぞれ魔力を込めて文字を刻んでからでないと組み立てられない。
刻印に時間を要する素材の内上位二つはもう入手済みである。
よって未入手の素材があるからと言って時間的なロスが発生するまでにはまだ余裕がある、と。
幼稚園に入るまでは自宅のみで子育てするようなものか、と思うとまだゆとりを感じることができる。
この大陸を離れるまでにエウリアにしてやれることは何か。
それとも殊更に教育のことを考えずに育てた方が良いのか。
子育ての経験少ない聡慈は大いに悩む。
最善の方法など無いことを知らず、いや、知ってはいても最善を追求せずにはいられない親の性であった。
幼児というのは一度会話を交わしたならば、話す楽しさを知るのか一気に話し始めるものらしい。
(まったく何を心配していたんだか。分かっていたことだろうに)
今では聡慈たちが悩み過ぎていたことを振り返り苦笑するぐらいに、エウリアはよくしゃべるようになっていた。
体を動かすことが好きな活発な子である。
ある日、エウリアは小ぶりの枝を持って素振りの真似事をしていた。
聡慈が木刀で素振りをしている間、彼女は言いつけを守りいつも彼に近づかず大人しく見ているのだが、見ているだけでは我慢できなくなったようだ。
聡慈が微笑みかけるとエウリアは満面の笑顔で寄って来た。
「エウリアもー!」
彼の木刀に手を伸ばす。
先端を両手で持つが上げられない。
真ん中辺りを握り持ち上げニコリと笑った。
「エウリアもねー、これねー、ブンブンしたいの!」
「そうかそうか、エウリアも木刀を振りたくなったか。じゃあこれは重いから、ジィジにエウリア専用の木刀を作ってもらおうか」
「やったぁ〜」
笑顔で飛び跳ねるエウリア。
その日からエウリアも日課の素振りに参加するようになった。
時には勢いでよろける姿勢、振り方を修正してやり正確な素振りを。
時にはリズム良く前後に跳躍しながら。
そして意外とエウリアが気に入ったのは、“剣道形”であった。
「じいたん、一本目から〜」
「よし、ならおじいちゃんが打太刀やるからな。エウリアは仕太刀だぞ」
「はい!」
「よし、いい返事だ」
聡慈が剣を導く師の役割をよくやらされるのは、案外エウリアも弁えているのだろうか。
本当は礼儀も教えたいところではある。
が、そこは子どもの遊びなのであくまでテンポ良く。
礼儀は始めと終わりだけしっかりやるのを心がけた。
「やあっ!」
「とぉ〜お!」
聡慈の裂帛の気合いに対してエウリアの伸びやかな、と言うか気の抜けた気合い。
「いいぞいエウリア! いい“小手”じゃ!」
「えへへ」
ミルドラモンは目を細めてエウリアの所作を眺め、よく褒めた。
それが嬉しくて彼女はまた次の形をやろうと聡慈にせがむのであった。
エウリアは時々ケガをする。
よく転ぶのは幼児なので当然。
他にも木刀で木人(聡慈とミルドラモン作)に思い切り打ち込み、手からすっぽ抜けた木刀が体に当たったり、ジャングルジム(聡慈とミルドラモン作)から落ちたり。
そんな時は泣くエウリアにリンが寄って来て背中に乗せてやった。
かつて聡慈が癒された不思議な力――回復の魔法――がエウリアを癒す。
エウリアはリンにギュッと抱きつきまた元気に遊び始めるのだった。
「リンのねーブラッシング、エウリアがしてあげるね」
リンもエウリアにとって家族そのものである。
聡慈がしているように、大好きなリンの世話を彼女がするようになったのも自然なことであった。
「ジィジ、魔法のお話して」
「よしよし、エウリアおいで」
魔法のことはミルドラモン担当だ。
手品のように火を出したり木の葉を舞わせたり。
いかに魔法が面白いかを実演込みで子ども向けに話すのだ。
「ドラさん上手いなぁ。保育士さんみたいだぞ」
「ふぉっふぉ。これでも学生に教えとったこともあるからの。しかし幼い子に教えるのも案外面白いもんじゃよ。魔法に対する新たな見方ができると言うかの」
「ジィジ次ミミズさんやってぇ」
「ほいほい」
エウリアのおねだりに応じて魔法を使う。
足元の表土をミミズが移動しているようにウネウネと動かしてやった。
エウリアは喜びミルドラモンは顔を綻ばせていた。
(むむ、負けておれんぞ)
自分も知育的なことを施してやれないものか。
聡慈は腕を組んで静かに唸った。
「おお〜い、帰ったぞ〜い」
「ジィジお帰り〜。……何持ってるの?」
ミルドラモンがいつもの狩りから帰った。
今日は大きな丸太を転がして来た。
生き物のような生々しさを感じる。
珍しい物には飛びつきがちなエウリアが一歩引いている。
「これが魔人樹の胴た……幹じゃよ。こいつは面白い性質を持っておってな」
ミルドラモンが魔力を操ると丸太はグニャグニャと形を変えていった。
「やっ……」
エウリアはもう一歩引いた。
「おお、これが船体部になる魔人樹の胴体……幹か。これは、自在に形を変えられるのかい?」
「そ、そうじゃよ」
喜ぶと思って見せたのに、不気味なものを見るエウリアの様子に動揺するミルドラモン。
それでも毅然とした(フリをした)態度で説明をする。
「ただしある程度までにしか薄くならないし、別個体同士で結合することはできないがの」
「そうか」
夢の広がる素材じゃないかと思ったが、制限は多いらしい。
ただこれならば
「筏じゃなくて小舟の形にはなりそうかい? 私とエウリアとリンが乗れるぐらいの大きさで」
やはり飛行中に投げ出されないような形状で、シートベルトのような物が付いていたりする方が良いのではないか。
聡慈は提案した。
「そうじゃのう。お主らぐらいなら何とかなりそうじゃ。いや、はじめからそうすれば良かったわい。それなら水飛びイモリの皮はいらんかの」
かくして空飛ぶ魔道具の材料は揃った。
あとはミルドラモンが魔力を注ぎながら文字を彫り、魔道具の部品としてそれぞれを仕上げた後、全てを組み立て一つの魔道具と成すのみ。
聡慈とミルドラモンは実現が見えてきた出立に期待を膨らませる。
エウリアとリンはよく分かっていないだろうが、嬉しそうな二人を見て同じく嬉しそうにしていた。
「じいた〜ん、今日のお話なぁに?」
「ううん、どうしようかなあ」
聡慈はある少年の話を始めた。
イジワルな少年が妖精から罰を与えられ、小人にされてしまう物語だ。
北欧の有名な児童文学を基に、うろ覚えなためアレンジして話している。
小人になったが動物と話せるようにもなった男の子が鳥に乗って旅をする。
エウリアのお気に入りの物語の一つである。
「エウリアも鳥さんたちとお話したいなぁ」
「ははは、それは難しいかなぁ。なあドラさん」
まさかこの世界でもそれは無いだろう。
聡慈は冗談半分でミルドラモンに尋ねた。
「ふうむ、なら魔言語も教えておくか」
「え?」
聡慈は怪訝な顔をした。
鬼たちの言葉を教えるのかと思うとあまり良い気分はしない。
「ソーさんが会った魔人種はこの魔大陸ならではの進化を遂げた奴らじゃて。世間一般の魔人種はこう言っては何じゃが、まあユニークな者たちじゃよ」
聡慈の心配するような悪性の種族ではないらしい。
エウリアのためになるならば、と彼はエウリアに魔言語を教えることに納得した。
魔大陸での時は過ぎていく。
聡慈とミルドラモンの出立への期待は日に日に大きくなる。
エウリアにとってはどうだろうか。
聡慈たちは気づいていない。
今の充実した日々も彼女にとってはまた、胎内に次ぐ完全なる世界なのだ。
魔大陸からの離脱はエウリアの成長を大きく促すだろう。
だがそれは彼女の、完全なる世界からの旅立ちも意味しているのである。
聡慈は称号を獲得した。【見習い剣士】、【見習い魔法士】
入間聡慈
闘級 1
体力 52
魔力 0
力 11
防御 13
速さ 8
器用 16
精神 16
経験値 -3,500
技能
⚪︎魔言語★5
⚪︎魔視★2
⚪︎自然回復上昇・小
⚪︎見抜く
⚪︎反撃
称号
⚪︎薬師★3
⚪︎被虐者★3
⚪︎轡取り★5
⚪︎伯楽★5
⚪︎不屈漢★5
⚪︎狩猟者★1
⚪︎逃亡者★2
⚪︎魔具職人★1
⚪︎見習い剣士★1
⚪︎見習い魔法士★1
耐性 毒、麻痺、睡眠、混乱、吸収
状態 自殺者の呪印、献身者の聖印




