18 魔大陸離脱編-6
「おいおいソーさんや、これは流石に思いもよらなんだぞ」
ミルドラモンは困った顔を聡慈に向ける。
しかし聡慈も同じ顔を返すしかない。
「私もまさか赤ん坊を見つけてしまうとは、いや、見つけたのはリンだが。あ、別にリンが悪いと言うわけではなくてだな……って、何を言ってるんだ私は」
「まったくじゃわい。ソーさんらしくもない……まあこんな所に赤ん坊がいるなんて思わんわいな。しかも野人種の」
ミルドラモンは赤ん坊の体に手を置いた。
「……っ!?」
彼は突然息を詰まらせ、立ちくらみを起こしたのか膝が抜けたように体勢を崩した。
赤ん坊を押しつけないようにしようとしたため、ガタンと物音を立てて尻餅を突いてしまった。
「ふにゃあ! ふにゃあ!」
「ああっ! ……と、ああ、ドラさんも、大丈夫か!」
目覚めて泣き始めた赤ん坊と、目眩を起こしたミルドラモンのどちらに注意を割けば良いのか。
聡慈はうろたえ、一先ず赤ん坊を抱き上げた。
「よーしよし」
トーントーンとリズム良く赤ん坊のお尻を軽く叩く。
子どもの夜泣きの時によくやった、懐かしい動作だ。
泣いたのはどうやら母乳の催促やオムツの交換ではなく、大きな音と振動への不快感からだったようだ。
すぐに泣き止みまた静かに寝入ってくれた。
「首はしっかり座ってるな。しかし母親が居ないで大泣きするかと思ったが、こういう状況に慣れておるのかな?」
まるで保育所に早くから預けられている子のような、そんな印象を聡慈は抱いた。
「ソーさん……平気かいの?」
ミルドラモンは額に手を当て顔を顰めている。
「その赤ん坊、吸精か放命か。何か特殊な力があるぞい」
「何だって?」
ミルドラモンは赤ん坊に生命力を抜き取られたように感じたと言った。
言われてみれば聡慈も少し気怠さを感じる。
「こんな赤ん坊が何故……」
「それは分からん。この子の一族に関わることかもしれん。野人種にも色々おるからの。魔人種だと吸血種はおるが、あるいはその辺りの混血が遠い祖先におって、先祖返りを起こしたとか」
ミルドラモンは目を伏せる。
「この能力故に親に捨てられたとしてもおかしくないぞい」
「そんな……こんなに綺麗にしているのに」
「そうじゃな。綺麗過ぎるから連れ去られたり事故に巻き込まれたり、そういうことはなさそうじゃ。じゃが替えの衣類もあるし、これだけ綺麗にしているのは、この子を見つけた者が可愛がってくれるように、と願ったものかもしれんぞ?」
「だからってあんな場所に。そうだ、この辺りに人が住んでいるのかも!」
ミルドラモンも自分と同じようなことを考えている。
だが赤ん坊が捨てられたという考えを何とか否定したくて聡慈は主張した。
一方ミルドラモンは落ち着いた様子で聡慈に言い聞かせるように話す。
「もちろんこの辺りは探さねばならんじゃろ。じゃが、誰も見つからねばこの子をどうするか。覚悟は決めておかねばなるまいて」
彼は赤ん坊を見捨てる選択もあることを告げるのだった。
「そんな……」
聡慈はミルドラモンのことを冷たいとは言い切れなかった。
衣食住、何もかもが足りていないこの環境で自活能力の無い赤ん坊を育てるのが如何に困難か。
情が移った後に亡くなるなど、悲しい思いをする前にそっと元の場所に戻す。
ここには法律も義務も無い。
一時的には嫌な気分になるが、自分たちの生活で精一杯な現状、いずれ忘れ去られることとなるだろう。
「……離乳食の作り方を考えるよ」
聡慈は赤ん坊の顔を見て呟いた。
ミルドラモンはゆっくりと首を横に振っている。
リンが聡慈の足元に体を寄せ、静かに伏せた。
「おーい、ソーさん! エウリアがオムツ替えてくれって泣いとるぞい!」
「はいはい、今行くよ」
「おーい、ソーさん! エウリアがお腹空いたかもしれん!」
「はいはい、今行くよ」
「おーい、ソーさん! エウリアが……何で泣いとるか分からん!」
「はいはい、今行くよ……どうしたエウリア、抱っこかい?」
「ファ〜」
「あ、泣き止んだ。リンと遊びたかったのかい」
赤ん坊は女の子。
その籠の底に彫られていた文字から“エウリア”と名付けられた。
恐らくは名前を彫っていたのだろうが、まるで焦って彫ったかのように彫りが浅く、字が明確でない部分があった。
「これは名前かの? ユー……? いや、エウ……リア? すまん、ちと分かりづらい」
とはその時解読しようとしたミルドラモンの言だ。
あれからしばらく様子を見たし、一帯も探したが、エウリアの親らしき者の姿は見つからなかった。
いよいよ覚悟を決めエウリアを育てることになったのだが、案の定苦労の連続だった。
一つには住居。
今までのテント暮らしから、もっとしっかりした木造の小屋を建てて住もうということになった。
とは言え二人とも建築の経験など無い。
ミルドラモンは魔法のこと一筋であったし、聡慈は殆どが営業や管理職で、建築資材も扱ったが現場経験はゼロに近いのだ。
一応営業のための教養や、芸能人が趣味を追求する類のテレビ番組などを見て、少しばかりのDIY知識がある程度である。
日本古来の筋交いや梁を使って強度を高める建築工法や、簡単な枠組みに、壁、床、天井で箱としての一定の強度を得る欧米式の建築工法。
聡慈たちが選んだのはもちろん欧米式、いわゆるツーバイフォー工法だった。
ミルドラモンの魔法に頼る所は大きい。
資材の調達、切削、接合。
魔法と言えど細かい作業は時間がかかるし神経も使う。
しばらくは魔道具の作成は休止だった。
その甲斐あって出来上がった小屋は、“しっかりした建物で寝起きできる”という安心を得られるだけの物にはなったのである。
衣料も苦労した問題の一つだ。
何せ赤ん坊は排泄に関して自由である。
紙オムツの利便性を知る聡慈には布オムツに慣れるまでも大変だったし、またいずれ来る寒期への備えは悩ましいものだった。
エウリアにちょうど良いのは兎の毛皮か。
鬼の集落では毛皮の処理は叩いたり噛んだりしていただけだ。
赤ん坊の肌に触れるものだ。
ちゃんと鞣してやりたい。
聡慈とミルドラモンは皮の鞣し方を模索し始めた。
試行錯誤の末行き着いた方法は、二種類の薬草を使い、薬液に漬けることと薬草の煙で燻すことだった。
その方法に辿り着くまでに、いくつかの毛皮は毛が溶けてしまったり防腐処理に失敗して廃棄せざるを得なくなってしまったが、成功法を発見したお陰でエウリアの衣類だけでなく、聡慈たちの布団なども揃えることができたのは喜ばしいことだった。
残る一つは食事。
最初はエウリアの口に合うものができずに難儀した。
腹が空いて泣き、できた物が食べれずに泣き、また腹が空いて泣く。
いよいよ飢えて力が無くなってようやく半固形状の食事を流し込むような有り様だった。
それが改善されたのは、森の中で一つの植物を見つけた時からである。
乾燥した砂地にポツンと生えていた大きな葉と雑然と伸びた蔓。
試しに掘ってみると、根が何株にも分かれそれぞれが栄養を蓄え膨らんでいることが窺えた。
食べてみた。
元の世界のサツマイモの味には遠く及ばないが、確かな甘みがある。
聡慈は感動した。
早速持ち帰り、すり潰してエウリアへの食事としてみた。
今までにない食いつきの良さと喜びよう。
ミルドラモンからは拍手を贈られ、リンからは祝福の鼻息をかけられた。
聡慈はエウリアを抱き上げ頬擦りし、その頬には涙が伝っていた。
この世界に来てから初めて見せる涙だった。
まさかこんなことで涙を流すとは。
聡慈は照れた笑いで仲間たちを見た。
彼を冷やかす者はいない。
エウリアだけはくすぐったそうにキャッキャと笑っていた。
⚪︎聡慈は耐性を獲得した。【吸収】
入間聡慈
闘級 1
体力 52
魔力 0
力 11
防御 13
速さ 8
器用 16
精神 16
経験値 -3,740
技能
⚪︎魔言語★5
⚪︎魔視★2
⚪︎自然回復上昇・小
⚪︎見抜く
⚪︎反撃
称号
⚪︎薬師★3
⚪︎被虐者★4
⚪︎轡取り★5
⚪︎伯楽★5
⚪︎不屈漢★5
⚪︎狩猟者★1
⚪︎逃亡者★2
耐性 毒、麻痺、睡眠、混乱、吸収
状態 自殺者の呪印、献身者の聖印




