16 魔大陸離脱編-4
「いつ見ても便利だね、ドラさんの鞄は」
調理道具も食器も簡易テントすらも、一体どうやってその小さな鞄から取り出すのか。
本当に高次元のポケットのようだ。
聡慈は何度見ても飽きずに面白がる。
「未来の秘密道具も顔負けだろうさ」
「ああ、ソーさんのお子さんが好きじゃったと言う、機械仕掛けの飼い猫のことかね?」
ミルドラモンは目を光らせた。
世界中に愛好者がいると言う未来から来たお助けロボットの物語を、彼は大いに気に入っているらしい。
「扉を開ければどこにでも行ける。机の中からは過去や未来にすら行けてしまう。動物や植物とも話すことができ、物を小さくしたり大きくしたりも自由自在」
楽しそうに話すミルドラモンの口は止まらない。
「それが誰にでも、道具を手にするだけでできる。素晴らしいじゃないかのう!」
「いやいや、創作物の中ではだからな。ドラさん」
「いやいやいや、称賛すべきはその想像力じゃて。この世界の者が同じ想像力ができるかの? せいぜいが『鳥のように空を飛ぶ』とかそれぐらいじゃて!」
ミルドラモンは譲らない。
「それにソーさんの過ごしていた現実世界でも、空の向こうに行けるし、世界中の人とその場に居ながら会話することもできるんじゃろう? 都市をも吹き飛ばす爆弾や消えない炎、生命を自在に作り変える技術には身震いするがの」
「……」
確かに元の世界では希望と破滅が隣り合わせのような危うさが常にあったと思う。
聡慈は静かに頷いた。
「話が逸れてしもうた。とにかくソーさんの世界では現時点そこまでの技術がある。なら百年後、創作物の年代時に追いついた時には結構な技術が物語通りに再現できている。おかしくない話じゃあないか」
鞄を手で軽く叩きミルドラモンは微笑している。
「この魔法の鞄は作るのに十年、保存するにも取り出すにもいちいち魔力が必要じゃ。誰にでも使えるものではないのじゃよ」
「魔力かぁ。あの黒と白の粒子だな。この世界の人は使えるのに何故私はゼロなのだろうか」
「ふむ……前は詳しく見なかったが、一度ソーさんをじっくり見ていいかの? この右の魔眼で」
ミルドラモンは右目に魔力を込めた。
虹彩の周囲に勾玉のような模様が二つ浮かぶ。
「ああ、頼むよ」
まじまじと魔眼を見るのは初めての聡慈は息を飲んで言った。
「ううむ……やはり闘級一、魔力無し」
ミルドラモンは難しい顔をしている。
「まあまあ、ただの確認じゃないか。今更気にしないさ」
聡慈は残念な気持ちを出さずに軽く言った。
「ソーさん、ところでその腕……その痣はいつからあるかの?」
少しばかり気まずそうに、ミルドラモンが話題をかえた。
彼が指したのは聡慈の右前腕のこと。
色素が抜けたように白くなっている部分と、焼印をされたように黒ずんでいる部分とがある。
白と黒は交差しており、まるで白十字に黒い蛇か炎が絡みついているかのようだ。
「これは、元の世界にいた頃は無かったんだよ」
尋ねられた聡慈だが、いつからあるのか心当たりが無いと肩を竦めた。
「もしかしたら元の世界での最後、火事に巻き込まれた時にできたかも知れないがね」
「ソーさん」
聡慈の話を目を閉じ聞いていたミルドラモンは、目を開き溜息混じりに言った。
「それは聖印と呪印と言うものなんじゃ」「聖印? 呪印?」
「そう。こちらの世界では善行や悪行によって身体に刻まれる印があるんじゃ。とは言え大体の者が善も悪も知らぬ間に行っておるからの、発現する者はそれ程多くないが。ソーさんの元の世界では無かったかの?」
問われた聡慈は首を横に振る。
「聖人につけられた傷から転じて、負の烙印を示す言葉はあったが、個人の行動の結果によって発現する印などは聞いたことがないよ」
「そうか……」
ミルドラモンは説明した。
善行なり悪行に携わった期間、程度、他人に及ぼした影響等々の累積で、ある日突然身体のいずれかに刻印される“聖印”と“呪印”。
それらは刻印された個人の能力を増減させたり、特殊な能力を付与したり、心身の活動を促進もしくは抑制したりと様々な効果を齎す。
よく知られている効果として、聖印は回復魔法の効果を高めたり、状態異常を防いだり、防御結界を張ったりする能力を授かる。
呪印は隠す者が殆どであるためあまり知られてはいないが、力が弱くなったり、特定の行動をしようとすると痛みに襲われたりするらしい。
「発現過程を説明した通り、聖印と呪印は両立しないもんじゃ」
ミルドラモンは言う。
善行を続けても同じぐらい悪行をしていれば差し引きゼロである。
その場合どちらの印も刻まれない。
実際大半の人には聖印も呪印も無く、ミルドラモンだってそうなのだ。
「推測されるにソーさんの負傷や身体の異常が一日で回復するのは聖印の効果じゃろ。闘級が最低なのは呪印の効果と思うんじゃ。それだけなら良いのじゃが……」
ミルドラモンは二つの印が存在し、しかも絡んでいるような造形を為していることに不安を覚える。
「そうだったのか……思えばこの回復力が無ければ私はとっくに死んでいただろう。弱体化と言っても体が弱くなったわけでもなし、闘級? というのか魔力は元の世界に無かったし……まあできる範囲で世の中へ貢献する方法でも模索するよ」
「ソーさんは前向きじゃの〜。いつか闘級が上がるといいんじゃが」
「ところでその闘級と言うのはどうやって把握するんだい? ドラさんみたいに魔眼が無いと分からないのかな」
「うむ。他人の闘級を知るには特殊な技能が必要じゃよ。ワシの魔眼の他にも何となく分かる技能とか、色々あるようじゃ。自分の闘級は大体把握しとるもんじゃよ」
「どうやって?」
「分かるんじゃよ。闘級が上がったと。体が力で満たされるとでも言うかの。だからそういうのを何回経験したかで大体分かるというわけじゃ」
「なるほど。ではどうすれば積極的に上げられるのかね? あと一般の人たちの闘級はどれぐらいなんだい?」
「闘級を上げる方法はそれこそ幾らでもあるさのう。例えば鉱山労働者、彼らがツルハシを振るい山を穿つこと。また、狩人が獲物を射ること。他にも商人が様々な商品を目利きして交渉し、売り捌くことだって。しっかりと家事をこなすことだって闘級を上げることに繋がるんじゃよ」
「様々な経験そのものが闘級を上げる要因だと、そういうことなんだね?」
「そのとおり。尤も要した労力や技術の向上具合など経験の良し悪しや、また個人差なんかもあるんで、一概にこれを行えば効率的に闘級が上がる、なんてことは言えんがの」
「ふむふむ」
「それで、次は一般的な闘級の分布じゃな。一般人で言うと大体五から十、訓練を受けた兵士や職人などは十から二十ぐらいになるかのう。三十、四十などは何かの達人で才能にも恵まれんとまあ無理じゃろう」
「そうかぁ。ところでドラさんは?」「ワシ? ああ、そのなぁ」
ミルドラモンは若干口籠った。
「何だい? いいだろう私なんて一なんだし」
「七十」
ミルドラモンは聡慈の様子をチラリと窺う。
「七十! 三十、四十が達人なら……凄いじゃないか!」
「いやいや、なんかそうなるじゃろ。世間の闘級を言った後じゃったら……なんか感じ悪くないかの?」
「まさか! 努力の証と言うことだろう!? それに安心したさ」
「安心?」
「そうとも。この世界の住人が誰でも、ドラさんみたいな凄い技の数々を行える闘級ではないと言うことじゃないか」
「なるほどの」
ミルドラモンは眉を開いて、それから思い出したように手を打った。
「そうじゃ、後は魔物を倒すと上がり易いはずじゃ」
「魔物」
聡慈は大平原の隣接する湿地帯で見た、黒い靄を纏わせ歩く人型の何かを思い出す。
後でミルドラモンから聞いた話によると、あれは魔力が凝縮した“人ならざる者”らしい。
それを倒すことで闘級が上がり易いとミルドラモンは言うが――
「ただ普通に闘級を上げるよりも能力の上がり幅が平坦で低いと言うのがな」
どうやら短所があるようだ。
「闘級は上に行く程上がり難くなるし、職業によっては魔物を倒して不必要な能力を上げることは足を引っ張ることになりかねんからの」
「難しいんだなぁ!」
聡慈は髪をくしゃくしゃと掻き乱した。
「ははは、様々な技能を身につける間に闘級は上がるし、魔物を倒し闘級を効率良く上げるのにも欠点はある。数値化されることで限界が目に見えてしまうように感じるのも良し悪し、というトコじゃろ」
二人は笑い合った。
リンが頭で突いてくる。
話してばかりいないで構えということらしい。
聡慈はリンに謝って毛を梳いてやり始めた。




