114 探索の旅(学院都市魔窟編-1)
ユニバスタ大陸での目的地は魔法研究の盛んな魔法院である。
すっかり旅人が板に付いてきた聡慈は船旅を終えると、流れるように宿に泊まり馬車の手配を済ませ、魔法院のある学院都市へと出発した。
魔法院はユニバスタ大陸で最大の都市である学院都市の中央に位置している。
魔法院の敷地だけで南北約六百メートル、東西約七百メートルあり、外周は高さ五メートルの壁と柵に囲まれている。
学院都市はこの魔法院での需要を目当てに建てられた商業施設や整備された交通網により発展した、半径十キロメートルに及ぶ円状の都市であり、円の中心に近い程発展し外側には農地も見られる。
魔法院には五階建以上の建物がいくつも建ち並んでいる。
そのため高い壁越しにでも一部が見えるのだが、その様は都市の真ん中に一つ別の町があるかのようだ。
(関係者以外立ち入り禁止か。大学のようなイメージだったのだが、より閉鎖的な研究機関なのだな)
聡慈は魔法院に入ろうとして警備兵に止められ追い返されていた。
学生がキャンパスを歩き回り勉学や恋愛話で賑わう華やかな大学的なものを想像していたが、どちらかと言うと病原菌でも研究する重要警備対象施設のような感じだった。
とりあえず敷地を散歩でもさせてもらおうと立ち寄ったところを追い返され、今は探索者組合に登録し長期に宿泊できる宿を探して、今後どうするか思案中である。
(さて、何か魔法院に入れる依頼でも見つけるべきか)
「だ〜か〜……!」
「ねえさ……だよ!」
(それとも内情に詳しい人物を見つけて情報を提供してもらうべきか)
「お金無い……でしょ!!」
「そんな考え……危な……だよ!」
(うるさいな。痴話ゲンカか? 若い男女のようだが)
宿に入り部屋で剣の手入れをしていた聡慈の耳に、男女の言い争う声が聞こえてくる。
壁が極端に薄いわけでもあるまいに、それを抜けて届くこんな大声で迷惑なことだ。
それに暴力沙汰になっていてもいかんと思い、聡慈は隣室に直接言いに行こうと通路に出た。
隣室の扉を叩こうと手を上げたその時。
「もういい! バカ!」
扉が勢いよく開かれ中から顔を真っ赤にした若い女が飛び出して来た。
「きゃっ!」
「あ……」
聡慈は直感で扉を叩く直前に身を引いていた。
そのおかげで片開き扉の直撃を食らわずに済んだのだが、飛び出して来た女は人がいたことに驚いて躓き、頭から壁に突っ込んだ。
しかも激突したのは板張りの部分ではなく、ちょうど柱のある所だ。
女はうつ伏せに倒れたまま、白目を剥いて気絶してしまった。
「姉さん……!」
痛々しい衝突音に慌てて部屋から駆け出てきた若い男は、気絶した女を見て額に手を当て天を仰いだ。
「ん……ここはどこ? 私は……きゃっ、誰よあなた!? はっ、まさか今研究所? え、私居眠りしてた??」
ベッドの上で目を覚ました女は聡慈と目が合い飛び起きた。
そして何を勘違いしたのか自分の頭や顔をあちこち触っている。
「姉さん落ち着いて。ここは魔法院じゃない、宿だよ」
呆れたように女に言ったのは、明るい茶髪を刈り上げた柳眉の爽やかな青年だ。
姉と呼ぶ女は青年とそっくりな色の髪を腰上まで伸ばしているが、青年の穏やかな目元と違いややキツめの猫目で気が強そうだ。
「あ、そうなんだ……って! じゃあやっぱり誰なのよ! 何で私たちの部屋に知らない人が入ってんの!?」
「出て行った方が良さそうだね」
「あ、もう姉さん!」
女はベッドの端に素早く移動し聡慈の方をキッと睨んだ。
聡慈が男の方に苦笑を向けると、男はバツが悪そうに女の言動を咎める口調で「姉さん」と言った。
「この人は柱に頭ぶつけてタンコブ作った姉さんを治療してくれたんだからね。ちゃんとお礼言わなきゃだめだよ」
「はぁ〜あ? ――あ、思い出した! その人が扉の前で立ってたから私びっくりして転んじゃったんじゃないの!」
「それは僕たちがこの部屋で騒いでたから注意しに来たんだよ。迷惑かけたの。僕たちが」
「何よ! あんたどっちの味方なの!?」
「うわ、もう面倒くさい!」
女の剣幕に男はうんざりと言った顔を見せる。
(仲はいいのだろう。良いことだ)
聡慈は微苦笑し、そしてふと二人を見て思った。
「君たちは魔法院の研究者なのかな?」
「な、何よ……まさかあなた借金取りとか言うんじゃないでしょうね」
「?」
女の言い方は相変わらずキツめだ。
しかしその声色に僅かながら怯えが交ざっているのに聡慈は気がついた。
「そんなわけないでしょ。もうホントすいません。迷惑かけて変なこと言って。姉が」
「ちょっと! 自分だけいい子ぶろうとしないでよ!」
「ああ、私は君が心配せねばならんようや輩ではないよ。ただ人を探しているんだ」
「……誰よ」
まだ女は疑わしそうにしている。
それでも答えてくれる気にはなったようだ。
「ミルドラモン。有名だと思うんだが」
「はあ? ちょっとからかってんの? ミルドラモン名誉教授なんて魔法院の関係者で知らない人がいるわけないでしょ」
女の目が一転して輝いた。
聡慈はミルドラモンがここで尊敬されていることを悟り誇らしく思えた。
「かの賢者の記した魔法書は素晴らしい物だわ。魔法院の教授陣だって半分程度しかその理論通りに実践できないらしいけど」
「実践できないのに素晴らしいと分かるのかい?」
「そうよ。だってミルドラモン教授にはできるんだもの。できないのは魔法陣を制限時間内に構築するのに必要な魔力と理解力が足りていないだけ」
なるほど、と聡慈は思った。
魔法院のレベルの低さを嘆いていたミルドラモンに、ようやく同情できたのだ。
「探してるところ残念だけど、もうミルドラモン教授は二度と戻らないでしょうよ」
「それはなぜ?」
「はあ……何? ミルドラモン教授に憧れて田舎から出てきたけどその辺りの事情は全く知らないって感じ?」
「う〜む、色々なしがらみを厭って魔法院を飛び出したことは知ってるが」
「いつの話よ! そんなの私が生まれて間もない位のことじゃないの!? そうじゃなくて……」
女はミルドラモンが魔法院に来た時のことを話した。
そして去った時のことを。
(そうか、私たちが連れ去られてすぐドラさんはここに来ていたんだな。すまんドラさん。私が迂闊だったばかりに)
女が話したことは聡慈を失望させた。
ミルドラモンは二年半前、魔法院の守護騎士と魔法士団により魔法院に連れ戻された。
聡慈とエウリアが魔法院の手の者により拉致監禁されたと思っていたからだ。
またそれは守護騎士たちも同様に思っていたことだ。
魔法院に戻ったミルドラモンは研究に携わったり、時には教鞭を執ったりして過ごした。
しかし二か月が過ぎ、四か月の間待っても一度も二人と会うことすらできない。
この頃にはとっくに聡慈とエウリアを拉致した者たちが道中で盗賊の襲撃に遭い、二人が行方不明になっていたことが判明している。
魔法院の上層部も事態の深刻さに気づき、何とか問題を解決しようとしていた。
しかし二人の行方は全く掴めないまま半年が過ぎた。
とうとうミルドラモンは二人の生死も定かではないことを知った。
彼は怒り、研究棟の一つを大破壊していずれかへ去ってしまった。
その時の騒動があまりに大きかった故、多数の守護騎士や魔法士団、更には魔法院首脳部の一部も処分され、研究生も事態を知ることとなったのである。
「ミルドラモン名誉教授の魔法は何度か見る機会があったけど、それは素晴らしかったわ。あんな美しい魔法陣、もう芸術だわね」
(ドラさんも行方知れずか……きっと独自にエウリアを探しているのだろう)
女の説明を聞いた聡慈は、早速この都市に来た理由を失ってしまったと感じた。
聡慈の暗い表情を見て女は肩を竦めていた。




