111 探索の旅(聖都編-16)
聖都に戻った四人は、ドルドを繋いでおける町外れの宿に身を寄せた。
聡慈が手当てしたデイルは骨に異常は無かったものの、傷口に帯びていた熱が全身に回ったかのように少し熱が出て、怠さで寝ている。
クラリスは父の看病で動けない。
まだ商品はドルドに乗せたままになっていた。
「デイやんも回復魔法で治してやれば良かったんじゃないか?」
ヴィザーレは、聡慈に治してもらった傷を撫でた。
「デイやんにはあれぐらいがいい薬さ」
「ふ〜ん、まあそう思わんこともないが」
聡慈がデイルに、わざと滲みる薬草を施したことを知らないヴィザーレは半分納得といった様子だ。
彼ら二人はデイルとクラリスを置いて出かけている。
「脚の傷を見てくれる人を探してくる」と伝えているため、医者の所へ向かうのだと思われているだろう。
だが二人が行こうとしているのはデイルの妻でありクラリスの母である、ピウクの勤める衣料品店だった。
「ご無沙汰してますピウクさん。注文したまましばらくお会いできずに申し訳ありませんでした」
「いいえとんでもない! 主人の無茶な要望に付き合っていただいてありがとうございます。無事に帰れたようで安心しました」
注文した品物を取りに来た、と言って仕事中のピウクを呼び出した。
彼女は待ち侘びたように笑顔で二人を出迎えた。
旅の間に簡単な手紙を送っていたのが良かったようで、前回会った時から長い期間が過ぎているものの、デイルのわがままのような行商のせいで期間が空いたのだと理解してくれた。
それはともかく本題はこれからだ。
「無事、と言うと少々語弊がある」
暗い表情と声色でヴィザーレが言うと、ピウクの顔色はサッと青ざめた。
「どうしたんですか!? 主人の……まさかクラリスの身に何かあったんですか!?」
「落ち着きたまえ。クラリスは無事だ。デイルも、まあ……」
「まあって何ですか! 言えないような状態なんですか!? ……ああっ」
ピウクは顔を覆って泣き出した。
聡慈とヴィザーレは顔を顰め合う。
(やり過ぎだヴィーさん)
(いやすまん。ちょうどいい塩梅が掴めなかった)
言葉にするならそんなところだろう。
「一度いらっしゃいますか、お見舞いに」
「そ、そこまで悪いんですね……!」
(ソーさん!)
(む、難しい)
何を言ってもピウクは悪い方へ捉えてしまう。
二人はピウクを連れて宿へと戻ることになった。
出来上がった衣類をピウクが投げ出して駆け出そうとするので慌てて衣服を掴み、彼女を宥めながら早足で向かう。
「う、うーん……」
(傷口が熱い〜、めっちゃジンジンするんやけど〜。ソージはん特製の薬草言うとったけど、これほんまに薬草なんかな?)
デイルはベッドで横になり、傷つき疼く脚を聡慈に言われるまま吊り上げていたので身動きが取れなかった。
そのままやることもないので目を閉じてあれこれ考えごとをしている。
クラリスは時々ドルドの世話と荷物の確認に行く他は、ほとんど部屋でデイルについている。
「お父さん、ちょっとお手洗い行ってくるね」
「お〜う」
クラリスが部屋から出て行く。
彼女がドアを開け部屋から出た瞬間、突然乱暴にドアは閉められた。
(いきなり何やろ? 慌てることでもあったかな? それとも何かに躓いたんかな?)
目を閉じたまま外の気配を探ろうとする。
少し騒ついている気がするが、トラブルの雰囲気では無さそうだ。
聡慈とヴィザーレが帰って来たのだろうとでも考えていた。
するとまた乱暴にドアが開かれた。
(よう躓くなあ。変な段差でもあるんかいな……むぐっ!?)
ただいま、と声をかけられたら目を開けてお帰りと言おうかと思っていたデイルは、突如何かで顔を覆われ息ができなくなった。
(く、苦しい)
「あなた、あなたぁ!」
(こ、この声はピウクか!? 何でここに?)
デイルの思った通り、彼の顔に覆い被さっているのはピウクだ。
頭に抱きつき涙を流し嘆いている。
デイルはとにかく苦しくてベッドを叩いて限界だとアピールした。
「ああ、あなたこんな真っ青な顔して……可哀想なデイル!」
(そら青くなるわ。死ぬかと思たで)
吊られた脚も微熱のある体も喘ぐ姿も、傷を負って苦しむ哀れな様に見えるらしい。
嗚咽を漏らし悲しむピウクは懇願を始めた。
「もう行商なんてやめて……やめてよぉ。私が一生懸命働いてお金稼ぐから、狩りが嫌いならしなくていいから、またクラリスと三人で、一緒に暮らそうよぉ」
付き合い始めてからクラリスに物心つく頃までの口調だった。
クラリスが育ち喋れるようになりしばらくすると、互いに「お前」とか「あなた」と呼ぶようになり、言葉遣いも恋人に言うような甘いものでは無くなっていった。
それが戻る程動揺し――だからこそ心からの言葉だろうと思える。
デイルが感じた胸の痛みは、家を飛び出た時にはほとんど感じなかったものだ。
いや、ケンカの勢いに任せて感じまいとしていたものである。
痛みの他にもこみ上げてくるのは苦さと苦しさ、それに思ってもみなかった愛しさだった。
(何やねん。こんな思うなんて……わいが現金な奴みたいやん)
自嘲混じりで思うデイルだが、同時に納得もしていた。
妻としてまたクラリスの母として彼女に至らない所があってとか、忍耐の限界に達して別れたわけではないのだ。
意見の違いを互いに譲れずに衝動的に行動したがためとも言える理由だった。
今まではクラリスに母と引き離してしまったことを申し訳ないと思う気持ちはあったが、ピウクと別れたこと事態は向こうが悪いと思っていた。
(いや、思い込もうと努めていたんや)
「すまんかったピウク」
自然と声が出ていた。
「デイル?」
容態が相当悪いと決めつけていたピウクは不意を突かれて目を丸くした。
「クラリスを危険な目に遭わせてもうた。わいには商売の才能が無い。そらお前と別れた時は自分でもやれるゆう根拠の無い自信はあった。でもな、ほんまはクラリスの才能を何とか開花させたりたい思たんよ」
クラリスは運動が得意ではない。
手先の器用さは人並みだ。
だが勘が良く賢い。
デイルは野山や森で生活するよりも都会で洗練された生き方を身につける方がクラリスには合うのではないかと思ったのだ。
「デイル、あなたちゃんとクラリスのことを考えてくれてたのね。それなのに私はあなたのわがままと決めつけてしまった。ああ、もう無理して喋らないで」
「いいや、わいのわがままで過ちや。愛するお前を引き離して、家族をバラバラに引き裂いてもうた。ほんますまんかった。また一緒に暮らしてくれへんか?」
「ええ。デイルの分も私が働くから……」
「いや、金の心配は……せんでええわけやあれへんけど、もう目標には達したんや。今度はフラフラ行商なんかせえへんから、一緒に、な」
「――よく分からないことはあるけど信じるわ。また一緒に暮らしましょう」
この時、ピウクは一つ勘違いをしていた。
デイルはやはり熱があり呼吸も苦しそうにしていた。
だから彼が遺言を述べており残り僅かな時間を一緒に暮らしてくれと言っていると思ったのだ。
「お、お父さーん! お母さーん! うわ〜ん!!」
いつの間に扉が開いていたのか。
クラリスが部屋の中に入って泣いていた。
また家族三人で暮らせることが聞けて、我慢できなかった歓喜の涙である。
「クラリス!」
「お母さ〜ん、会いたかったよ〜」
「良かったなデイやん!」
「ヴィーはんもソージはんもおったんやな。恥ずかしいわ」
照れるデイルの肩をヴィザーレが思い切り叩く。
「ああっ、乱暴しないでください! 主人はもう長くは……」
「も〜、早よ治せるんなら頼むわ〜。きつかったやん」
「え?」
「え?」
聡慈がデイルの脚を治している。
痛みと熱が引いていき安堵するデイル。
目を丸くするピウク。
聡慈とヴィザーレはそっと部屋を出た。




