110 探索の旅(聖都編-15)
緊急時の優先順位はちゃんと心得ている。
三人はそれぞれ胸に手を当て深呼吸し、冷静さを心掛け集団の接近に備えた。
デイルを除いた三人は、である。
(六頭にそれぞれ一人か。盗賊にしては少ないが……腕に自信があるのか、それともこちらが子どもと老人を含めた四人だけだと知っていたか)
敵の戦力を見て考える。
有無を言わさぬ殺して奪うタイプの盗賊でなければ良いが。
「オラア! 止まれ止まれえ!」
考えている内に集団の一人が弓を構えて叫んだ。
クラリスがドルドにゆっくり速度を落とすように伝える。
「よおし、行商の荷車だな? 荷車だよな? 止まったら荷物を置いてけ! そうすりゃ命までは取らねえ!」
集団はやはり盗賊だったが、殺人をしてまで奪うつもりは無いらしい。
いや、油断させて不意を突いてくる可能性もあるので油断はできない。
デイルの失意は大きかろうが、彼はまだ若く、愛する娘も探してくれる妻もいる。
どうにかして再出発の後押しをやろう。
聡慈はそんなことを思っていた。
「に、に、に、荷物置いてけやてえ!? ふざけんなやこのアホンダラーーッ!!!」
デイルは怒りの表情で矢を放った。
――聡慈たちの思いとデイルの心情は一致しなかったということだ。
「お、お父さーん!!」
クラリスの悲痛な叫び。
「やってもうた」
気まずそうに振り返るデイル。
舌を出して茶目っ気を出そうとしている姿は三人を苛つかせる。
「交渉は無理だ! 先程までとは比べものにならぬぐらい殺気立っている! 武器を構えろ!」
デイルの矢は接近して投降を呼びかけてきた男の肩を射抜いていた。
盗賊たちからは殺すつもりで抵抗していると受け取られてしまったのだ。
「も〜っ、ドルド! ごめんね!」
戦うしかないと聞いたクラリスはドルドに謝り彼の首をパシパシと二回叩いた。
ドルドはゆっくりと立ち止まり、首と手足を甲羅に引っ込めた。
戦闘に巻き込むまいとするクラリスの意図を正確に汲んだのである。
敵から撃たれた矢は甲羅に弾かれ傷を付けることはできない。
乗っているとほんのり温かいようで弾力があるように感じるが、彼の甲羅はちょっとやそっとの攻撃では僅かな損害も与えることができない程頑丈だ。
「よし、ドルドの位置を上手く使い背後を取られないように気をつけるんだ!」
ドルドから降りて四人と盗賊たちとの戦闘が始まった。
盗賊たちは離れた所から様子見の矢を放つ。
聡慈はヴィザーレとクラリスを守り、デイルは矢を射返す。
聡慈の守りは硬い。
矢だけでは埒が明かないと判断した盗賊は、矢を射続けつつ一人が斬り込んできた。
ヴィザーレは厚手の布を持ち傍らに剣を置いてクラリスの盾となり、クラリスは弓をいつでも射られるように矢を弦に当てている。
「ジジイが生意気に俺の剣を受けるだと!? ……ぐわっ!」
斬り込んできた一人に相対したのは聡慈だ。
鍔迫り合いから大きく弾き飛ばし、すかさず追いすがり敵の脚を斬りつけ、剣の腹で肘と頭を殴打し昏倒させた。
場の空気が一変した。
勢いで始まった戦闘だったが、敵は一気に警戒感を高め距離を取り慎重に作戦を練り始めたようだ。
(三人がかりか!)
このまま一人ずつかかって来てくれれば、多少なりとも加減して命まで奪わずともこの場を切り抜けられるかもしれない。
そう思っていたが真っ先に崩すべき箇所と見られたのか、聡慈に三人が向かって来た。
殺さずに加減しようとするとどうしても半端な打撃になってしまう。
一人に蹴りを食らわせ一人を峰打ちしても、もう一人がクラリスたちに襲いかかろうと気勢を示し、倒された二人の復帰する時間を稼いでくる。
三人が一斉にかかって来ても何とか捌ききれるが、防戦一方になってしまう。
さらに残る二人の敵による援護射撃にも気をつけなければならない。
デイルも矢を射て応戦するが、戦闘は気の抜けない五分の状態となっていた。
(一人を速攻で倒して、クラリスたちのフォローに間に合うだろうか?)
三人を引きつけながら聡慈が思案していた時――
「ぐっ!このクソガキが!」
クラリスの矢が後衛の一人の脚を掠めた。
「キャッ!」
ヴィザーレの陰から出て矢を放ったクラリスは、反撃の矢を撃たれ短く悲鳴を上げる。
「クラリス嬢! うっ!」
「クラリス! ぬわあっ!?」
咄嗟にクラリスを庇ったヴィザーレの頬を矢尻が掠り、娘の危機に振り返ったデイルは、ローブ姿の男が撃った魔法に脹脛を貫かれた。
(いかん!)
敵に与えた打撃は軽微でこちらの損害と動揺は多大だ。
前衛の三人に手間取っていては、後衛にデイルたちが狙い撃ちにされる。
聡慈は覚悟を決めた。
「よし今だ! 畳み掛けるぞ野郎、ど……も?」
同じ前衛の二人に発破をかけ、自らも手斧を振りかぶり聡慈に向かって踏み込もうと思っていた男は、突然腹に一瞬の熱さを感じた。
「ぐぎゃあああああ!!」
男の絶叫で時が止まったかのように全員の動きが止まる。
絶叫は腹を剣で貫かれた男の断末魔だった。
まるで止まったかのような時の中で、動いていたのは聡慈のみ。
動かぬもう一人の喉を掻っ切った。
絶叫の代わりに血飛沫を浴びた残る一人の前衛は錯乱した。
「ぎょえあああうおお!」
意味不明な叫びを上げ、逃げるどころか武器を聡慈に投げつけ無手で向かって来る。
その男の肋骨の隙間を縫うように刃を横にした剣が胸を刺した。
ごぷっ、と口から血を吐き出した最後の前衛は、結局聡慈に触れることもできずに息絶えた。
驚愕する後衛の二人には炎の魔法が放たれた。
残された盗賊二人は慌てて飛び退き、走る一角蜥蜴に乗り逃げて行く。
その場には盗賊三人の遺体と一人の失神者、それに主人を失った四頭の一角蜥蜴が残された。
聖都への進行は再開された。
勝利はしたがテントの中は重い雰囲気である。
盗賊と同乗しているせいもあるだろう。
生存した盗賊は手足や目と口を縛られ、ドルドに繋がれた一角蜥蜴と共に聖都へ連行されているのだ。
その姿を見て、自分の負った傷を思うとデイルは色々と考えざるを得なかった。
(得たもんは無い。財産は無事やけど一歩間違うたら死んどったかもしれへん。――何やねんわいは。クラリスとあいつを……ピウクを幸せにしたろ思て行商始めたんやないんか)
彼の横には父の負った傷を心配し、またその軽率な行動を責めて泣き疲れて眠るクラリスがいる。
彼女もまた盗賊と遭遇して命の危険に晒されたのは初めてだった。
それに、やむを得ないとは言え目の前で何人も死ぬ凄惨な状況は、大きなストレスとなっただろう。
デイルは娘の髪を手ぐしで梳きながら、無事な財産を見てゆっくりと首を横に振り溜息を吐いた。
その頃聡慈は逃げた盗賊の一人、ローブ姿の男について考えていた。
(この切れ端に付いている紋章は確か)
聡慈の魔法はローブの一部を破っていた。
ちょうど紋章の刺繍がある部分だったようで、杖と杯の交差した紋章が見られる。
その紋章はミルドラモンの出身地、ユニバスタ大陸の魔法院が抱える魔法騎士の紋章ではなかっただろうか。
(ドラさんとは未だに連絡が取れないのはどうしたことだろう。この大陸でもエウリアの情報は無かった。一度行ってみるか。ユニバスタへ)
一つの旅が終わり、次の旅が始まる。
聡慈は眠るクラリスやヴィザーレ、考えごとをしているデイルをぼんやりと眺め、胸を吹き抜ける寂しさを覆うように毛布を掛けた。




