109 探索の旅(聖都編-14)
「ソージさんの言うとおりになりましたね」
「う〜ん、国の調査機関のようなものが調べると思ったんだが。まさか一般に解決策を求めるとはなあ」
探索者組合では“水質の悪化と水の魔石の劣化について原因究明中、有力情報求む”という依頼が出されていた。
公的機関が調査して知らぬ間に解決していくと思っていた聡慈は、クラリスから「さすが」と言われても素直に喜べなかった。
(ガセ情報とかをどうやって選別するのだろうか。悪質だと罰則でもあるのか? 調査後に有力な情報と判明してからの報酬支払いか? それだけ危機感を持って取り組んでいるというアピールかもしれないが)
こうして二人が探索者組合に来ているのは、デイルの「問題解決したる」と言う言葉に同意したから――ではない。
クラリスは商売上使える情報収集に、聡慈はエウリアの情報を求めて、というそれぞれの目的のためにである。
ただ、ここで水の問題を依頼に出していることを知ったことで、早々に水の魔石を売る決意を固めることができたのは僥倖だった。
「やっぱり情報は大事ですね。早くお父さんに知らせてあげよっと」
クラリスは困ったような笑顔を浮かべていた。
「何事も商売を蔑ろにしたらあかん思うんよ」
水問題を解決すると言ったデイルだが、しっかり行商用の荷物を買っている。
聖都の水がおかしいのだから大本山系の水が汚染されていると考えるのが普通なのだが、そんな所は真っ先に調査が入るので自分たちが介入する余地は無いと言う。
であるからその周辺を調査し、ついでに商売もするのだと。
聖都を中心に円状に回り、水質の調査から始めるのだ。
「あまり近いと行商の価値も薄れると思うんだけどなあ」
ぼやくクラリスをは聡慈たちが宥め、調査も行商も中途半端な感ある旅は始まった。
「損はしてへん。損はしてへんけど、この何とも言えん徒労感は何やの」
デイルのぼやき一つに集約されるように、この調査兼行商は調査としても商売としても中途半端に終わった。
調査の面では、水の良し悪しがある地域を絞り、聡慈が魔力の澱む不自然な空洞を発見、そこに潜むヘドロの魔物を発見した。
その魔物が水源を汚染している――のなら良かったが、残念ながらそこまでは分からず、地形的に直接の討伐が困難だったため情報として持ち帰ることになった。
そして行商は、やはり聖都からそれほど遠くないので、聖都の物を持って行ってもそれほど有り難がられることも無かった。
何とか三分の二の積み荷を売って来たが、最近とんと縁の無かった売れ残りが出たことで、もやもやした気分が残ってしまった感じである。
「元気出してお父さん。全部売れなかったって言っても、悪くなる物は無いから持ち越せるし、調査だって結果を待たなきゃ無駄かどうか分からないじゃない」
「おう、せやな! こんな時こそ商売や。愚痴っとる暇は無いで!」
娘から励まされデイルは背筋を伸ばした。
「もうちょいで店も持てるんや! そら行こ」
聖都でちょうど高齢のため店を畳むと言う人物と知り合った。
立地は若干繁華街から外れるがその分敷地が広い。
物件の買い取りと権利移転の手続き等、支払いに必要な金額にはまだ足りないが、手付け金位ならもう手が届く。
ここが頑張り時と気合いも十分なのであった。
「……で、何でこんな無理するかなあ」
クラリスが眉根を寄せ腕を組んでいる。
彼女の目の前には財産の大半を使い購入した商品が山積みになっている。
その中には生活必需品だけでなく、聖都で流行している贅沢品も多分に含まれている。
クラリスが目を離した隙にデイルが張り切って購入した品々だ。
「でもこれを売り切ったらグンと前進すんやで。店持ちに。そら無理もするやろ。な、ソージはん、ヴィーはん」
「クラリス、油断したな」
「これは長旅になりそうだなあ」
デイルから同意を求められたが聡慈もヴィザーレも目を逸らした。
「何やの、みんなして。旅好きなんやし、ええやん」
「そうだね〜」
「否定はせんよ。あ、祝福の民の地にも寄ってほしいな」
(何か月離れることやら。ピウクさんに便りだけ出しておくか)
イジケ気味のデイルと、開き直ったクラリスに、マイペースで行こうと決めたヴィザーレ。
それに服を注文しっ放しで受け取りにも行けないとピウクが心配するだろうなと気にする聡慈。
それぞれ思うところを抱えて、長旅の予感がする行商に出るのであった。
「よ、ようやく売り捌けたで」
聖都から行商に出て五か月超、長らくドルドのテントに置かれていた仕入れ品は、とうとう売り尽くされた。
デイルはすっきりしたテントを見て泣きながら両拳を突き上げた。
「今思えば一旦聖都に戻っても良かった気がするなあ」
ヴィザーレの呟きに同意するように、聡慈からもクラリスからも溜息が溢れた。
町や村に行く度に売れ残る品物を、次こそは売り尽くしてやると足を伸ばすごとに聖都から遠ざかり、仕切り直しをする機を逃した。
五か月も拠点らしき場所無く旅を続けるのはかなりの重労働だったのだ。
年中行商をする者もいるのだから、たかが五か月でと思うだろうが、デイルたちは一つの町や村に滞在する時間はかなり短い。
ほとんどが三日以内で次の目的地に向かって出発するのだ。
ひと所に一月以上逗留することもある一般の行商人とはスケジュールの過密さが違う。
だが、短期間で店を持てる夢が実現間近になっているのは、間違いなくそのハードワークの賜物だった。
デイルが涙を流すほどの喜びは、帰ったら自身の店を持てると確信しているが故でもあったのである。
「あと一息や! あとはぎょうさん荷物積んで、聖都で売って売って売りまくってそしたらもう余裕綽々で目標達成やん、ウヒョヒョヒョ」
「え〜、もう帰ろうよー。売り上げが大き過ぎてお金持ってるのが不安だよ」
クラリスが心配するのは盗賊の類から襲撃されることや不慮の事故により、せっかく稼いだ金銭を失ってしまうことだ。
もし盗賊から襲撃された場合、ドルドに荷物を満載していればその分逃げる速度が落ち、財産、下手をすれば命を失う可能性が高くなるのではないか。
だから身軽なうちに聖都に帰り、商業組合に預けるなり若しくは店の権利を買うなりしようと言うのだ。
「ウヒョヒョ……? 何やクラリスは心配性やなあ。今まで盗賊や獣なんかに襲われたことあれへんやん。ドルドを恐れんで近づくなんて魔物ぐらいやで」
そう、彼らは獣や盗賊の脅威と遭遇せずにここまでやって来れた。
他の行商人が盗賊の情報や獣の繁殖期など危険な情報を精査せねばならないところを、彼らはドルドのお陰でそれら危険を自然と回避できていた。
それが自在に行商を行えた理由である。
「デイやん、私もクラリスに同意するよ。万一の場合は荷物を捨てられるかい?」
「大丈夫やって。危険はあれへんし、本当に万一の事態になったらわいかて命の方が大事て分かっとるから心配ないて」
三人が慎重過ぎるとデイルは聖都に持ち帰る荷物を増やしていった。
そしてドルドに満載の荷物を見ながらホクホク顔で帰路に就く。
「みんな起きろ!」
聖都に向かうドルドのテントで聡慈が声を上げた。
滅多に聞かない聡慈の大声に、寝転びうたた寝していた三人は飛び起きた。
「どうしたんだソーさん?」
「跳び角蜥蜴に乗った集団が近づいて来る。襲撃してくるつもりだろう」
「な、何やてえ!?」
「うそ……ここまで来て?」
聡慈が【第六感】と【鷹の目】で捉えたのは、頭に一本角を生やした蜥蜴が背に人を乗せ二脚で跳ぶように走って来る姿だった。
剣や手斧を構えているのは全く友好的な雰囲気を感じさせない。
「最悪や……」
デイルは膝を突いて唇を噛んだ。




