108 探索の旅(聖都編-13)
聡慈とヴィザーレはクラリスの思いを知り、ピウクとの話の進め方を考えた。
「焦ることは無さそうだな。しかしクラリス嬢には本当に感心させられる」
「ああ。子どもは否応なく親の都合に振り回されるものだが、それを受け止め主導権を握ろうとさえしている。まったく大した子だ」
「ちょっと運動が苦手だがな」
「そうだな。デイやんがあの見た目で運動神経抜群なことを考えると、少し不思議なぐらいだ」
「もしかしてデイやんが商人を目指したのは、そのことも関係しているのかなあ」
「どうだろうか。確かにクラリスは野生的な生活よりも商売の才能の方がありそうだが」
「そうだろう?」
雑談しながら二人が向かうのはピウクの職場だ。
富裕層向けではないが、オーダーメイドも受け付けるそこそこ大きな工房が併設された衣料品店。
二人は店の番頭に注文の話と言ってピウクを呼び出してもらった。
「わざわざ足を運んでいただいてありがとうございます。それで今日は、あの」
「ああ、思わせぶりな訪問の仕方ですいません。今回はあなたを二人に会わせられるというお話ではないのです」
「そうですか……」
期待していたのだろう。
ピウクは聡慈に断りを入れられて肩を落とした。
「簡単に説明をさせていただきたいと思います」
聡慈は落ち込むピウクに申し訳無く思いながら、クラリスの意見をそれとなく伝えた。
「ふふ、あの子らしいですね。そう言われてしまっては、やはり私も今は会いに行かない方がいいと思ってしまいます」
ピウクは微笑んでいるが少し寂しそうだ。
「私が今あの子にしてあげられることは無いのでしょうか」
「話を変えるようで恐縮だが、注文を良いだろうか」
「え? はい、何でしょうか?」
空気の読めないようなヴィザーレの唐突な発言だが、自分の呟きを無視された感じはしない。
ピウクは首を傾げて返事をした。
「これぐらいの大きさのケープと帽子、それとは別にこれぐらいの前掛けとズボンを作ってほしい」
これぐらい、と言ってヴィザーレが示した大きさを見て、ピウクはハッとした。
「そんなに、大きくなっているんですね……」
クラリスの身長と体格を示したものだと分かったのだ。
「分かりました。心を込めて作ります」
「あの、前掛けとズボンも忘れぬよう頼む……」
「分かってますよ。う〜ん、少し痩せたかしら?」
「これで!?」
その後工房に案内された聡慈とヴィザーレは、布に綿を詰めてクラリスとデイルの体型を大まかに再現した。
正式な注文を取り付けたピウクは、工房の責任者に頼んで、その注文の大部分を引き受けて作ることになったのだった。
「ふう、もどかしいものだな。遠回りをしているような気がして」
「そうだな。もしかしたら今でも会えば、すっぱり解決するかもしれないのだがな」
「そうしてすっぱり縁が切れたら早計だったと後悔するんだろうなあ」
「緊張したら喉が渇いたぞ。ソーさん一杯飲みに行くか」
「緊張してた様には見えなかったが。水で我慢すればどうだい」
「意地の悪いことを言うなよ……しかしここの水、また味が悪くなったと思わないか?」
ピウクと穏便に話し終え街を歩く聡慈とヴィザーレ。
ヴィザーレの言う通り水質の悪化は既に聖都の民の間でも話題に上るほどになっていた。
「このままだと酒の質も悪くなりそうだな」
「ううっ、それは堪えるな」
結局二人は屋台で一杯だけの酒と少しのツマミを嗜んだ。
そして帰り着き――
「何なん? ワイを除け者にして二人で飲んどったん? 酷ない?」
度の強い酒だったせいか、僅か一杯の酒気をデイルに勘づかれた。
「ヴィザーレさんなら分かりますけど、ソージさんがこっそりお酒飲むなんて」
「こっそりってわけじゃないんだが」
「ワイかて誘ってくれたら良かったやん。時間あったんやから」
ピウクとの会談を終えて息抜きで一服した、とは言えず聡慈とヴィザーレはデイルに弁解し、クラリスの視線に気まずい思いをした。
「確かに水の異常はみんな気付き始めたみたいやな」
「何だデイやんニヤニヤして。水が不味いと何か嬉しいのか?」
水が不味いから酒を飲んだ、一部の事実を正直に告げた。
それでデイルの機嫌が良くなるとは思っていなかったのだが、急にデイルの表情が砕けた。
聡慈もヴィザーレも訝し気な顔を見せる。
「水の魔石の値段が上がってるんです。水の魔石だけ劣化が急速だって、あちこちで噂になってますよ」
「水が不味いだけでなく魔石までか」
魔石の劣化は魔石から魔力が無くなるに従って進む。
何故水の魔石だけ劣化が進んでいるのか。
理由は不明らしい。
何処かで水の魔石から水を大量に生産しているのだろうか。
今のところ水質の悪化と水の魔石の劣化に関係があるとは思えない。
水の魔石で生活用水を賄っているならともかく、聖都の水源は大本山から流れ出る自然の水だからである。
しかし互いに関係あっても無くても、魔石の劣化も水質の悪化も水の魔石が値上がりするに足る理由ではある。
「ならクラリス嬢の買い集めていた水の魔石は……」
「おっほほ、そらもう今の時点でも中々のお値段やで。どこまで上がるんかな、おとん楽しみやで」
クラリスが買い集めていた水の魔石は既に行商一回分の売り上げ額に迫る分量になっていた。
そして水の魔石の値段は現時点で買値の平均値の五割増し。
つまりそれを売れば一回の売り上げ額の半分程と言う莫大な純利益が得られることになる。
デイルが変な笑い声を漏らすのも然りであった。
「でも私はこの辺りで売った方がいいと思うな」
「何でやクラリス、大儲けできるかもしれへんやん」
しかしクラリスは弱気だ。
デイルはそんな娘に翻意を促す。
これは元々クラリスの小遣いで買い始めた――今は余剰資産からの買い入れ分もあるが――魔石だからである。
お小遣いで買った魔石ぐらい、しかも買値より下がるリスクが少ないとくれば、売らずに上限に至るまで待っても良いではないか。
それが彼の考えだった。
「デイやん、ここはクラリスの意見をしっかり聞いてみようじゃないか」
「ソージはん……分かった。ほな聞かしとくれ」
「うん、あのね、水の魔石って必ずじゃないけどみんなの生活にとって大事な物でしょ。それが値上がりしてるって困ると思うの。私たちが持ってる魔石は多くはないかもしれないけど、まとめて売れば少しは値段が下がるかなって思って」
クラリスが言うのは需給バランスを調整して魔石の値段を落ち着けることで、市民の生活を守ろうと言うことである。
「そか……そやな。おとんもクラリスが正しい思う。みんなが幸せになれるんが一番ええもんな。よし、売るで! 魔石の大放出や!」
「お父さん……ありがとう」
「んで、ソージはんはどない思う?」
「もう! お父さんったら!」
良いことを言って決心した父親は格好良く見えたのに。
クラリスは膨れ面で父親からそっぽを向いた。
「ははは、いいと思うよ。商売人として正しい理念を持つことは長い目で見れば必ず良い商いを招くものだ。それに生活に関係する異変なら公の機関が解決に乗り出すのでは? そうすれば値下がりするだろうし、デイやんは相場師ではないのだからこれを引き時と捉える良い機会だろう」
「ぐうの音も出えへんわ。――さあて、売った金で何買うたろ?」
「その意気だよお父さん!」
「あ、でも値上がりしたら悔しない? それやったらわいらで水問題解決したればって、今閃いたわ!」
「……お父さん……」
わざとクラリスからの評価を下げようとしているのだろうか。
ちょっぴり間抜けな閃き顔をするデイルと、光を失った目で彼を見るクラリスを見て、聡慈とヴィザーレはやれやれと肩を竦めるのであった。




