107 探索の旅(聖都編-12)
デイルの妻ピウクとの面会はすぐに叶うこととなった。
彼女は聖都のある衣料品店で針子として住み込みの働きをしており、毎日仕事後に探索者組合に顔を出していたので聡慈たちの伝言をすぐ受け取っていた。
そして未だ夫たちの噂も聞かない現状に困り、自分の依頼を見て面会を希望してきた者に会おうと即断したらしい。
組合職員の仲介を得て邂逅を果たした聡慈、ヴィザーレとピウクは、場所を変え落ち着いた雰囲気の喫茶店で話をすることにした。
「あの、それでクラリスは……あの人は無事に生きているんでしょうか?」
赤毛と、心配ごとを質問する時の気弱そうな上目遣いが、クラリスによく似ている。
正直に言うと一度会って話し合えば良いとは思うのだが、事前に打ち合わせていた通りにヴィザーレは答える。
「ご婦人、落ち着いて。あなたのご主人と娘さんは私共の友人と同一人物だろう。だが彼らにあなたを会わせて良いかはまだ何とも言えないのだ」
「どういうことですか?」
「彼らと私たちは知り合ってまだ日が浅いが、今のところ妻、或いは母親のことを二人が口に出したことは無い。二人がどうしてあなたと別れ暮らすのか。また彼らが再会を望んでいるのか、私たちは知らないのだ」
ピウクが反抗的な目を向けてきている。
だが彼女にもまだ言いたいことを呑み込みヴィザーレの言葉を待つ理性はあるようだ。
「何故あなたは彼らと別れ暮らすのか、また何故今になって彼らを探そうと思ったのか、聞かせていただきたい」
「それを聞いて納得すれば、居場所を教えてもらえるんですか?」
「約束はできない。一方の意見を鵜呑みにしてもう一方の意に反するかもしれないことをするのは、私共の望むところではない」
ピウクは震える唇を固く引き結び、釣り上がりそうな目を自覚して俯いた。
そして二、三深呼吸をすると顔を上げ再び口を開いた。
「分かりました。おっしゃることはごもっともです。嘘無く話しましょう。もっとも私から見た事実と私の心情が入るので、偏りがあるかもしれませんが」
ピウクは夫と娘と離れ離れになり、今また彼らを探しに来たのか、その経緯と理由を話すことにした。
(ううん、やはり思った通りだった)
(デイやんがあれだからなあ。それは心配にもなるだろう)
ピウクから話を聞いた聡慈とヴィザーレは、ピウクへの同情を禁じ得なかった。
デイルは森人種らしく器用な手先と健康な体を活かし、狩りなどを中心に森で集団生活を送っていた。
ピウクと結ばれクラリスを授かった後も、デイルは甲斐性を損なわず、ピウクとしては満ち足りていると感じてすらいた。
ところがある日、デイルは突然宣言をした。
「商人として大成功し、ええ暮らしさしたる!」
いつもの調子の良さが出たと、ピウクは夫を嗜めた。
それでも夫は娘が飼っていた大蛇亀の亜種にテントを取り付けるなど、次第に行商の体裁を整えていった。
反対するピウクにクラリスも味方をして「お父さん、やめときなよ」と言ってくれた。
どうして夫は商人になると頑なに言うのか。
分からないまま夫は周囲から浮いていく。
「考えを変えて元の生活に戻ってくれないなら実家に帰る」
ピウクはとうとう耐えられなくなって切り出した。
そこから互いに感情的になり、口論の絶えない日を送るようになった。
そしてクラリスを連れて本気で実家に戻ることを考えていたのだが――
「お父さんが一人でやっていけるわけないから」
娘は夫を選び出て行ってしまった。
一人置いて行かれたピウクは失意の日々を過ごした。
自分もついて行くべきだったのか、無理矢理娘だけでも連れて出て行った方が良かったのか。
答えの出ない問いを自らの頭で繰り返していた。
そんなある日、彼女は聖都で“行商人が騙され大損をした”と言う世間話を耳にした。
少女連れの行商人だと言う。
――夫に違いない――
彼女は思った。
居ても立っても居られなくなり、彼女は夫と娘を探すために聖都で住み込みを始めた。
「それは心配したでしょう」
「はい、それはもう」
ピウクは話している内に冷静になっていた。
聡慈に同情の目を向けられると恥ずかしそうに俯いた。
「とりあえず安心してください。噂話の通り、ご主人は確かに大損をしたようです。私たちが彼らと知り合ったのはその直後らしいので、その前の生活は存じませんが……ただ、今も行商を続けていますよ。娘さんがしっかりしていて、よくご主人を支えています」
落ち込んでいたデイルの情け無さも、クラリスの聡明さも話して聞かせた。
ピウクは何度も頷いている。
「もう、あの人は本当にしょうがないんだから。ふう……でもクラリスは私たちから生まれたと信じられないぐらい良い子なんです。あの人を助けたとおっしゃるのもよく分かります」
涙を浮かべ無理をして苦笑をするピウクにヴィザーレは柔らかい口調で話しかける。
「話だけではまだ心配だろう。だがここで私共が勝手に彼らと会わせると約束をするわけにはいかない。必ずしもあなたの意に沿えるか何とも言えないが、しばらくの時間をもらえないだろうか」
「もちろんです。私と何の関係もないのにお話を聞いていただけたこと、感謝いたします」
ピウクはそれ以上の要求をせず頭を下げた。
そしてその場の会計を聡慈たちが持ち、更に依頼の料金も支払いを拒否したことで、最後にはピウクは畏ってその場を後にした。
「クラリス嬢は二人の良い所を取ったようだな」
「そうかもな」
「親子三人で暮らす、というのは可能なのだろうかなあ」
「そうだな……彼らの不幸は見たくないものだ」
家族間のことだから深く立ち入るべきではないのかもしれない。
されども他人事と割り切るには心の痛みに耐え難いほど、デイルともクラリスとも良い関係を築いている。
良い解決を迎えるのに自分たちに何かできないか。
聡慈とヴィザーレは歩きながら話すのであった。
「クラリス嬢、ちょっと」
デイルの目につかぬよう気をつけながら、ドルドの世話をしているクラリスに声をかけた。
「あ、戻ったんですね。お酒飲んでないならお話聞きますよ。何ですか」
彼女はヴィザーレの顔を見て、酒気を帯びて無さそうなことを確認すると笑顔になった。
「クラリス嬢には敵わないな……そんなことよりだ。君の母上のことだが、生きているのだろう?」
「え、何ですか? いきなり。お父さんから何か聞いたんですか?」
「いや、会いたくないのかな、と思ってな」
怪訝な顔をしつつも何か察したのかクラリスは話す気になったようだ。
「えっと……そりゃ会いたいですよ。お父さんと同じぐらいお母さんも好きですから。でも、いいんです。お父さん放ってはおけないし。あ、どこまで聞いてます? お母さんが出て行った話って」
「ああ、デイやんが今までの生活を捨てて奥方と別れてまで行商を始めたと」
「そうです。きっとお母さんはお父さんが成功したら一緒に来てくれますから。私は寂しくないんです」
聡慈とヴィザーレは悟った。
クラリスはただ母親と父親を会わせても父親がメンツを気にして上手くいかないことを知っていると。
(まったく、まいったな)
(ああ、この子の考えている通りだ。解決にはまだ越えるべき壁があるようだ)
「ありがとう、すまないなおかしなことを聞いて」
二人はクラリスの頭をクシャクシャと撫でた。
「あんまり子ども扱いしないでくださいよ〜」
そう言ったクラリスは年齢なりの少女に見えた。




